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風野 真知雄 死霊大名


伊賀国でくノ一として修業を積んできた16歳の蛍という娘を主人公とする長編伝奇時代小説です。

伊賀国でくノ一として修業を積んできた16歳の蛍。千利休から戦国最大の悪漢・松永久秀を探る命を受け、父とともに旅に出る。そこで目にしたのは、「死と戯れる」秘技だった。死霊が増殖する動乱の世で、蛍は父を助けるため悲壮な闘いに挑む。前人未踏のハリウッド級エンターテインメント、ついに始動! (「文藝春秋 作品紹介」より)

これまで読んできた風野真知雄という作家の作品からはかなり異なる印象を受けた作品でした。

本書のタッチ、すなわち文章そのものや情景描写の雰囲気なども違いますし、筋立て自体も私がこれまで読んできた風野真知雄という作家の印象とは異なるのです。少なくとも、この世ならざるものの存在を認めるという点では同じでも、その扱い方が違うと感じました。

物語の内容が、一度死んだ人間が不死となり動き回るというアクション性の強い話ということもあるのでしょうが、これまでの風野真知雄という作家の、少なくとも、この世ならざるものの存在を認めるという点では同じでも、情感を含みつつもコミカルな雰囲気をも有している側面はありません。どちらかというと改行の多い会話文を多用し、読みやすさのみを追求したような印象すら受けるのです。

そして、時代小説では悪人の代表のような扱いである松永弾正が、文字通りの敵役として登場します。この弾正がゾンビの親玉としての位置にいるのでしょう。難破船よりもたらされたと思われる特別な薬により、死んでいるのに生きているという不思議な体に変身してしまいます。

ストーリー自体はまだ第一巻目なのではっきりとは判断できません。本巻ではまだまだ物語の序盤に過ぎず、登場人物の紹介及び物語の舞台背景の説明に終わっている感が多々あります。今後の展開は分かりませんが、息抜きに読むのには良いのかもしれません。

ただ、同じ息抜きならば、まだ気楽な物語がありそうにも想わせる、そんな小説でした。

風野真知雄という作家の作風は本書のような物語に変わったのでしょうか、それとも本書が特別な位置にあるのでしょうか、他のシリーズも読んでみたいと思います。

辻堂 魁 秋しぐれ 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十四弾です。

廃業した元関脇がひっそりと江戸に戻ってきた。かつて土俵の鬼と呼ばれ、大関昇進を目前にした人気者だったが、やくざとの喧嘩のとばっちりで江戸払いとされたのだ。十五年後、離ればなれとなっていた妻や娘に会いに来たのだった。一方、“算盤侍”唐木市兵衛は、御徒組旗本のお勝手たてなおしを依頼された。主は借金に対して、自分の都合ばかりをくましたてるが…。 (「BOOK」データベースより)

今回のお話は、一昔前の講談話のような、市兵衛は完全に脇に回った、いつもの登場人物は市兵衛だけの、市兵衛の仲間の誰一人として登場しない物語であって、見知らぬ一人のやくざな男の物語でした。

心ならずも今回の雇い主の借金支払いの猶予申し込み、と言いますか借金縮小の交渉に赴いた市兵衛でしたが、やくざな旗本である雇い主の過去に触れることになります。

この物語を市兵衛の話としてではなく、市兵衛抜きの物語であったら、と思いながら読み進めていました。多分読まないだろう、途中で投げ出すであろうと思いつつ、であるのなら、何故市兵衛のシリーズなら読むのだろうか、という疑問も同時に抱えながらの読書でした。

というのも、本書の物語は一遍の講談話であり、物語自体は決して目新しいものでもなく、ありがちな話と言ってもいい印象なのです。それが、この作者の手にかかり、市兵衛の絡む物語として組み立てられると、とたんに面白さを感じるのですから分かりません。

ただ、本書の場合、若干市兵衛色が薄く、このシリーズの常の物語とは異なるために、先に述べたような、市兵衛の物語としての話の弱さという印象を持ち、余計なことまでも考えたのでしょう。

原田 マハ 楽園のカンヴァス


作者の筆力をも見せつけられると同時に、作者の持つ感性の細やかさを思い知らされた、読み応えのある長編ミステリー(?)でした。

大原美術館の監視員をしていた早川織絵は、ある日突然に館長室に呼び出され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵の、アンリ・ルソー作「夢」を借り出す交渉をするように言われる。MoMAのチーフキュレーターであるティム・ブラウンが交渉の窓口に織絵を指名してきたらしい。織絵は十六年前のティムとの邂逅を思い出していた。それは、伝説的なコレクター、コンラート・バトラーからの、ルソーの作品の調査依頼に応じてチューリッヒに赴いた時のことだった。

前回読んだこの作者の作品は、同じく美術館のキュレーターを中心に据えた『暗幕のゲルニカ』という直木賞の候補作にもなった2016年発表の作品でした。本書はそれ以前の2012年に発表されていて、同じく絵画をテーマにしていますが、今回はアンリ・ルソーです。

彼の作品は、私が読んだ文庫版の表紙の装丁にも使われているので、すぐにわかると思います。私にとってのアンリ・ルソーは、中学時代(?)の担当の美術教師が半分笑いながら、「面白い」作家だという意味のことを言っていたのが唯一の想い出でしょう。

本書は2000年の今から、1983年の織絵とティムの物語へと時代は移り、そして二人はチューリッヒにおいて、20世紀初頭に生きたルソーについて書かれた文章を読み、コンラート・バトラーの所有するある絵についての真贋をを見分けることになるのです。

本書の魅力は第一義に絵画についての作者の表現力です。作者の表現は、「絵」という、二次元に多彩な色と構図で表現されている絵画を言語で表すことの難しさを軽々と越えられているように思えます。

絵画についての表現力は、対象となる画家について緻密に調査したうえで書かれたであろう事実についての描写についても生かされています。本書で言うと、織絵とティムが読んでいるルソーやピカソのその当時の描写や、本書中にちりばめられている数多くの絵画についての説明もそうでしょう。しかし、巻末に示されている資料の数は作者の努力の跡を示していると思われます。

この感性と表現力を持っている人だからこそ、『カフーを待ちわびて』のような美しさを持った恋愛小説も書くことができるのでしょう。

この点、二次元の絵画についての表現力と、物語の時代背景などの描写力とは一致するものなのか、疑問はあります。絵画という芸術に対する感性という異質なものが必要な気がしますが、よく分かりません。

本書のもう一つの魅力は、ミステリーとしての面白さです。特に本書は最後の最後に二重三重に仕掛けられていた仕掛けが次々と明かされますが、その意外性に驚かされました。

日曜画家として「税管理ルソー」との蔑称にも似た響きを持つ呼ばれ方をすることもあった、アンリ・ルソーの「夢」という一枚の絵から、これだけの物語を紡ぎだす原田マハという作家の魅力をもっともっと知りたくなりました。

逢坂 剛 砕かれた鍵 (百舌シリーズ)


百舌の叫ぶ夜』から数えての『百舌シリーズ』の第三作目です。

警察官が関連する事件が続発した。麻薬密売を内偵中の特捜隊の警部補とその同僚の巡査部長が射殺され、麻薬吸引者の元警察官に婦人警官が刺殺された。何か巨大な陰謀が警察内部で進んでいると踏んだ警察庁特別監察官の倉木尚武は、復讐に燃える美希、探偵となった大杉らと共に、執念の捜査を開始する。そして“ペガサス”という名の謎の人物にゆき当たるが…。シリーズ第3弾。 (「BOOK」データベースより)

第二作目『幻の翼』でも思っていたのだけれど、本書に至ってテレビ版の「MOZU」と小説版とは全く異なる物語だということが明確になりました。珍しいことに、そのどちらもが面白い、というのが不思議です。

本書での倉木は明星美希と結婚をし、子供まで出来ています。しかしこの子供が先天性の難病にかかっており、物語は美希が子供の治療費、入院費の捻出に苦労している様子から始まるのですが、この子供が美希の母ともども爆弾の犠牲になってしまいます。

この物語のストーリーは複雑です。複数の話が同時に語られ、後に相互に関連してくることは分かっていても、登場人物が錯綜し、若干混乱してしまいそうになりかけました。

一つには、倉木と美希との息子に起きた事情により、美希が復讐に燃え犯人を探す流れ、もう一つは監察官である倉木の警察内部の不祥事の捜査、更には相次いで出版されている警察内部告発本出版社の、警視庁内部に通じるルートの解明に力を貸す大杉の調査、加えて更なる警察の不祥事事件と、幾本もの筋が流れているのです。

ただ、この作家の筆の力強さはそうした読者の戸惑いをも強引に引っ張っていきます。そうして、明確な物語の筋を見失いそうになりながらも読み進めていくと、幾本かの探索の流れが一つの流れに収斂していくのです。

途中、中核になる登場人物の生死不明の状態がありながらもクライマックスヘ向かってなだれ込み、そして予想外の結末を迎えます。このシリーズはこの先どう展開するんだと、人ごとながら心配にもなる展開になる驚きと共に、早くその先を読みたいという気にもなる結末でした。

米澤 穂信 氷菓


直木賞候補になった、フリージャーナリストの太刀洗万智を主人公にした小説『真実の10メートル手前』を書いた米澤穂信のデビュー作で、連作短編形式の長編ミステリー小説です。

神山高校の折木奉太郎は、姉の勧めで部員ゼロの古典部に入部する。しかし、そこには一身上の都合という理由で先に入部していた千反田えるがおり、成り行きから奉太郎の親友の福部里志や、長年の付き合いの伊原摩耶花も入部することになる。千反田の好奇心に引きずられ、日常の細かな謎を解明していた奉太郎だったが、失踪した千反田の伯父に絡む謎の解明を頼まれることになった。ところが、それは、古典部の『氷菓』という題名の文集に隠された秘密につながる事実が明らかになっていくのだった。

本書は第五回角川学園小説大賞奨励賞を受賞した小説だそうで、ネットでも面白い青春ミステリ小説だと紹介してあった作品です。確かに、舞台は高校であり、主人公も仲間もその高校の一年生で青春小説であることに間違いはありません。

しかしながら、冒頭から硬質な文章で綴られており、よくある青春小説とは趣が違うのです。例えば、殆ど冒頭に描いてある場面での一文の「俺は鼻を鳴らすことで肯定を示した。」などという文章を見ても分かるように、普通は使わないだろう言い回しを多用しています。

文章自体もさることながら、最初に示される、千反田が閉じめられていた謎など、なんとなくご都合主義的なわざとらしさが付きまとっているのです。そうした印象から、本書の序盤は作られた物語との印象が強く、何となく違和感を感じながら読み進めていました。

ところが、中盤あたりからどうも異なる印象を持ち始めました。本書のわざとらしさの印象は作者の意図だと思えてきて、大時代的言い回しも計算であり、そう考えれば登場人物の名前もそうした計算の上だと思えてきました。

本書の眼目である古典部の三十三年前の秘密もそうした舞台設定の中で生きていると思え、本書が少なくない場所で面白いと推薦されていることにも納得がいきました。

読後に著者本人による「あとがき」を読むと、「六割くらいは純然たる創作で」あり、そして「どうにもご都合主義っぽい部分が史実だ」と書いてありました。つまり、作者自ら「ご都合主義」ということを書いているわけで、私が感じた違和感も作者の思惑の中だったようです。

また、本書には続編が書かれており、それどころかシリーズ化されてベストセラーになり、またアニメ化され、更には実写映画化もされていると言います。近いうちに続編も読んでみようと思います。

逢坂 剛 幻の翼 (百舌シリーズ)


『百舌の叫ぶ夜』を実質上の第一作とする『百舌シリーズ』の第二作目です。シリーズ第一作目との位置づけである『裏切りの日日』は、主人公が公安刑事で津城警視が登場するという点が共通するだけなので、別シリーズと考えたがいいでしょう。

稜徳会事件から一年三カ月が経ち、倉木は警視となり、明星美希は公安部の外事課へと配置替えになっていたが、何故か捜査一課の大杉良太警部補は、警部補のまま新宿大久保署の防犯課保安一係長へと配転されていた。倉木は稜徳会事件の真相を自身の口述で明星にタイプさせ、大杉に頼んでマスコミに流そうとするが上手くいかない。そんな中、北朝鮮の工作船でシンガイという名の男が日本に潜入したとの情報が入る。そして、倉木は稜徳会の関係者という男に措置入院の名目で拉致されてしまうのだった。

驚いたことに、前作『百舌の叫ぶ夜』を読んでから既に一年半以上もの間が空いてしまっていました。もう内容もうろ覚えなのですが、本作を読んでいるうちに次第に思い出していました。

今回は倉木というよりは大杉の活躍が目立ちます。というよりも倉木はほとんど活躍せず、そのために明星が調べ、大杉が行動するという役割分担でしょうか。勿論、きちんと割り振られているわけではなく、それぞれの動きを大きく分ければ、という話ですが。

そして、倉木と明星との接近が急激です。更にはベッドシーンまで用意されていたのにはおどろきました。とは言っても通常のそれではありません。

前作でもそうだったのですが、本書では更にテレビドラマとの差異が明確になっています。まるで別作品と言ってもよさそうに異なります。本シリーズはそれぞれの巻がそれなりに独立した話としても読めそうな構造ですが、テレビドラマ版はそうではなく、全編が一つの物語でした。

また、倉木と明星との関係もテレビドラマ版では異なっていました。一番違うのは敵役です。本書で言うと稜徳会及びその背景にいる森原法務大臣が敵役ということになるのでしょう。また、稜徳会病院の看護士が具体的な暴力装置として配置されています。彼らと倉木や大杉、明星との戦いという構図です。

でも何といっても、クライマックスで示される謎ときが圧巻です。誰をも信じることができない騙し合いの連続です。この場面で美希が感じた「すべての人間がすべての人間を騙そうとしている。ここにいる人間の大半が嘘つきだった。」という思いが全てを表しているようです。

読み終えた途端に続きを読みたくなりました。倉木は、明星は、そして大杉や津城はどうなるのか、早く知りたい気持ちでいっぱいです。

辻堂 魁 夕影 風の市兵衛

風の市兵衛シリーズ第十三弾です。

市兵衛の兄を通してのとある旗本の依頼を受け、市兵衛は、下総葛飾にある寺で普化僧となっている依頼者の息子の消息をたずねて行くことになった。ついでに、返弥陀ノ助からは、道中にある葛西の吉三郎親分のもとにいるだろう、かつての敵「青」の様子をも見てきて欲しいという頼みを受けるのだった。

今回の物語は、痛快物語の王道も王道、ど真ん中をいく物語でした。

片方は昔ながらの任侠道を行く一家であり、もう片方は役人とつるんで横車を押してくる一家。そうしたやくざ者の間で起きている縄張り争いに巻き込まれた主人公が、土地の者にも慕われている一家の手助けをする物語です。

その任侠道に沿った生き方をしている一家の中心が美人で名高い三姉妹だというのですから、高倉健の任侠映画そのもののようでもあり、それ以前の次郎長などの博徒の物語のようでもあります。

勿論、基本がそうだというだけで細かな流れは異なるのですが、あまりにも王道の痛快小説でありましたので、物語中ほどまではシリーズの中では少し毛色の異なった、任侠ものの流れに入るのか、くらいに思っていました。

しかし、後半に入るとさすがは辻堂魁という作者の物語です。王道の痛快小説ではありながらも、シリーズ第一巻から登場している「青」という娘を絡ませ、物語にふくらみを持たせてあります。この「青」のこれからの行く末もまた、このシリーズに奥行きを持たせてくれそうな、期待のできる成り行きです。

そして、本来の仕事である普化僧となっている依頼者の息子の捜索とも絡み、物語はクライマックスヘとなだれ込んでいきます。若干、話のまとまりがない気がしないでもないのですが、シリーズに惚れた弱みでしょうか、それほど気にもならず、早速次を読みたいと思っている私でした。

辻堂 魁 科野秘帖 風の市兵衛


風の市兵衛シリーズ第十二弾です。

市兵衛は、飲み仲間でもある柳井宗秀を討つための助っ人を探している女郎がいる、という話を矢籐太から聞かされる。その柳井宗秀は、かつて故郷の信濃下伊那で、共に藩政改革を語り合った黒井の依頼で保利家江戸屋敷を訪ね、黒井の受けた刀傷の手当てをしていた。

今回の市兵衛は、市兵衛とは大阪以来の付き合いである柳井宗秀の過去に踏み込むことになります。

市井の人の役に立ちたい、学んだ医術を多くの人々のために役立てたいと言う柳井宗秀ですが、かつて故郷の下伊奈の典医として保利家に仕えていた過去を持っていました。それが柳井宗秀の実家も絡んだ騒動に巻き込まれ、養子先の菅沼家からも離縁されることになったのです。

その後江戸に出て、市井の人たちのための町医者として皆から慕われていたところに市兵衛と再会したのでした。そうした宗秀の目の前に、宗秀を敵と狙う姉弟と共に宗秀の過去が再び現れたのです。

登場人物の過去を絡めて物語に仕上げるというのは特別なことでも何でもないのですが、この作家の手にかかると丁寧でありながらも冗長にならない描写で、本編である市兵衛の物語とはまた別のサブストーリーが出来上がっています。

これはこれでまた一遍の物語になりそうなのですが、そうしたリアリティーを持ったサブストーリーを絡めることで本編が更に奥行きを持った物語として仕上がっていきます。

物語によって出来不出来はあるものの、それでもなおシリーズとしての魅力は更に深まっていくこの物語です。続編がもう手元にありますので、早速読みたいと思います。

石田 衣良 キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇


今をときめく宮藤官九郎の脚本で、TOKIOの長瀬智也を主人公としてテレビドラマ化されて人気を得た「池袋ウエストゲートパーク(IWGP)」シリーズの番外編です。池袋のキングこと安藤崇(通称タカシ)の誕生秘話が、いつもの通り主人公である真島誠(通称マコト)の語りで記されます。

高校生であるマコトとタカシは、ハシヅメという男がリーダーの「オレオレ詐欺」の一員に誘われるが一日だけ通って辞めてしまう。そのことがタカシの兄貴で池袋のボスと言われているタケルの怪我の原因となり、その結果、池袋を狙っていた埼玉のギャングたちに付け入る隙を与えることになってしまう。

このシリーズは、どの作品もその時代の社会問題をタイムリーに拾い出し、上手く物語の中に組み込んで物語として仕上げてあるのですが、本書の場合、いつものパターンとは外れ、本編で強烈な印象を残しているGボーイズのキングであるタカシがいかにしてキングになったのかが描かれています。と同時に、マコトとタカシの青春記にもなっているのです。

生徒の三分の一が学校をドロップアウトするという不良の名門校である都立豊島工業高校に通う十七歳。ただ、ボクシング部は強くて、インターハイ準優勝を誇っています。タカシの兄貴はそのボクシング部の主将であり、ライト級で高校総体二位という実力を誇っていて、数十もあった池袋のチーマーどもを一つにまとめようとしていたのです。

そういう兄貴を横目に、群れを為すのが嫌いなタカシはマコトとつるんで日々を送っていたのですが、ある日高校の同級生に誘われてオレオレ詐欺のグループに興味本位で近づいてしまいます。そのグループをまとめていたのがハシヅメと名乗る男であり、一日だけ顔を出し辞めてしまった二人の落とし前を兄貴のタケルに取らせようとし、そのためにタケルは足首に怪我をしてしまいます。その後、埼玉のチーマーのグループが新宿を制覇し、池袋にやってこようとし、タケルと衝突をするのです。

コミックで言うと、クローズのような不良ものと言えます。いや、より近いのは渋谷のチーマーたちの争いを描いた山本隆一郎の『サムライソルジャー』に近いかもしれません。もっとも、シリーズの本編はチーマーの物語ではなく、タカシを主人公とした社会性を持ったプチハードボイルド仕様と言える物語なのですが、本書は、池袋のキングの物語ですので、より漫画チックと言えます。

ですから、本書に登場するチーマーたちの行いについての社会の制裁は無きにひとしく、マコトやタカシの親らを除いて大人たちはほとんど登場しません。単純に本編の物語から社会性を抜き去り、それでいて若干の感傷と郷愁すら感じさせる青春記として仕上げられた作品です。

本編も読みやすく、かなりの面白さを持ったシリーズですが、番外編としての本作品も単純に楽しめる作品として仕上がっていると感じました。やはりこの作家は職人的な上手さがあります。作品によって物語としての面白さ、小説としての深さを慈愛にしている印象があります。そして、本作品は軽く、少しの感傷とで成り立っている物語でした。

奥田 英朗 イン・ザ・プール


何とも形容のしようのない一冊で、ある精神科医を軸に、様々な神経症の患者を主人公にした短編集です。

全部で五編の物語からなります。 「イン・ザ・プール」は大森和雄という出版社勤務のサラリーマンが主人公で、プール依存症。 「勃ちっぱなし」も田口哲也というサラリーマンをメインに、なんと陰茎強直症。 「コンパニオン」は安川広美という自意識過剰なイベントコンパニオンが主人公で、妄想癖。 「フレンズ」は津田雄太という高校2年生が主人公で、携帯電話依存症。 「いてもたっても」は、岩村義雄というルポライターが主人公で、強迫神経症。

以上のように、それぞれに強度の神経症を病んだ人物が、ある神経科医を訪れ、その医者に振り回されつつも、何故か問題の神経症は治癒していく物語です。この神経科医が問題で、この医者の方が精神的に病んでいるのではないかと思うほどの人物です。

そしてもう一人、この医者のもとにはマユミちゃんという名の妙に色気のある美人看護婦がおり、この看護婦(いまなら看護師でしょうか)についての説明は全くありません。

「伊良部総合病院」の地下一階にある神経科では、いつも「いらっしゃーい。」という甲高い声で患者を迎える伊良部医師とこの看護婦とが患者を迎え、そして決まって注射をするのです。

そもそもこの作品はどのように読めばいいのか、そういうことすら考えさせられてしまう、今までには無い「妙な」という印象が一番合う、そんな作品でした。深読みしようと思えばどこまでも深読みできます。

一番目の物語の「イン・ザ・プール」は、そもそも患者が不定愁訴というストレス性の体調不良からこの神経科を訪れたのです。その上でストレス解消にと泳ぎ始めたところ、そのあまりの心地よさに水泳という行為から抜けることが出来なくなるどころか、次第にエスカレートしていくというお話です。現代のストレス社会における心の持ちようを面白おかしく描き出している、とも読めます。

深読みと言えば、四作目の「フレンズ」などは現代の携帯電話全盛の時代に一番フィットする物語です。人とのつながりをメールを介した言葉でしか確認できない高校生の日常を、面白おかしく、それでいて哀しみすら漂わせ描き出しています。

他の短編にしても、中心となる人物が社会の中で神経を病んでいく、若しくは病んでいる物語です。当然社会との関連の中で評価することになりますし、そもそも社会の中での病める人間を描いているのですから問題は社会との絡みになっていくでしょう。

しかし、個人的にはそういう理屈ではなく、単に変な医師の変な行動に振り回される人間の面白さを楽しめばいいのではないかと思っています。そして、その裏に隠されているであろう社会との関わり方を、何となくでも感じ取っていければ十分なのではないでしょうか。

二上 剛 黒薔薇


新人作家の作品とは思えない、第2回本格ミステリーベテラン新人発掘プロジェクト受賞作である長編警察小説です。

大阪府警の新米刑事・神木恭子は、担当した殺人事件を、別件で関わった老人の供述から解決へと導く。しかし時を同じくして、老人の自宅の床下から嬰児を含む死体七体が発見された。二つの事件の背後には、府警上層部が内に宿す闇が広がっていた―。体面重視の違法捜査、キャリアとノンキャリアの暗闘―知られざる警察の真実に、淀んだ街に狂い咲いた情愛が絡まりつく。現場を知り尽くした元本職の刑事だから書きえた、究極の警察小説!第2回本格ミステリーベテラン新人発掘プロジェクト受賞作。 (「BOOK」データベースより)

とても、この作品が新人の作家の手によるものとは思えないほどの出来栄えの作品でした。それも、作者が元大阪府警の暴力犯担当の刑事だったというその経歴には驚かされました。

主人公は長田署・刑事課強行犯係の神木恭子という新米刑事です。何故か上司の強行犯係の矢野係長に気に入られ、刑事課へと引っ張られ、神木に向かって「人手は足りんが、化粧くさい奴はいらんのや」と言い切る、無愛想な折原刑事と組まされています。

全体的にとても暗い物語です。そして、欠点と言っていいものか、物語が平板です。登場人物にしても、神木の相棒である先輩刑事の折原圭作という女性蔑視を隠そうともしない男、などのよくありそうな設定の人物として登場するのですが、いつの間にか、神木の庇護者的な立場になっているかと思うと、終盤は全くその存在感が無くなってきます。

代わりに、神木恭子というキャラクターがどんどん変化していくのですから、それはそれで作者の意図なのかもしれませんが、そうであるのならば折原という刑事の描き方をもう少し明確にして欲しい気はしました。

結局ネタバレになるのであまり書けませんが、この物語は警察小説ではあっても、、特定の人物間での人間模様を濃密に描いた作品となっています。その特定の人物のキャラクターが強烈ですが、途中で尻切れになります。個人として強靭かと思えば、他の人物に頼りきりになり、頼られた人物も途中で腰砕けになり、どうも中途半端です。

この物語がリアリティーを持っているかと言えば、物語の全体的な構造としてはあまり無いとしか言えないと思います。しかしながら、個別の場面の描写などはさすがに現場にいた人の文章で、臨場感があるのです。

以上のように、小説として完成度が高い作品とは決して言えないにもかかわらず、物語としての面白さは持っている作品ですから。この作者が経験を積み、更によく練り上げられた作品を書かれるようになったときは凄いものを書かれるのではないでしょうか。

まだ本書以外には一冊しか書かれてはおられないようですが、しばらく追いかけてみようかと思っています。

中山 七里 さよならドビュッシー


16歳の遙は、祖父と従姉妹のルシアと共に火事に遭う。遙は一人生き残り、全身の皮膚を移植しなければならない大やけどを負うが、ピアニストを目指し必死に訓練に励む。しかし、身の回りで不審な事件が起き、ついには遥の母が殺されてしまうのだった。

ある少女が祖父と従姉妹と共に火事に遭いながら一人生き残り、以前からの夢だったピアニストになるため、必死に努力しコンクールに出る物語。簡単に言えばそういう物語なのだけれど、後になればこの文章はそういう意味だったのかと、隠された意図が丁寧に描写されています。伏線の張り方が実に巧妙でした。

本書の一番の特徴は、全編が音楽で満たされた作品であることでしょう。音楽をモチーフにした作品はこれまでにも何作か読んできたのですが、本作は、音楽という芸術に対する在りかたそのものについて改めて考えさせられた作品でもありました。

例えば、ピアノの演奏者の作曲者の意図の解釈についての考察です。ショパンコンクールなどの各種コンクールについてのテレビ番組などで、「演奏者の解釈」という言葉を耳にすることが少なからずありました。しかし、「演奏者の解釈」という言葉の意味そのものがよく分からなかったのです。でも、主人公のピアノの個人教師であり、本書の探偵役でもある岬洋介という人物の言葉は、妙に納得させられるものでした。個々らな実際読んだ各人が確かめてもらいたいものです。

勿論、音楽そのものについての作者の言葉での描写力の凄さを思います。音を言葉で表現することの難しさを軽く超えている、そういう印象を持たせる描写が続くのです。

また、身体障害者目線での物語、という点での驚きもあります。私個人も身体障害者手帳を持つ身ではあるものの、薬さえあれば殆ど普通人と同様の生活をおくれているので、重度の障害者の方たちと同じだなどとは思わないのですが、それでも飛んだり跳ねたりができない身であることは、なにかと負い目を感じてしまいます。

本書はそうしたハンディある身で困難に立ち向かう、ある意味スポーツ小説にも似た側面もあるのです。全身皮膚移植、という想像もできない身体で、繊細なタッチが要求されるピアノの演奏に立ち向かう主人公の内面の描写が、想像とは言え緻密に描写したあります。驚きとしか言えません。

ただ、ミステリーとしては、どうなのかという思いだけは残りました。それもありかという思いはありますが、中にはこれはいけないという人もいるのではないか、と言う危惧をも持ち得る結末なのです。でも、物語としての面白さを損なうものではないと、個人的には感じているのです。

あらためて本書を冒頭からざっと眺めますと、当たり前のことながら一行の言葉に丁寧に気をつけながら、後々に伏線となる文章をさりげなく入れてあったりします。でもそれは気のきいたミステリーはすべてにおいてそうであるため、本書だけが特別だとは言えません。しかし、伏線の張り方の巧拙はあると思われ、本書はその貼り方が巧みだとは思うのです。

吉川 英梨 スワン 女性秘匿捜査官・原麻希


女性秘匿捜査官・原麻希シリーズの第二巻目です。

背望会テロ事件から一年。警視庁鑑識課・原麻希のもとに、公安部の広田達也から「背望会リクルーターの指紋が見つかった」という連絡が入る。捜査のため奈良県に向かったふたりだったが、そこで知事選候補者が誘拐され、身代金の運び人に麻希が指名されたという一報が。脅迫状の送り主、「スワン」の正体とは―!?大阪府警vs.警視庁の熾烈な捜査バトルが展開される、人気長編警察小説シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

前作『アゲハ』から一年が経った物語です。このシリーズの構成要素を俯瞰してみると、背望会の本当の黒幕であるリクルーターの存在を、シリーズ通しての敵役及び謎として設定してあるようです。本書のあとの作品の内容を見てもリクルーターが出てきているようなので、まず間違いは無いのでしょう。

もう一点の要素として挙げられるのが、主人公原麻希の夫と家庭の問題です。前作で悲惨な事件に巻き込まれた原麻希の娘菜月と夫の連れ子である健太、そして前作の事件のときには家にいなかった夫である原則夫との夫婦としてのあり方です。

今回、原麻希は、裏カジノで見つかったリクルーターの指紋に導かれる形で、かつての許婚の公安刑事である広田達也と共にリクルーターの影を追いかけて奈良県へと出張することになります。

ただ、リクルーターの指紋が見つかったというそのことがよく分かりません。なぜ、そのコップに残された指紋がリクルーターのものと断定できたのか説明がないのです。「上海マフィアと商談中だったリクルーター」という言葉しか見当たりません。私の見落としでしょうか。

奈良県で結果的にコンビを組むことになった奈良県警マル暴の吾川刑事と、奈良県警本部の応援要請を受けやってきた大阪府警刑事部捜査一課の嵯峨美玲警部補とが目玉ということになるのでしょうか。かれらが、リクルーターを追って奈良県南部の海天村へやってくると、そこには南条リリスという女優らがいて、新たな事件が起きる、という流れです。

その後、リクルーターによる新たな誘拐事件が起き、身代金の運び役に原麻紀が指名されたり、海天村での南条りリスを巡る事件に振りまわされたりするのですが、前作のジェットコースター感とは異なります。前作ほどの緊張感が無いのです。

ただ、本作のラストになって、我が家に戻った麻紀にリクルーターの絡んだ新たな脅威が明らかになります。ここらの話のつなぎ方は続編を読まなければならないという気にさせられました。作者の思い通りになる読者、それが私ということでした。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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