辻堂 魁 風塵(上・下) 風の市兵衛



風の市兵衛シリーズ第八弾です。

師走のある日、蝦夷地での恨みを口にした何者かによって元松前奉行配下の旗本が射殺される。その賊は蝦夷地に入植した八王子千人同心の関係者であり、元老中の奥平純明も襲撃対象になっていることが疑われていた。その頃、市兵衛は例のごとく宰領屋の矢籐太の頼みから、奥平純明の側室お露と二人の子の警護役をすることとなった。

今回は蝦夷地開拓へと話は広がり、スケールの大きな舞台となるとの印象でした。しかし、実際は今回の敵役の人物背景としての蝦夷地開拓であり、思ったほどの話の広がりはありませんでした。

しかし、それは私の個人的な好みの話であり、蝦夷地での屯田兵らの苦労話はそれなりによく調べてあって、舞台背景としては納得のいくものではありました。ただ、そのほかの竹村屋雁右衛門絡みの話には、詳しくはネタバレになるので書けませんが、若干無理があるのではないかという印象はぬぐえません。

それでもなお、このシリーズの面白さは少しも損なわれることなく展開しています。上下二巻、約六百頁弱という大部の物語になっていますが、その長さを少しも感じさせない面白さであるのはさすがです。市兵衛と側室のお露親子との交流や、いつもながらの剣戟の場面など見どころは満載です。

蝦夷地に八王子千人同心という侍たちが入植していたというのは全く知らないことではありましたが、これは歴史的事実であり、八王子千人同心のことは八王子市(八王子千人同心の歴史|八王子市 :: 参照)や北海道苫小牧市(八王子千人同心/北海道苫小牧市 :: 参照)のホームページにも掲載されています。

彼ら千人同心の怨念が幕府に向けられ、ときの老中奥平純明の殺害を企てる、という設定のもと、奥平本人ではなく、その側室と子らの護衛を市兵衛が行うという流れも上手いと思います。この設定を設ける上で、老中まで務めたという大名に一介の素浪人が雇われるはずもなく、雇われるまでの経緯を御前試合の形式を設けて一つの痛快物語として仕上げている点もさすがでした。

こうした上手さの積み重ねこそが人気シリーズになっていく原因なのでしょう。


今年も大晦日になりました。私の住む熊本も二度の大地震に見舞われるなど、二度と経験したくもない大変な一年でした。しかし、あの震災の中でも家族や仲間が皆元気で過ごすことのできた幸せをかみしめております。皆さまにもいろいろとご心配をいただきありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。

また、多くの方に本ブログを訪ねて頂き、有難うございました。来る年もまたぼちぼち書いていこうと思っていますので、本年同様によろしくお願いいたします。ではよい年をお迎えください。

柳 広司 ジョーカー・ゲーム


日本陸軍内に結成されたスパイチーム「D機関」の活躍を描いた五編の短編から成る、連作のミステリ短編小説集です。


「ジョーカー・ゲーム」
「D機関」への出向を命じられた佐久間陸軍中尉は、「D機関」第一期生の三好少尉らとともに、親日家のアメリカ人ジョン・ゴードンの家を捜索することになった。自信に満ちた態度を崩さないゴードンだったが、三好少尉は笑みを絶やさず佐久間を見つめるのだった。
「幽霊(ゴースト)」
英国総領事のアーネスト・グラハムの爆弾テロ計画への参画疑惑が生じ、その疑惑の真偽を明確にするよう「D機関」訓練生の蒲生次郎に命令が下った。
「ロビンソン」
D機関員伊沢和男は潜入先のロンドンで英国諜報機関に捕まってしまう。その後、井沢は訓練項目を思い出しながら脱出を試みるが、最後には意外な事実が明らかになる。
「魔都」
上海において及川政幸大尉から内通者捜索の命令を受けた元特高刑事の本間英司軍曹は、「D機関」員と聞いている草薙行仁を見かけ追跡すると、その先には及川政幸大尉の姿があった。
「ⅩⅩ(ダブルクロス)」
陸軍軍人でありながら「D機関」の訓練を受けていた飛崎弘行は、「D機関」の卒業試験として、二重スパイのカール・シュナイダーの調査を命じられるが、対象者が調査の途中で殺されてしまう。このあり得ない事態に結城の指示を受ける飛崎だったが、意外な結末が待っていた。

「D機関」の中心となるのは、自らが伝説のスパイと呼ばれた結城中佐であり、彼の指導のもと。訓練生たちは優秀なスパイとして成長していきます。

本書の「D機関」とは、映画化もされてその存在が一躍脚光を浴びたこともあるかの有名な「陸軍中野学校」をモデルにしているそうです。「陸軍中野学校」の優秀さは私も聞いたことがありますが、その校風は本書の「D機関」そのものであったようです。(ウィキペディア参照)

この本の解説を元外務省主任分析官であったあの佐藤優氏が担当されています。この佐藤という人もいろいろと鈴木宗男氏との関係で話題になった人物ではありますが、その優秀さは誰しも認める人物であると聞いています。

その彼の言葉ではあるのですが、本書で描写されている「建物に入ってから試験会場までの歩数、及び階段の数」などを聞くような「D機関」の採用試験の奇妙さは、中野学校出身者や、モサド(イスラエル諜報特務庁)やSVR(ロシア対外諜報庁)の訓練部局の幹部から聞いた話とも符合するそうです。

また、本書で描写されているインテリジェンスの各種手法も決して絵空事ではなく、現実の諜報活動での実態に即しているとも書かれています。

それほどに本書の描写はリアリティーがあります。その上で、冒頭から読者を惹きつけてやまない話の組み立て方など、この作家の上手さが目立つ物語です。

少し前からこの本のタイトルは聞いていたのですが、何故か読まずにいました。映画kされた作品があまり評価がよくなかったためかもしれません。でも、本書の面白さは格別でした。続編も出ています。近いうちに読みたいと思います。

志水 辰夫 疾(はし)れ、新蔵


三年前に『飢えて狼』を三十年ぶりに再読して以来の志水辰夫作品でした。

新蔵は越後岩船藩の江戸中屋敷に向かった。姫を国許に連れ戻す手はずであった。街道筋には見張りがいる。巡礼の親子に扮し、旅が始まった。手に汗握る逃走劇の背後には、江戸表と国許の確執、弱小藩生き残りをかけた幕府用人へのあがきがあった。そして、天領だった元銀山の村の秘密、父子二代に亘る任務のゆくえも絡み一筋縄ではいかないシミタツの魅力満載!山火事が迫る中、強敵と対決する!姫を伴った新蔵の旅は成就するのか? (「BOOK」データベースより)

当初は「蓬莱屋帳外控」シリーズと勝手に思い込んで読み始めたのですが、違いました。でも、一人の男が江戸から越後の国元まで十歳の志保姫を連れ戻す、それだけの物語ではありながら、と言いますか、それだけの物語だからこそ、と言うべきなのか、「蓬莱屋帳外控」シリーズと同様に時代小説ではありながらかなり現代のハードボイルドの色を濃く残した物語になっています。

つまり、細谷正充氏がその書評の中で述べられているように、「逃走と追跡のドラマは、冒険小説の十八番」であり、本書はその醍醐味を十分に味あわせてくれます。そこは志水辰夫の小説だったのです。

冒頭からしばらくは、読者は主人公である新蔵の幼い姫を連れての行動の理由が全く分からないまま、ただ、彼らの逃避行を眺めているだけです。追跡者らの追跡の詳しい理由すらも分かりません。逃避行それ自体はそれほどに取り上げて言うべきものは無い、などと思いながら読み進めていました。いつものシミタツ節が見られないなどと思っていたものです。

それでも物語自体は、途中で拾った駕籠かきの政吉と銀治やわけありのおふさ、敵役の藤堂兄弟などの登場人物が色を添え、アクションも交え、それなりの展開を見せてはくれています。

ところが、物語も終盤に近くなってこの物語の隠された事実が次第に見え始め、それぞれの思惑が明らかにされてくると、俄然、志水辰夫の物語になります。特に、物語の終わり近く、藤堂兄弟との決着がついた後の新蔵がとある女性を掻き抱いてからの心情の吐露はシミタツ節健在でした。

志水辰夫という作家も1936年生まれだそうなので、もう80歳になるそうです。それでいて本書のようなバイタリティあふれる作品を書かれるのですから大したものです。

私たちを楽しませてくれる作品を書いて欲しいとは思いますが、かといって無理はして欲しくもなく、難しいところですね。 いずれにしろ、志水辰夫の物語が変わらずに面白いというのは嬉しい、と思わせられる作品でした。

辻堂 魁 五分の魂 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第七弾です。

やっとこの春に元服を済ませたばかりである十六歳の安川充広は、取り立てにきた金貸しのお熊を切り殺してしまう。充広の父親である旗本安川剛之進は、知人である返弥陀之介を通じて市兵衛に事件の真実を知りたいと依頼をする。市兵衛の調べの先には、元勘定吟味役らや骨董屋らの仕組んだ投資の話が見えてくるのだった。

まずは、渡り用人である市兵衛が、旗本安川剛之進の依頼を受けるに際し、何故に依頼を受けるに至ったか、が緻密に説明してありまう。それは、安川剛之進と返弥陀之介との仲の説明から市兵衛の元に話が来る筋道であり、また「用人」の作業手順で事件の裏を探ることができるという今回の仕事を受け得る理由です。

こうした物語の背景説明が整然と為されている、こうした手順が読者が『風の市兵衛シリーズ』という小説世界に違和感なく入っていける理由ではないでしょうか。

その上で、市兵衛や市兵衛の兄で十人目付筆頭の片岡信正、その部下の弥陀之助、北町奉行所定町廻り同心の渋井鬼三次などの登場人物が、これまた丁寧に書き分けられていて勘定移入しやすいのです。加えて、「渡り用人」という市兵衛の職業設定に合わせて江戸時代の経済生活状況を絡めたりと、舞台設定がよくできています。

今回は新たに見つかった銅鉱山への出資話という仕掛けをもとに物語は展開します。

物語の中盤、今回の事件の黒幕と目される男と市兵衛との会話の中で、眠っている金を旅立たせることこそが世の中の役に立つ、と言う男に、市兵衛は、金は「神に与えられた道具」だと言います。そして、その神の道具を「ときとして物や金を邪悪な道具にまで貶めてしまう人々がいる」と言い切るのです。

このような市兵衛と為される会話の積み重ねで市兵衛の人となりがどんどん明確になっていき、読者の思う市兵衛蔵が確立していくし、物語として厚みも出てくると思われます。それはつまりシリーズとしての充実であって、より面白さを増してくるのでしょう。

今後のさらなる展開が楽しみなシリーズです。

武内 涼 妖草師


本書の解説で文芸評論家の細谷正充氏は、大きく言えば草木の怪異譚に属すると書いておられます。ただ、本書が妖怪譚ではあっても、いわゆるホラーと呼べるのかは疑問が無いわけではありません。それほどに、いわゆる妖怪ものとは違います。

江戸中期、宝暦の京と江戸に怪異が生じた。数珠屋の隠居が夜ごと憑かれたように東山に向かい、白花の下で自害。紀州藩江戸屋敷では、不思議な蓮が咲くたび人が自死した。はぐれ公家の庭田重奈雄は、この世に災厄をもたらす異界の妖草を刈る妖草師である。隠居も元紀州藩士であることに気づいた重奈雄は、紀州徳川家への恐るべき怨念の存在を知ることに―。新鋭が放つ時代伝奇書下し! (「BOOK」データベースより)

この世ならざる常世の世界に生育する「妖草」なるものを操る妖草師、という設定は、エンターテインメント小説の読み手としては魅力的だと思ってしまいます。

こうした妖術を操る物語を紡ぎだす作家としては山田風太郎がまず挙げられるでしょうし、現代では夢枕獏らがいます。これらの作家の作品は私の好みにも合致し、自信を持って面白いと言える作品でした。

しかしながら、本書は今一つ私の琴線に触れません。登場人物も庭田重奈雄という公家を主人公として、池大雅や曾我蕭伯という実在の画家を配し、共に妖草を退治するのですが、どうもこれらのキャラクタ―の人物像が読み手に迫ってきません。この物語を面白いからお読みなさいと自信を持ってお勧めはできないのです。

しかしながら、そもそも私が本書を読もうと思ったきっかけは、本書が「この時代小説が すごい! 2016年版」で第一位になっていたからです。

つまりは、多くの人が、私がこの頃の時代小説ではベストの面白さだと思っている辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』を三位とし、また同様に私がかなり面白い小説だと思っている金子成人の『付添い屋・六平太シリーズ』を四位としていて、これらの物語よりも本書『妖草師』を面白いと評価しているのです。

残念ながらそうした事実がある以上は私の好みが一般とずれている、ということを認めるしかありません。

ただ、こうした単純に物語世界に浸って話を楽しむ作品にしては、どうしても主人公の重奈雄という人物の描写が今一つピンとこないのです。脇を固める池大雅や曾我蕭伯らについてはさらにそうです。登場人物の書込みが薄く、勿論敵役の無明尼についても、終盤その正体が明らかにされはしますが、やはりよく分からないのです。

ここで、私は夢枕獏の『陰陽師シリーズ』をそれほどには面白いとは感じていなかったことを改めて思い出してしまいます。物語の背景が公家らであるということが共通してはいるものの、そのことが話の面白さに影響あるとも思えません。また、「妖しのもの」などという設定が半端というわけでもなさそうで、結局、何が私の好みに合わなかったのか不明です。

ただ一つ、物語の起伏をあまり感じなかった、との思いはあります。その点が琴線に触れなかった理由なのかもしれません。

本書には続編も出ていますが、読もうかどうか迷っています。続編では私の好みに合致する仕上がりをみせていればいいのですが。

吉川 英梨 アゲハ 女性秘匿捜査官・原麻希


非常にテンポのいい、リズミカルに読み進めることのできる長編の警察小説です。

警視庁鑑識課に勤める原麻希は、麻希かつての上司の戸倉加奈子と共に、それぞれの子供を誘拐され、誘拐犯の指示に従うようにと指示される。調べていくと、そこにはかつて彼女らがかつて追い、そして敗北したとある事件と、壊滅したはずのテロ集団「背望会」の影が見えるのだった。

警察小説にも幾通りかの流れがあります。一つには松本清張らを始めとする犯罪動機重視の社会派の流れをくみ、読者に一定の考察を促す作品群があり、対照的にいわゆる通俗的な小説としての警察小説もあります。

また別の観点からは、今野敏の『安積班シリーズ』のようなチームプレイでの犯罪捜査を描く作品があって、一方大沢在昌の『新宿鮫』のような孤高の刑事を描くハードボイルドタッチの作品もあります。

そして本書は、個性的な一人の主人公のもとにキャラの立った脇役が補佐しつつ物語が進行するという、単に物語の流れを楽しむ作品群に属するのです。ひたすらに作者の敷いたレールに乗っていけば楽しいひと時を過ごせる、そんな物語だと思います。

ですから、少々の設定の強引さ、物語構成の甘さなどは無視して読むべき作品でしょう。例えば、強姦犯人が自ら罪を認めながらも嫌疑不十分で釈放されることとか、鑑識課員が捜査し尽くした現場で新たな証拠品を見つけるなどの、現実にはあり得ない設定だという点は、一応そんなものとして話を読み進めるべきです。

そうすれば、「ハラマキ」と呼ばれた主人公の「フルネームで呼ばないで。」などという決まり文句や、着替えを渡された主人公がブラジャーが無い、などと文句を言ったりと、シリアスな場面が展開する中にユーモラスな進行があったりの工夫も気楽に楽しめ、調子よく読み進めることができます。勿論ミステリーとしての謎の追及も主軸として在り、全体として面白く読み終えることができるでしょう。

言ってみれば、ノンストップの痛快警察ミステリー小説であり、文句なしに楽しめる小説です。

青山 文平 励み場


やはり、この本も私の好きな青山文平の作品でありました。装丁は私の好きな村田涼平氏の画で為されており、それは、いつもながらに静かなたたずまいを見せる侍の画でした。

本書の最初のほうでは「勘定所は、幕府の御役所の中で数少ない励み場である。」などの一文もあって、主人公がのし上がっていく姿が描かれるものと思っていました。また、豪農の娘智恵とその夫笹森信郎の二人に焦点が当たっていて、この作者にしては珍しい物語だと思っていたところ、結末はやはり侍の物語として収まっていたのには驚きました。

まず、主人公の一人である智恵について、「智恵はともえと読むが、多喜はときどきちえと呼ぶ。どうやら・・・」とさらりとその読み方が述べてあります。多喜とは智恵の姉であり、奔放に生きている女です。「多喜は勝手に話題を変える。呼び方も、ちえからあんたに戻る。」と調子よく続き、これらが二人の紹介文にもなり、伏線にもなっていて後になり生きてきます。

その後に「名子」についてのひとくだりがあり、続けて、徳川の代になって新たに開かれた田畑に入植してできた村のことを新田村と言い、それ以前からあった村のことを本田村と言う説明があります。ここらの説明も説明のための説明ではなく物語は自然に流れています。

こうした、「村」の成り立ちやその村の中での個々人の在り方、などがこの物語の下敷きとしてあり、その上で。笹森信郎という一人の男の生きざまが、その妻になった智恵の煩悶と共に語られていくのです。

こうした物語の運び方が、簡潔な文章と共に心に響き、読み手として物語に引き込まれるのでしょう。

「名子」という存在がこの物語の根幹なのですが、「名子」については「豪農らの隷属農民」という説明はあっても、本書のような「江戸幕府開闢(かいびゃく)時に、武家の身分より領地をとって農民になった名主の、昔の家臣が『名子』」だという解説はどこにも見つけることはできませんでした。まあ、ここは作者の説明をそのまま受け入れましょう。

この物語が上手いと思ったのは、正面から謎を提示しているわけではないのに、読み進めるうちに、いつの間にか「何故」が提示されており、その解明に引き込まれてしまうという構造です。それは信郎だけでなく、智恵についてもそうなのです。クライマックスで明かされるそれぞれの秘密。上質なミステリーを読んだようでもあり、それでいて常の青山文平の作風である侍のそしてその妻の、自分に正直に生きる姿が読者に提示されているのです。

物語としての作り方の緻密さ、上手さはこの作家の作品の中では一番ではないかと思います。今までは『白樫の木の下で』を超える作品は無いと思っていたのですが、物語の持つ研ぎ澄まされた雰囲気は別として、小説としての面白さでは本書のほうが面白いかもしれないと思っています。

荻原 浩 海の見える理髪店


2016年の第155回直木賞を受賞した、家族のありようを描いた全六編の短編集です。

伝えられなかった言葉。忘れられない後悔。もしも「あの時」に戻ることができたら…。母と娘、夫と妻、父と息子。近くて遠く、永遠のようで儚い家族の日々を描く物語六編。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の痛みとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集。 (「BOOK」データベースより)

「海の見える理髪店」
海の見える場所に店を移し営業していた理髪店に一人の若者が訪れます。理髪店の店主は、この客に対して自分自身やこの店の来歴について語り始めるのでした。

高倉健のエピソードを思わせるこの設定は、当初の私の予想外の展開を見せ始めます。その後の意外性を持った展開があって、最後の一行が泣かせます。何よりも店主の語りを描写する文章が美しく、心地よいひと時を過ごせました。

「いつか来た道」
母親のもとを久しぶりに訪ねると、やはり会話はかみ合いません。しかし、・・・。

この物語は今の私にはかなりきつい物語でしたね。話の流れ自体は冒頭から展開が読める話ではありました。というよりも作者自体が意図的にそのように描いている節があります。頭のどこかで分かっていながらも認めたくない主人公の心情を、そういう形で表現されたのでしょうか。

「遠くから来た手紙」
冒頭から家出をしてきた祥子の姿が描かれます。そこに夫からと思われる、しかし仕事用でもあるかのような意味不明のメールが届くのです。

何とも言えないファンタジックな物語です。設定は特別ではないのですが、文章のうまさ、物語の組み立て方の巧みさについついい引き込まれてしまいました。

「空は今日もスカイ」
家出をして一人海を目指す小学三年生の茜は、途中で知り合った森島陽太という少年と出会い、二人して海を目指します。

この物語はよく理解できない話でした。結局、作者は何を言いたかったのでしょうか。幼い子らの言葉の大人への届きにくさ、を言いたかったのか、とも思いましたが、それにしては結末があいまいな気がします。

「時のない時計」
父親の形見の腕時計の修理のために訪れた時計屋ではいろいろな時が流れており、時計屋の親父の時につきあわされる主人公です。

腕時計はほとんどしない私ですが、親父の形見のちょっといい値段の時計だけはしばらくの間付けてましたね。その時計も今はもう壊れて動きません。「止めてあるのと、動かないのとでは大違いですから」との言葉は、私が常々思っていた事柄とも結びついて心に残りました。

「成人式」
娘を亡くした夫婦の色を亡くした日々の描写から、一転、とんでもない行動に出る夫婦の姿が描かれます。

この物語も最後に親の子を思う心根を偲ばせる一言で終わっています。やはり、話の進め方、文章のうまさが目立つ作品でした。



本書は、これまで読んだ二冊『オイアウエ漂流記』『四度目の氷河期』とは、かなり印象の異なる作品であることに驚きでした。

どの作品も主人公の目線で語られる、「家族」についての物語です。「空は今日もスカイ」だけは少々分かりにくく感じましたが、それ以外の作品はどれも普通の言葉で、深い情感を漂わせている物語でした。

辻堂 魁 風立ちぬ 風の市兵衛



風の市兵衛シリーズ第六弾です。
九歳になる音羽の色茶屋の倅・藤蔵は、勘定方を輩出する算勘専門の私塾入門を目指し、“算盤侍”唐木市兵衛を師に招いた。同じ頃、市兵衛の周囲には、殺気を纏う托鉢僧や謎の祈禧師集団が出没、不穏に。一方、芸者勤めをする藤蔵の姉・歌は、旗本・桜井長太夫につきまとわれていた。やがて祈禧師らが動き始め、江戸を地獄に変える夜が始まろうとしていた…。(上巻)
旗本・桜井長太夫の芸者・歌への執着を利用して音羽の花街を取り締まらせ、同時に付け火で町方を混乱させた祈祷師盗賊団の金座襲撃は成功した。その夜歌が失踪、市兵衛は捜索に乗り出し、面目を失った奉行所も一味捕縛へ躍起に。最中、市兵衛に迫る托鉢僧が剣の兄弟子・真達で、目的が市兵衛誅殺と判明するが…。市兵衛の過去も明らかになる、シリーズ最高傑作。(下巻)(「BOOK」データベースより)

前巻同様に、本書でも市兵衛の「用人」としての能力を示す場面が用意されていました。それは音羽の色茶屋の息子である藤蔵の家庭教師としての算術の能力です。

私なんぞの文系の頭では未だに理解しているとは言い難い問題が出ています。それは私はアキレスと亀の問題として聞いていたものでした。「ゼノンのパラドックス」として高名なこの問題を市兵衛は分かりやすく説いて聞かせます。その後、木の高さの図り方などの数学の実利について説きながら、物事の考え方について教えるのです。

こうした先生はなかなかいないでしょう。こんな先生であれば私も少しは数学に興味を持てたのに、と一旦は思ったのですが、結局はやはりしない奴はどんな状況であってもしない理由をつけるでしょうから、多分同じことだったでしょうね。

本書の面白さは、個人的には前巻には及ばないと思っています。本書でも市兵衛の数理に対する強さも剣の見せ場も十分に用意してあります。加えて、市兵衛の兄の片岡信正やその部下の返弥陀之介、北町奉行所定町廻り同心の渋井鬼三次など、このシリーズのオールスターキャストで成立しており、シリーズの真ん中を進んでいる物語です。にも拘らず、前巻に心惹かれるのは、前巻に登場した元北相馬藩士中江半十郎の潔さにあるのかもしれません。

本書でも幼い籐蔵の頑張りも魅力ではありますが、それ以上のものではないのです。代わって藤蔵の姉である歌がいて、この娘が市兵衛と何らかの進展があればまた話は変わってきたのかもしれません。が、残念ながら二人の間に何か起きそうな雰囲気を漂わせてないるものの、物語の彩り以上のものではありませんでした。

この手の良質のエンターテインメント小説にはまると、より人間を深く追求し描いた作品などを読む気が失せそうで怖い気もします。しかし、このジャンルの作品には作品なりの楽しみ方があっても良い筈だと勝手に決め付けて、更に読み続けたいと思うのです。

痛快時代小説として今一番の面白さを感じているシリーズの一冊として面白い作品であるのは間違いありません。次の作品を読みたいとそれしかない私です。

辻堂 魁 天空の鷹 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第五弾です。

高砂が流れる北相馬藩江戸藩邸で、勘定人・中江作之助が斬殺された。算盤侍“風の市兵衛”は、病死と報された息子の死に疑念を抱き、出府してきた老侍・中江半十郎と知り合う。やがて遺品の勘定書を託された市兵衛は、それが藩を壟断する一派の悪行が記された物と気づく…。かつて“相馬の鷹”と呼ばれた老父とともに、市兵衛は卑劣な罠が待つ藩邸へと向かう。長編時代小説書下ろし。(「BOOK」データベースより)

人情時代劇ここにあり、という言葉を地で行く、心温まる、それでいて痛快な、今のところではこのシリーズ一番の面白さを持った物語でした。

本編の中心となる人物の元北相馬藩士中江半十郎と市兵衛との出会いの場面や、その後の半十郎を引き連れた両替商での一幕など、人情痛快物語の面目躍如たる場面が続き、一気に物語の中に引き込まれました。

加えて、本書では本シリーズ最大の特徴である、「渡り用人」であるという主人公唐木市兵衛の特色を最大限に生かす状況が設けられていて、その上で、社会の経済を仕組みをよく知る市兵衛にその仕組みを解説までさせているのです。何も知らない半十郎に対しての説明はもちろん読者に対しても同様であり、それは読者の知識欲も満足させてくれるものでした。

それは、年貢米と商人の米相場の仕組みの説明であり、現代社会でもなかなかにその仕組みが分かりにくい世界ではあります。

その上で、相場の仕組みについて全くの無知である半十郎に対しての姑息な仕打ちを懲らしめる場面は、痛快小説の一番の見せ場の一つでもあり、事実この場面は実に爽快で心地よいものでした。実際は、この場面は知識において悪辣な相手をやりこめる痛快さであり、市兵衛の剣による痛快場面はまた別にクライマックスとして用意してあるのですから、読者としてはこれほど喜ばしいものはないのです。

「渡り用人」という市兵衛の実力を十分に見せつけてくれる本作品は、このシリーズの中でもベストと言っていい面白さを持った作品でありました。

佐伯 泰英 遺文: 吉原裏同心(二十一)


痛快時代小説、吉原裏同心シリーズの第二十一弾です。

吉原会所の頭取・四郎兵衛の傷がようやく癒えた折り、またも吉原が「脅威」にさらされた。吉原裏同心の神守幹次郎は、いまだ復調ならぬ四郎兵衛に伴って、吉原の秘された過去の「遺文」があるとされる鎌倉へ。そこで彼らを待ち受けていたのは過去最強の刺客たちと衝撃の「秘密」だった。シリーズ史上最高傑作!吉原、鎌倉を舞台に壮大なドラマが繰り広げられる第二十一弾。(「BOOK」データベースより)

その存続の根底にかかわる難題が降りかかっている吉原でしたが、本書で一応の決着を見ます。

前作で大怪我を負った吉原会所の七代目頭取である四郎兵衛でしたが、吉原を狙う勢力を誘い出す意味をも兼ねて、神守幹次郎を引き連れて鎌倉へと出かけることになります。

鎌倉は建長寺にやってきた幹次郎たちですが、そこへ思惑通りに刺客らが襲いかかり、幹次郎の活躍で事なきを得るのです。ところが、ここでの幹次郎の強さばかりが目立ち、読者としては痛快ということを通り越して、引いてしまうことにもなりかねない印象です。 何人の刺客が襲いかかろうとも、幹次郎一人で退治してしまうのですから、幹次郎さえいれば他は何もいらず、吉原は安泰ではないのかとさえ思ってしまいます。

痛快小説の難しいところでしょう。主人公が勝つのは分かっていて、それでいて緊迫感や切迫感を出しながら見どころを作っていかねばならないのですから大変です。そこでキャラクターやストーリーそのもののに工夫を凝らすことになるのでしょうが、本書はその点で行くと上手くいっているとは言えないと感じます。

その工夫の一つとして、ストーリーの面で、吉原の成り立ちからの秘密という、物語の根幹にかかわる大きな謎を持ってきてはあるのですが、その点でも決してうまくいっているとは思えませんでした。

このシリーズも若干間延び感が出てきたのでしょうか。残念です。

竹内 明 背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課


警視庁公安部外事二課を舞台にした珍しい、長編推理小説です。

中国の謀報機関・国家安全部の辣腕工作員と、警察に紛れ込んだ「潜入者」の罠にかかり、公安部を追われた元スパイハンター・筒見慶太郎。だが、左遷先のニューヨークで発生した外務大臣毒殺未遂事件を機に、8年の月日を経て再び彼らと対決の時が―。極秘の存在とされる公安部ウラ作業班の元精鋭たちが再び立ち上がる。これが国際謀報戦の現実だ!(「BOOK」データベースより)

とにかく、物語のリアリティが凄い。著者はTBSの報道記者として第一線で活躍していたジャーナリストらしいのですが、その情報量は膨大で現場を知り尽くしていることを思わせます。

主人公は元公安部外事二課のエースだった人物で、八年前にとある事件により現場から退き、現在はニューヨーク日本国総領事館の警備対策官として働いています。でも、本書では筒見慶太郎という人物の説明が全くなされないままに話は進み、物語が進む中で少しずつ人物背景などの説明が為されていくのです。

そのことは、筒見と共に働いていたチームのメンバーについても同様です。突然現場の巡査の動向が描写されていくかと思うと、それがそのままこの物語の本筋であり、後に彼が筒見の以前の仲間であり、また筒見と共に働くことになったりする人物であるなど、思わぬ展開を見せます。

このような物語の叙述の方法をもう少し明確にして欲しいとは思いました。若干、主人公ら登場人物の人となりが分かりにくいのです。本書のような登場人物がかなりな人数に上り、時系列も入り組んでいる話ではなおさらです。

本書の冒頭に<登場人物紹介>という一覧を設けてあり、約四十人ほどの紹介が為されています。このサービスは有難い、と感じるほどに物語は複雑で、登場人物も過去と現在とで錯綜しています。

分かりにくいという点でもう少し。各章の冒頭に過去の話が挿話のようにに語られています。最初のうちはこの話がよく意味が分からずに混乱しました。良く見ると章の中の各項の見出しには■印と共に時間と場所も示してあるのですが、各章の最初の挿話の部分には何も表示してなかったのです。こうした工夫に気づかない読み手にも問題がありますが、もうすこし分かりやすくしてほしかったとは思いました。

本書タイトルにもある「背乗り」とは、諜報員や犯罪組織の構成員が、行方不明者などの戸籍を乗っ取って、その人になりすますこと(出典 : ダ・ヴィンチニュース)だそうです。勿論この物語の重要な要因であるからこそタイトルにしてあります。

在外公館での警備の在り方や警視庁という組織、中でも公安部の働きなどについてのトリビアを紹介しながら、最初に書いたように公安の仕事がリアリティを持って描かれていきます。ただ、後半になるとフィクションとしての側面が急に表に出てきた感があり、若干の違和感を感じました。それまでのリアリティとの落差があり過ぎるのです。

とはいえ、以上述べてきた不満点もこの物語の面白さがあってこその話です。小説としては趣きの変わった小説としての面白さがあります。この本に続いて続編も書かれているようなので、今後は現場を知る作家の描く小説としてリアリティを維持しながら、どれだけフィクションの部分での面白さを維持できるかを確かめながら、是非読んでみたいものです。

金子 成人 付添い屋・六平太 鳳凰の巻 強つく女


付添い屋六平太シリーズの第七弾です。

第一話 残り雁
六平太は、夕闇のなか三人の侍に襲われている男を行きがかり上、助けた。狙われた男は、大身の旗本、戸田左近家中の高山金之丞。高山は、女郎と心中した戸田左近の身代わりにされ、死んだことにされていた。
第二話 毒空月
大名家、旗本、大店に出入りする乗り物医師・志村了斎の付添いを請け負った六平太。了斎は溜まった薬代の片に商家の娘をを妾にしているという。そんな阿漕で意地の悪い了斎の乗り物が、子供達に襲われた。
第三話 強つく女
六平太は、小間物問屋「沢野屋」の女主、お寅の付添いを番頭の与左衛門から頼まれる。お寅の物に対する審美眼は確かなのだが、腕の落ちた職人に対して容赦がないため、ほうぼうで恨みを買っているというのだ。
第四話 長屋の怪
同じ長屋住まいの噺家・三治の顔色が良くない。訳を聞くと、神楽坂の料理屋で、偶然押し込みの密談を耳にしてしまい、以降誰かに付け狙われているという。折しも江戸では、荒っぽい押し込みが頻発していた。(「内容紹介」より)

本巻から第三部が始まりました。とは言っても、これまでと特別変わってはいません。ただ、義妹佐和が嫁ぎ、一人住まいとなった六平太が新しく近くの市兵衛店に転居したこと、それに出て行ったままの髪結いのおりきの行方も分からないままです。代わりに第一話で殺された金之丞の妻女が気になる存在として登場します。

シリーズものの常として、各巻ごとに記す事柄はあまり無いのです。本巻でも、新しいシリーズに入ったということだけが目新しく、それ以外、特に無く困ったものです。

ただ、だからと言って面白くないわけではなく、六平太の身の回りの変化に気をやりながらも、いつもの付き添い稼業に伴い語られる人情話は、それはそれで心地よい時間です。この時代小説がすごい!2016年版の第四位に選ばれているのもよくわかります。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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