金子 成人 付添い屋・六平太 朱雀の巻 恋娘


付添い屋六平太シリーズの第六弾です。

第一話 福の紙
六平太は上州から江戸見物にやってきた男三人組の名所案内をすることになった。そのうちの一人、和助が突然別行動をしたいと言い出す。江戸の紙漉かし屋に奉公していたころ、世話になった人に会いに行くと言うのだが…。
第二話 吾作提灯
御家人安藤庄助の次男、竹之助は十歳。深川堀川町にある私塾「錬成塾」に通っている。塾往復の護衛として雇われた六平太は、竹之助がまっすぐ家に帰らない日があることを知る。
第三話 恋娘
このところ、日本橋にある薬種問屋「九観堂」の娘、美緒から六平太に付添いの声がよくかかる。美緒が六平太の前で飲めない酒を飲んだり、付添いの際、出合茶屋の前をわざと通ったりするのに手を焼いていたのだが…。
第四話 おおつごもり
六平太の妹・佐和が浅草「ち組」の纏持ち、音吉と祝言を挙げることになった。同時に、七年続いた六平太と髪結い・おりきの仲に波風が立ち始める。
そして、六平太がかつて仕えていた信州十河藩加藤家は、存亡の危機を迎えていた。藩に粛正の嵐が吹き荒れ、六平太にも、負の刃が襲いかかる! (「内容紹介」より)

このシリーズに変化をつけようというのでしょうか。六平太の妹の佐和も嫁ぐことになり、六平太自身もわりない中であった髪結いのおりきが出ていき、かつて仕えていた十河藩も藩政改革に手をつけることになります。

本書を持って第二部が完結だそうです。といっても、第一部がいつ完結したのかも知りませんでしたが。

痛快人情時代劇である本シリーズも、他の痛快時代小説と特別に異なるというわけではありません。市井に暮らす浪人が、自らがかつて仕えていた旧藩とのかかわりを断ち切れずに未だ藩の政争に巻き込まれる、という設定もよくある設定です。

それぞれの話で人情物語が語られ、六平太が旧藩の政争に巻き込まれ、また剣戟の場面があり、そして妹や自らの恋物語があると、まさに「王道時代劇」なのです。

ですが、他のシリーズよりは面白い。やはりそれは登場人物のキャラクターによるところが大きいのでしょうし、やはり登場人物の心情を、そして彼らの日常を描く文章のうまさなど諸々の原因があるのでしょう。

それは読んでいくときの心地よさに通じるものであるし、読後の爽快感にも通じるものなのでしょう。実際、このシリーズの読後感はさわやかです。

あさの あつこ 燦 2


燦シリーズの第二弾です。

第一弾で、祖父の兎十や兄弟同様に育った與次や篠音とも別れ江戸の町に出てきた燦ですが、伊月も主の圭寿と共に江戸屋敷に住むことになります。

このシリーズでは、表紙の装画を丹地陽子という人が書いています。この装画が漫画チックなイラストであるため、本書の印象が少年少女向けのジュブナイル作品のように感じてしまうのではないでしょうか。丹地陽子という人を調べてみるとなかなかに魅力的なイラストを書かれており、私好みではあるのですが、本書の内容にはそぐわないように思います。もしかしたら、この物語を二人の少年の成長譚として捉えると、このイラストもありなのかも、とも思いますがどうも微妙なところですね。

ここで表紙のイラストの話を持ち出したのも、あさのあつこという作家の描き出す『弥勒』シリーズで見せている闇の部分が本書でも垣間見えるからです。その「闇」と装画とが若干違和感があったということです。ただ、若者二人の成長譚でもある側面がその「闇」の部分を閉じ込めているようでもあり、であれば、ありなのかとも思えるということです。

そして本書の表現ですが、あさのあつこという作家の為す心象の描き方が、若干感傷の匂いはするけれども、うまいと感じさせられるのです。

伊月が故郷の田鶴を思う場面で、

現身(うつしみ)は今に縛られるけれど、心はいとも容易く時を遡っていけるのだ。笑いながら伊月は、田鶴の城下を吹き通っていた風の匂いを思い出した。

という描写などは一つの例ではありますが、人の思いに軽くこだわりながらも「自由」を求める姿を上手いことあらわすものだと感心してしまいます。

また、本書では「物語」というものの面白さについて登場人物に語らせている個所があります。この言葉は著者の言葉でもありましょうし、読んでいて納得させられるものがありました。

それは、伊月が圭寿の頼みで、読み本を主に出している版元の「須賀屋」を訪ねた折、店主の須賀屋天三郎から言われた言葉です。

良い戯作というのは一口で筋を語れるものではありません。幾本もの蔦が絡まり合うように、複雑に筋が運ばれて・・・それでいて、読んだ後の印象がくっきりと鮮明で、いささかもぶれない。そういうものです。

当たり前のことを言っているようで、それでいてなかなかにこのように言い表すことはできません。作者の思いが表れているところでしょう。

やっと物語の本筋が語られ始めたところです。一冊が短い小説でもあり、軽く読めます。早速次を読みましょう。

葉室 麟 影踏み鬼


『蜩の記』で直木賞を受賞された葉室麟氏が新選組を描いた作品です。いつものように「新選組の本を読む ~誠の栞~」で紹介してありました。なかなかにタイミングが合わなくて借りることが出来なかったのですが、やっと読み終えました。

伊東を慕い新撰組に入隊、後に赤報隊へ身を投じた久留米脱藩隊士・篠原泰之進。彼の眼を通じて見た、新撰組の隆盛と凋落を描く。(「BOOK」データベースより)

本書で描かれているのは新選組そのものではなく、常であれば新選組に仇なす集団とされる高台寺党の中でも、近藤勇を撃った卑怯な雑兵として描かれることの多い、篠原泰之進という男です。

端的に言って、葉室麟という作家らしくない文章だというのが第一印象です。葉室麟の本来の者ち味である、凛とした、硬質な文章でありながら情感豊かに侍の生きざまを描き出すという作品ではなく、心象風景を描くこともなく淡々と事実を列挙する、抒情性を排した文章で構成された作品になっているのです。

それは、篠原泰之進という男を描く上で、殺人集団としての新選組を浮き彫りにしている作品だからなのでしょうか。とくに本作で描かれる新選組は殺戮者としてのそれであり、時代の波に巻き込まれ心ならずも剣を取らざるを得ない男たち、若しくは自らその波に飛び込んでのし上がるために剣を取る、などという青春群像劇のニュアンスなどどこにも見られない作品になっています。

そのことは、高台寺党に参加する藤堂平助や斎藤一の描き方も異なることになりますが、そうした描き方自体は特別にユニークなもんではありません。近藤も土方も、そして沖田総司でさえも殺戮者であることも同様です。ただ、斉藤一だけは、何となくではありますが、篠原と心が通じる男として描写してあります。共に剣の使い手であり、激動の時代を潜り抜け、明治の世まで行きぬいた男という点で共通するものを感じたのでしょう。

本書序盤で、坂本竜馬の人柄を「女や子供に好かれる男」として描き、篠原泰之進と上手くかかわらせています。それも寺田屋という場所で、おりょうの連れとして、篠原の妻となるべき女性の萩野と共に合わせているのです。このあと、竜馬をしばしば登場させ、竜馬の暗殺の場面も、篠原に竜馬殺害の真犯人を目撃させたりと、ポイントで竜馬を微妙にかかわらせているのは、小説としてのエンターテインメント性を考慮したからでしょうか。

また、萩乃という女性と篠原泰之進とが夫婦関係にあったというのは史実らしいのですが、篠原の人間味を引きだすのに、萩乃親子がうまく使われていて、殺伐としたこの物語の息抜きとなっています。

若干気になる点もあることはあります。例えば、油之小路事件の折、近藤の妾宅に呼ばれた伊東は、酒の席で殺気を感じ「近藤の言葉を斬首の申し渡しのように聞い」ていながら酩酊するほどの酒を飲んでいますが、そうした状況ではそんなには飲まないのではないだろうか、という疑問はのこります。実に細かなことではあるのですが、こういう些細な点を気にしてしまいます。

タイトルの「影踏み鬼」が、攻守交替する鬼ごっこの意だと明らかにする萩野の子の松之助との会話は、何故か心に残りました。

葉室麟の新たな一面を見た本書は、また篠原泰之進目線で語られる新選組という点でも面白い小説でした。

米澤 穂信 真実の10メートル手前


直木賞候補になった、六編の物語が収められた短編推理小説集です。

主人公はフリージャーナリストの太刀洗万智という女性で、彼女が探偵役となって物語は進みます。ほとんどの物語は、何らかの事件の結論が出そうという時に、太刀洗だけはその個人の発した「一言」を頼りに隠された真実を暴き出す、という構成になっています。そのロジックが実に小気味いい。

本当に彼女の言うロジックが成立するものなのかどうか、ミステリー好きな人は一個一個検証する、というのもありでしょう。しかし私は、流れの中で読者を納得させるロジックであればそれでよしとしています。本書で太刀洗が述べるロジックが正しいのかどうかは不明ですが、本書は太刀洗が言う論理が明快に述べられている分だけ、逆に気になる、ということなのかもしれません。

「真実の10メートル手前」
経営破たんしたベンチャー企業の女性広報担当者が行方不明になり、太刀洗は行方不明になる前の彼女の一言を頼りにその所在を探し当てます。「一言」をもとに取材を重ね、行方不明になっている広報担当者の女性の人となりをも露わにしてしまう、太刀洗という女性記者の凄さを思い知らされる話でした。

「正義漢」
「『さよなら妖精』の登場人物の太刀洗万智が大人になり、子供の頃よりも大きな責任を負って真実と向き合う物語」として書かれた作品だそうです(本書「あとがき」参照)。16頁しかない小品で、記者としての太刀洗万智をよくあらわしている、吉祥寺駅で起きた人身事故にまつわる作品です。

「恋累心中」
週刊深層の記者である都留正毅は、三重県恋累で起きた高校生の心中事件の取材をするにあたり、たまたま現地で取材をしていた太刀洗万智という記者をコーディネータとすることになります。確かに凄腕であったその女性記者は、心中事件に隠された事実を暴き出すのです。

「名を刻む死」
中学三年生の檜原京介は、学校からの帰り道にある家で田上良造という男性が一人死んでいるのを発見します。京介は、自らの抱えている死体発見にかかわる秘密を抱え、一人煩悶していました。

太刀洗記者の鋭敏な目は、死者のそばのテーブルに置いてあった一枚の葉書に目をつけ、田上良造の孤独死の影に隠された真実を見つけ出し、京介の悩みにも手を差し伸べます。

「ナイフを失われた思い出の中に」
「小説としては大刀洗万智の覚悟を問うものになった。(本書「あとがき」参照)」のがこの作品です。蝦蟇倉市で十三歳の少年が三歳の女の子を刺し殺す事件の取材をする太刀洗です。

妹が太刀洗の親友だというヨヴァノヴィチという男と共に取材を続けることになります。

「綱渡りの成功例」
ある地方に起きた台風による水害で孤立してしまった戸波夫妻の救出劇。その裏には夫妻の隠された思いがありました。

この物語には若干の疑問符が付きまといました。この夫妻の負い目はそんなに悩むほどのことだろうか、ということです。普通の人ならそれほどに悩むこともないでしょう。そのことを明らかにすることが非難の対象になるとはとても考えられいのです。

しかしながら、結局は「自分の問いで誰かが苦しまないか。」という太刀洗の自問と、そして「単に、今回は幸運な成功例というだけよ。いつか落ちるでしょう。」という自分で出している答え、それがこの物語で言いたかったことであり、そのための題材としてそれほど無理な設定とも言えないのではないかと思えてきました。


この作家の作品は始めて読んだのですが、近時新たに柚月裕子という作家を知った時のような嬉しさを覚えました。小説として私の好みにはまったようです。早速、他の作品も読んでみたいと思います。

辻堂 魁 月夜行 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズの第四弾です。

お家騒動で揺れる出石藩の姫君が江戸市中で命を狙われた。武蔵国等々力村に身を潜めた姫の護衛に選ばれたのが、算盤侍の唐木市兵衛。美貌の上に天衣無縫な姫君、初めての市井の暮らしに目を輝かせるが、農民の困窮に心を痛める。そして無謀な行動に出たことから敵方に知られることに。月光の下、殺到する刺客に“風の剣”を振るい立ち向かう市兵衛と姫の運命は。(「BOOK」データベースより)

一年半ぶりに本シリーズを読んだのですが、思いのほかに面白く読みました。この物語の持つ世界観が私の好みと合致するのです。

一年半前には、せっかく「渡り用人」という独特なキャラで経済の面から江戸の市井を描くという特色を出しているのにもったいない、と書いているのですが、読まずにいた期間が良い方に作用したのか、本書でも「渡り用人」という独特なキャラは行かせてはいないものの、剣士としての唐木市兵衛の活躍そのものが面白く、私の琴線に触れました。

解説をしている文言評論家の菊池仁(めぐみ)氏によると、一巻目から順に「逆境の少年との交情、自らの哲学に殉じた商人、チームワークの核となる絆を順次描くことで、市兵衛の人物造形に深みを加えてきたの」だそうです。そして、本書の「おのれの果たすべき役目を曇りなく果たす心構えをお持ちの方、己の節操に忠実なお方」という依頼に応えるべき人物造形を為してきた、と言われています。

確かに、「渡り浪人」というキャラクターこそ影をひそめているものの、代わりに「風の剣」の使い手としての市兵衛の姿が浮かび上がってきています。そして、この剣の使い手としての市兵衛の姿が実に魅力的ではあるのです。そしてその魅力的であるキャラクターを、辻堂魁という作者の文章が、登場人物の心情も、その場の情景も心地よく描き出しています。

主人公の唐木市兵衛とその兄で公儀十人目付の片岡信正、そして兄信正の配下でありながら市兵衛が気になって仕方がなく、市兵衛の親友だと自称する返弥陀之助などの存在も、この物語を魅力的に見せているのはこれまでと同様です。彼ら、幕府の高官という後ろ盾がある、ということも、痛快時代小説としての面白さの条件を満たしていると言えそうです。

その意味では、解説の菊池仁氏が言うように、市兵衛が思い切り動き回ることのできる環境をこれまでの各巻において作り上げてきているということはできるのでしょう。そして、これからさきもこの設けられた舞台のうえで市兵衛が動き回ることでしょう。

2016年の10月の段階で、このシリーズも十八巻も出ているようです。それだけの人気シリーズになっているということでしょう。

秋山 香乃 士道の値ー伊庭八郎幕末異聞(2)


幕末の剣客の一人として知る人ぞ知る伊庭八郎を主人公とした長編時代小説の第二作目です。

江戸の町を震撼させる連続辻斬り事件が起きた。下手人はその太刀筋から心形刀流の遣い手と思われる。伊庭道場の若き天才剣士・伊庭八郎は事件の探索に乗り出した。そんな折、二年前に吉原の禿だった娘と再会する。美しく成長したサダに八郎の心は激しく揺れる。気鋭の女性作家の書き下ろしシリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

「伊庭八郎」は、「幕末江戸四大道場」の一つである「練武館」の長男として生まれ、「伊庭の小天狗」との異名も取るほどの腕前であった人物です。幕末に作られた講武所では教授方にもなり、将軍上洛の折には護衛のために共に上洛しています。鳥羽伏見の戦いの敗走の後、箱根での戦いの際の負傷で左前腕から先を自ら落とし、隻腕の剣士と呼ばれるようになりました。その後北海道へと渡り元新選組の土方らと共に闘いましたが、被弾し亡くなりました。

この八郎の十五歳のときの話が第一巻『未熟者―伊庭八郎幕末異聞』で、本書はそれに続く十七歳の頃の八郎を主人公とした第二作目です。二作目というのは、図書館で、ちょうど目の前に著者が秋山香乃で、伊庭八郎が主人公の作品だということでそのまま借りたためです。

本書の第一印象としては、個性を感じられないということでした。前に読んだこの作者による『新選組藤堂平助』という作品は、BL的雰囲気は持っているものの、藤堂平助目線という新たな視点の新選組物語で歴史小説としては自然でしたが、やはり強烈な個性は無かったと思います。

本書も同様なのです。そして、主人公が伊庭八郎である必然性もあまり感じられませんでした。厳しく言うと、この物語は可もなく不可もないのです。私の好みには合致しない物語でした。主人公が新しい設定であるためにかなりの期待を持ったのですが、それがいけなかったのかもしれません。

ただ、本書はシリーズの第二巻目であり、登場人物の紹介など、人物の性格付けなどは第一巻で既に終えているはずなのです。ですから、順番に読んでいれば八郎の人物像も多分違っていて、物語への感情移入の仕方もかなり違っていたのではないかという気はします。

とくに本書は物語の背景に八郎を取り巻く恋模様を配してあり、八郎の義妹である礼子や、前巻で既に出会っているらしく八郎にほのかに恋心を抱いているのであろう登美などの存在に結構重きを置いてあることなど考えると、読んだ順番が異なるというのは致命的だったかもしれないのです。

一度はこの作家の作品はもう読まなくてもいい、などとも思い掛けましたが、やはり、少なくとも第一巻は読んでみるべきかとも思いなおしています。

池井戸 潤 下町ロケット 2


ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。
大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、 NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。
「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。
しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所に とってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。

大ヒットテレビドラマ「下町ロケット」の後半「ガウディ編」の原作ともなった、池井戸潤著の前作「下町ロケット」の続編の痛快長編小説です。

本書を読んでいる途中でもやはりテレビドラマの印象はそのまま残っていて、阿部寛や吉川晃司らの顔がちらついていました。なによりも、ストーリーの展開が分かっているというのは小説の面白さを半減させますね。やはり小説を原作とする映像作品の場合は、原作を先に読んでから映像を見るべきだと感じました。映像は原作小説のイメージをどのように映像化しているかという興味で見ることはできますが、映像を先にみると原作を読んだ時のイメージが固定されてしまい不都合です。

ロケットのバルブシステム開発に伴う様々な困難に直面する姿を描き出していた前作「下町ロケット」の爽快感はそのままに、今回は医療の分野、心臓手術に使用する人工弁の開発に乗り出した佃製作所の面々の苦労が描かれています。

今回の敵役としては、佃製作所にダミーの発注をする日本クラインと、佃工業とチームを組んだ北陸医科大学の一村隼人教授のかつての師であり、日本クラインと結びついているアジア医科大学の貴船教授がいて、彼らが佃製作所の開発チームの行く手に立ちはだかり、種々の妨害工作を仕掛けてきます。

そして何よりの障害は、日本クラインや帝国重工に何とかもぐりこもうとする新興の「サヤマ製作所」が直接の相手方になります。サヤマ製作所の所長をテレビドラマでは小泉孝太郎が演じていたのですが、本を読んでいても彼の顔しか浮かびませんでしたね。

今回は会社の経理の側面での苦労話は無く、大学教授間の権力争いや、企業間での主導権争いなど、いかにもドラマチックな装いが目立ったように思います。その意味では前作のほうが小説の出来としては良かったと言えるかもしれません。

それでも、痛快企業小説としての面白さは間違いのないところであり、佃製作所の新たなる挑戦の物語を読みたい気もしますが、今のところ続編の気配は無いようですね。

今野 敏 プロフェッション


「ST 警視庁科学特捜班」今野敏|講談社文庫|講談社BOOK倶楽部』によると、多分「ST 警視庁科学特捜班」シリーズとしては13作目になるのでしょう。

立て続けに発生した連続誘拐事件。解放された被害者たちは、皆「呪い」をかけられていた―。警視庁きっての特能集団、ここに始動!科捜研から招集された異能の5人(+1)その素顔は、警察内でも厄介視される変人集団!(「BOOK」データベースより)

今野敏の各種シリーズの中では最も気軽に読めるシリーズだと思います。ある種の超能力と言ってもいい能力を持つ五人と、彼らをまとめる役を任されているキャリアの百合根友久警部、それに彼らをサポートする役割の捜査一課の菊川吾郎警部補というチームが、普通ではない事件が起きると動き出します。

今回は、翌日には被害者が解放される、という奇妙な誘拐事件が発生します。その被害者たちは皆「呪い」を掛けられたと言い、その後ひどい頭痛で入院が必要になっています。ここで「呪い」という普通ではない言葉がでてくると、この変人集団に呼び出しがかかるのです。

今回もと言っていいものか、どうもこのシリーズにはなんとなく馴染めません。それは、このシリーズが、他のシリーズであれば関係者の証言の真偽を確かめるために更なる捜査をするところが、結城翠や黒崎勇治といった人間嘘発見器にかかればたちどころにその成否が分かるなどの設定そのものを味気なく感じる私に原因があるようです。もっと端的に言うと、この物語の構造が、青山翔という美青年のプロファイリングの独壇場になっているからでしょうか。

それはつまり、少しずつ分かってくる事実によりプロファイリングの精度が上がり最終的に犯人を見つけ出す、というこの構造に、名探偵が皆を集めて謎解きをするという探偵ものの構造と似たものを感じるからです。

そして私はロジックの面白さを優先し、人間自体を描くことの少ない「探偵もの」をあまり好まないのですから、どうしようもありません。確かに今野敏の小説ですから、そこはそれなりの面白さを持っていることは否定できないのですが、こればかりは好みの問題で仕方ありません。

付け加えれば、このシリーズはとくに会話文が多く、また単行本で290頁という短さでもあり簡単に読めてしまいます。つまりは作者もそれほど力を入れているとは思えない軽さです。そうした点も私の好みに影響しているのかもしれません。

あさの あつこ 燦 1


伝奇小説を思わせるストーリー展開で始まった、長編の活劇時代小説でしょう。でしょうというのは、まだこの物語の全貌が見えないからです。

江戸から遠く離れた田鶴藩。その藩主が襲われた。疾風のように現れた刺客は鷹を操り、剣も達者な謎の少年・燦。筆頭家老の嫡男・伊月は、その矢面に立たされるが、二人の少年には隠された宿命があった―。尋常でない能力を持つ「神波の一族」の正体とは?少年たちの葛藤と成長を描く著者待望の文庫書き下ろし新シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

文庫本で207頁しかない薄さのこの本は、2016年10月現在で『燦8 鷹の刃』が出ていて、やっと最終章だと書いてありました。

この著者の人気作品である『バッテリー』とはまた異なった作風のこの物語は、まだはっきりとは分からないのですが、どちらかというとやはりこの作者の手になる『弥勒シリーズ』のほうに近いのでしょうか。

でも、今のところは『弥勒シリーズ』で見られるような「深い闇」は見えていませんし、若者の成長物語だとすると『バッテリー』の流れでしょうから悩ましいところです。

ともあれ、今後の展開が気になる物語ではあり、あさのあつこという作家のストーリーテラーとしての魅力が発揮されている感じはします。

未だ話の導入部に過ぎず、続編を期待しましょう。

薬丸 岳 アノニマス・コール


著者が「疲れたときに見たくなる映画のイメージで」書いたというだけはある、アクション場面も盛り込まれたノンストップのサスペンスミステリー小説です。

朝倉真志は三年前にとある事件が原因で警察をやめた末、家族とも別れ、すさんだ生活を送っていたが、突然、娘からと思われる電話が入る。別れた妻に確認すると娘が誘拐されたことを知り、真志は自らが警察をやめざるを得なくなったとある事件に絡んだ誘拐事件だと知るのだった。

この本を読み始めるとすぐに事件は起きます。その後、たたみかけるように出来事が続き、読者は全く本を置くことができません。誘拐事件であるのに、警察に知らせることもできず真志は自ら娘を助けようと動き回ります。

読み終えてみると、全く問題点が無いわけではありません。真志の手伝いをする岸谷勇治や戸田純平らの描き方が若干薄かったり、犯人像に少しの無理があったりと、あらためて考えれば思いつくのです。しかしながら、そうした点はあえて取り上げるほどではないと思われ、それよりも流れに乗って進む物語の進展に気を取られるばかりでした。

読後にさまざまのレビューなどを読んでみると、本作は薬丸岳という作家さんにしては珍しいタッチの作品であるようです。本来は社会性の強いミステリーを書かれる方らしく、本書のような物語がスピーディーに展開するエンターテインメントに徹した作品はほとんど書かれていないようです。

この手の小説は、物語の深みなどというよりは、どれだけテンポよく読者を乗せてくれるか、が勝負だと思われ、だとするならば、この作品は十分にその要件を満たしていると思われます。少なくとも、それでは他の作品も是非読んでみよう、という気になるほどの面白さは十分に持った作品でした。

金子 成人 付添い屋・六平太 玄武の巻 駆込み女


殆ど一年近くの間があいて付添い屋六平太シリーズの第五弾を読みました。久しぶりに読むと、あらためてこの物語の面白さを感じます。

第一話 厄介者
六平太と相惚れの仲である、音羽の廻り髪結い・おりきが何者かに襲われた。六平太は、おりきの付添いを始めるが、おりき自身から「客にからかわれるからやめてくれ」と言われてしまった。おりきの身の危険は去っていなかった。
第二話 十三夜
馴染み客である飛騨屋の親子から、六平太は老夫婦の江戸見物の付添い屋・を頼まれる。しかし、妻のおもとのほうは、少し物忘れがひどくなっているようだ。江戸見物に出かけても、おかしなところへ行こうとするのだ。
第三夜 駆込み女
六平太は、商家のお内儀を鎌倉まで送るという付添いを頼まれる。行き先は、駆け込み寺として知られる東慶寺。味噌問屋のお内儀であるお栄は、義父母、夫の仕打ちに耐えかねて、家を出たのだという。
第四話 初時雨
江戸の老舗菓子屋をあの手この手で乗っ取ってきた『甘栄堂』は、悪事を知られている六平太をなんとか取り込もうとしている。ある日、秋月家に届いた『甘栄堂』からの付け届けの菓子を、妹の佐和は無断でお裾分けに持ちだしてしまう。
(「内容紹介」より)

秋月六平太という主人公個人としては、他のシリーズの主人公とそれほどに変わるものではありません。なのになぜこのシリーズに惹かれるのでしょうか。それは個々の登場人物のキャラクターの魅力に加え、作者の舞台設定のうまさがあるのだ思います。

前作の感想を書いたとき、『軍鶏侍』のほうが物語の持つ「和」の匂いが高く、私の好みにハマると書きました。しかし、本作を読むとその感想も危ういものと感じます。物語の持つ世界に馴染んだためなのか、作者の文章作成力が上がったのかは分かりませんが、物語の持つ面白さが増しているように感じられたのです。

これまでの作風とそれほど変わっているようには思えないのに何故なのかというと、人物の心理描写がもしかするとより丁寧になっているのではないか、という気はします。以前の作品が手元にないために比べることはできませんが、シリーズの面白さがどんどん増しているようです。

特に六平太の義妹の佐和に想い人が出来てからの佐和の心情や、妹の様子を見て感じる六平太の心の動きは読んでいてほほえましいし、それぞれの話、例えば「第二話 十三夜」でのおもとという妻の話は身につまされる話でもあり、感情移入してしまいました。

また、全体を通しての十河藩が絡んだ話や、六平太の顧客の一人である材木商「飛騨屋」の話、そして「飛騨屋」絡みでの十河藩の内情が明らかにされ、それに加えて敵役的立場の『甘栄堂』の存在感など、読んでいて物語の核となる出来事、人物の描き方がそれなりの主張が見えてきているように思えます。

物語の世界観の完成度がより高くなっていると言ってよさそうなのです。つまりは感情移入しやすいということですね。続けて続編を読みたいと思います。

長岡 弘樹 教場 2


教場』に続き風間公親教官を配した、警察学校を舞台にした連作のミステリー短編集です。「風間公親教官を配した」というよりは、風間公親教官ありきの物語ですので、教官風間公親シリーズとも言えそうな物語です。

●第一話 創傷(そうしょう)
初任科第百期短期課程の桐沢篤は、風間教場に編入された不運を呪っていた。医師から警察官に転職した桐沢は、ゴールデンウイーク明けに最初の洗礼を受ける。
●第二話 心眼
風間教場では、備品の盗難が相次いでいた。盗まれたのは、PCのマウス、ファーストミット、マレット(木琴を叩く枹)。単独では使い道のないものばかりだ。
●第三話 罰則
津木田卓は、プールでの救助訓練が嫌でたまらなかった。教官の貞方は屈強な体格のスパルタ教師で、特に潜水の練習はきつい。本気で殺されると思ってしまうほどだ。
●第四話 敬慕
菱沼羽津希は、自分のことを初任科第百期短期課程のなかでも特別な存在だと思っている。広告塔として白羽の矢が立つのは、容姿に秀でている自分なのだ。
●第五話 机上
仁志川鴻は、将来の配属先として刑事課強行犯係を強く希望している。元刑事だという教官の風間には、殺人捜査の模擬実習を提案しているところだ。
●第六話 奉職
警察学校時代の成績は、昇進や昇級、人事異動等ことあるごとに参照される。美浦亮真は、同期で親友の桐沢篤が総代候補と目されるなか、大きな試練に直面していた。(「内容紹介」より)

前作『教場』がかなりの面白さを持っていたため、本作もそれなりの期待をして読み始めました。結果は、面白かった、の一言です。個人的には前作よりも物語が練れている感じはしました。特に、学生同士や教官の為す暴力が全くと言っていほどに影をひそめており、よりリアリティを感じもしました。

著者のインタビューを読むと、前作のときは警察学校の「取材が叶わず「数少ない文献で知識を仕入れて」描いた警察学校」だったらしく、「実際に取材すると、いまの警察学校では暴力はご法度。その話が頭にあったので、バイオレンスなシーンは前作と比べたら抑えられているのでは」と述べられています。(「ほんのひきだし インタビュー 参照」)

表題作が第61回日本推理作家協会短篇賞を受賞された、この作者の短編集『傍聞き』を読んで思ったことでもあるのですが、細かな仕掛けがうまい作家さんですね。著者自身「アイデア小説」が好きだととのことで、資料を良く読みこまれた上で「短編は余計なものをそぎ落として、アイデアを際立たせる形式」として執筆されているそうです。

傍聞き』や前作の『教場』そして本書それぞれにアイデアが十分に生かされていて、風間教官のこの言葉はここに結びつくのか、など、読んでいて「うまい!」と思わされる個所が随所にあるのです。

意外性、を持つ物語。その最たるものは最後の「奉職」でしょうか。この物語の最後に語られる風間教官の一言を書きたいがためにこの物語はあったと思われるほどでした。

どうも続編がありそうです。楽しみに待つ作品がまた一つ増えました。

佐々木 譲 犬の掟


これまでの佐々木譲の系統からすると若干異なる印象を持った、それでもなお王道と言っていい長編警察小説です。

蒲田が縄張りとする暴力団の幹部が射殺された。現場からはスタンガンも使われた様子がうかがえる。管轄の蒲田署は警視庁が捜査本部を設置する前に解決しようと意気込むが、当初の暴力団抗争絡みの線が薄くなって、代わりに半グレ集団が浮かび上がり、蒲田署の盗犯係である波多野涼巡査長と先輩である門司孝夫も駆り出される。一方、警視庁捜査一課の管理官はある疑いを抱き、捜査一課の松本章吾と上司である綿引警部補に特命を下すのだった。

『警官の血』では親子三代にわたる大いなる時の流れの中での警察官一家の物語を、『笑う警官』では汚濁にまみれた北海道警察という組織の中での個人としての警察官の葛藤を、『制服捜査』では北海道の地方駐在所のお巡りさんを主人公とした、より日常生活に密着した物語を、それぞれに描いていました。つまり、佐々木譲の警察小説は、重厚な物語の流れの中に人間ドラマを上手くおりこんだミステリーを書かれていたように思います。

ところが本作では40時間という短時間の中で、その事件への視点を異にした二組の捜査グループを設定し、そのそれぞれの動きを克明に追いかけることで緊迫感を盛り上げています。大きな物語の流れの中での人間ドラマ、ではないのです。凝縮された時間の中での刑事たちの活動を追い掛けながらサスペンスフルな物語が構築してあります。

蒲田署盗犯係の波多野は、門司巡査長という先輩と組み死体発見現場近くの地域を担当することとなり、緻密な聞き込みを続けていきます。その二人の様子が克明に記されていきます。

一方、警視庁捜査一課の綿引と松本章吾は、管理官の伏島信治警視から波多野らが捜査している殺人事件が警察関係者らの犯行である疑いあるため、その真偽を確かめるべき特命を受けるのです。

このふた組の行動が交互に描写されていきます。ちょっと気を抜いていると、それまで読んでいた話が別の組の話に移っていたりするので要注意です。しかしこの構成は緊迫感を醸成し、クライマックスヘ向けてひたすら突き進む印象を抱かせて効果的でした。そして、意外な結末を迎えるのです。

これまでの佐々木譲の作品とはまた違った、それでもなおやはり面白いとしか言いようのない物語でした。

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