FC2ブログ

須賀 しのぶ また、桜の国で


大量の資料を詳しく読みこんで、ポーランドというあまりなじみのない国の歴史を紹介しつつ、一人の外務書記生を中心に、感動的な物語として仕上げられた物語で、2016年の直木賞候補に挙げられています。全編を通して流れているのはショパンのピアノ練習曲、作品10、第12番ハ短調『革命のエチュード』です。

ショパンの名曲『革命のエチュード』が、日本とポーランドを繋ぐ!それは、遠き国の友との約束。第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツに蹂躙される欧州で、“真実”を見た日本人外務書記生はいかなる“道”を選ぶのか? (「BOOK」データベースより)

主人公は棚倉慎という外務書記生です。ちなみに、「外務書記生」という外交官の職名は現在では存在しない職名です。(ウィキペディア : 参照 )

本文中に「ポーランドは二度、地図上から完全に消滅している。」と、この国の紹介があります。十八世紀にロシア他の三国から分割を受け、その後ナポレオンによりワルシャワ公国がつくられたものの、彼の死後ロシアとプロイセンとで再び分割されます。それが1918年にポーランド第二共和国として復活し、本書冒頭の時代、1938年に至っています。しかし、翌1939年の9月にはドイツやソ連に侵攻され、ポーランド第二共和国は崩壊します。本書はそんな時代背景の物語です。

この物語の内容をきちんと理解しようとするとかなりの時間が必要だと思われます。それは、ポーランドというあまり知らない国の歴史を理解するのと同時に、ユダヤの民の迫害についても知らなければならないからです。その過程では、ロシアやナチスドイツの残虐な行いを見つめなおす必要があるでしょうし、彼ら弾圧を受けてきた民族に日本がどのように関わってきたかまで知ることになるのです。

本書はそうした事情を物語の背景として、また物語の主題として織り込んでいます。ときには目をそむけたくなるような事柄もありますが、それは歴史的な事実としてあるのです。

本書の主人公は棚倉慎という外務書記生ですが、他に本書冒頭の列車の中で知り合うヤン・フリードマンというカメラマンや、レイモンド・パーカーというアメリカ人記者がいます。この二人を合わせた三人でこの物語を動かしていくのですが、お互いの立場の違いにより、時代の流れに押し流されていく方向が異なってきます。

他にも、日本大使館事務員のマジェナ・レヴァンドフスカというポーランド女性やハンナ・シュロフシュテインというワルシャワに住むユダヤ人女性が物語に花を添えると同時に、ポーランド人やユダヤ人の悲惨さを体現する立場にもなっています。

正義感にあふれる主人公の設定や、行動のあり方については、やはりフィクションだから、という読み方もありだと思います。そうするとこの物語も、描いてある事柄は悲惨ではあるけれども、異種の冒険小説的側面が強調されることになるのでしょうか。

しかし、フィクションという、現実の出来事を越えたところにある作者の意思は、強く読み手の心に迫ります。フィクションではあるけれど、物語の根底には歴史的な事実があり、大国の思惑で振り回されたポーランドという国の物語があります。加えて、自らの国を持たないユダヤの人々に加えられる、ナチスに限らない差別は、私たちの生きている今の世にも通じる普遍的な価値のありようを私たちにつきつけるのです。

日本という国から遠く離れた見知らぬ国を舞台にしたこの物語は、膨大な資料を読みこみ、作者の溢れんばかりの情熱が注がれた小説です。ですが、悲惨な側面が強調されたり、冒険的側面が取り上げられたりと、読み方によって違う貌を見せる小説でもあるでしょう。

私にとっては、冒険小説的構成の中で、ポーランドという国に魅せられた一人の作家の、ポーランドと日本との関わりを知らしめるために書かれた作品でした。複雑な世界情勢の中での一青年の情熱ばかりが先走っているという印象も正直ありましたが、それ以上に膨大な資料から物語を構築する作者の努力こそが垣間見える力作だと感じました。

逢坂 剛 兇弾 禿鷹5


禿鷹シリーズの第五弾です。

悪徳刑事、禿鷹は死んだはずだった。だが、彼が同僚・御子柴に託した神宮署裏帳簿のコピーは、警察庁に致命的打撃を与えるものだった。悪事を表沙汰にする特別監察官・松国らの動きに、凶悪な女警部・岩動は街のマフィアも繰りながら、帳簿回収に動く。暗闘に次ぐ暗闘。息つく暇もない禿鷹シリーズの最新章。(「BOOK」データベースより)

本書は、前作で意外な終わり方をしたためどのようになるのかと思っていたところ、神宮警察署のハゲタカこと禿富鷹秋刑事の残した神宮署裏帳簿のコピーを巡る暗躍という物語でした。

このシリーズは、当初はマスダと称される南米マフィアと渋六興業というヤクザとの抗争に神宮署生活安全特捜班の禿富鷹秋刑事、通称ハゲタカが絡んだ物語として始まったのですが、禿富刑事の思惑通りにマスダは撤退し、渋六興業もメインの筋からは退いて、野田と水間個人のみが物語に関連しているだけになりました。結局、メインは神宮署を中心とした物語に集約されてしまったわけです。

そして、本書。禿富刑事の残した帳簿のコピーをめぐり、警察そのものの組織としての話へと変化しています。登場人物も、前作で現れた禿富刑事と同じ神宮署の生活安全特捜班に所属する女警部岩動寿満子を中心に、やはり前作から登場の同じ特捜班の嵯峨俊太郎、そして御子柴繁や警察庁幹部の松国や朝妻らがコピーをめぐり腹の探り合い、強奪、そして殺人とめまぐるしく展開します。

忘れてはならないのが、禿富鷹秋刑事の妻禿富司津子の存在です。前作の最後で少しだけ顔を見せたかと思うと、今回はかなりの比重を持って描かれています。逆に存在感があり過ぎるともいえるかもしれません。

ただ、やはり禿富鷹秋刑事のいないこのシリーズは、どこか芯が無く、半端な印象は否めませんでした。それだけ禿富刑事の存在感は強烈だったということなのでしょう。彼の穴を埋めるだけのキャラはそうは出てこないということでした。

竹本 健司 涙香迷宮


前提知識なしに読んでみたら、若干のゲーム性を帯びてはいるものの本格派の推理小説でした。

明治の傑物・黒岩涙香が残した最高難度の暗号に挑むのはIQ208の天才囲碁棋士・牧場智久!いろは四十八文字を一度ずつ、すべて使って作る日本語の技巧と遊戯性を極めた「いろは歌」四十八首が挑戦状。 (「BOOK」データベースより)

冒頭から探偵役の牧場智久やその恋人である武藤類子について何らの説明もなかったので驚いたのですが、ミステリーの世界では既に高名な作者であり、牧場智久を探偵役とする作品も多数出版されていて、私が無知なだけでした。

このブログでも何度か書いたように、私は本格ものが苦手です。トリックやロジックが重視されていて人間ドラマが無いと言ってもいい本格ものは頭が痛くなるばかりです。本書もやはり同様で、何度か途中で止めようかと思ったほどでした。

タイトルにもなっている「涙香」とは黒岩涙香のことであり、本名を黒岩周六という実在の人物です。翻訳家、作家、記者として活動し、「よろず重宝」の意味をかけた『萬朝報(よろずちょうほう)』を創刊した人物として知られています。スキャンダル報道で人気を得て部数を伸ばし、その後幸徳秋水、内村鑑三、堺利彦らといったインテリに参画を求めていったとも言います。

「翻案」家として人気があり、「原書を読んで筋を理解したうえで一から文章を創作していた」そうです。ヴェルヌの『月世界旅行』やデュマの『巌窟王』、そして『鉄火面』の翻案者でもあるということには驚きました。他にもこの本もという作品が多数あります。また「五目並べ」を「連珠」と命名し競技として発展させ、競技かるたのルールを全国で統一した人でもあります(以上ウィキペディア : 参照)。

この人物がこれまた遊戯に関して万能な人らしく、ビリヤードもトップクラスの腕前であり、都々逸もしかりというのですから驚きです。

この黒岩涙香という人物の多才さに目をつけ、この人物がいろは四十八文字を一度ずつ、すべて使って作る「いろは歌」に挑戦し、暗号を残したという設定で書かれている本書ですが、本書に紹介されている「いろは歌」だけでも数十首を越えます。結局、これは作者が自ら考案したものであり、その才こそ驚異です。

実際は読んでもらうしかないとしても、この「いろは歌」に関する仕掛けだけでもすごいのですが、他にも連珠に関した考案など、この道が好きな人にはたまらないだろう、という一冊となっています。

ただ、ミステリーとしては首をひねらざるを得ません。黒岩涙香という人物が残した隠れ家という本格ものにつきものの外界から断絶された状況設定はまあ百歩譲るとしても、冒頭に謎として提示されている殺人事件や、隠れ家で起きた殺人未遂事件は、黒岩涙香の隠れ家にまつわる謎のつけ足しとしか感じられないものでした。

他のレビューを読んでも、ミステリとしての評価はあまり高くないようです。

しかし、繰り返しますが、黒岩涙香に関して書かれている事柄は驚異としか言えず、「いろは歌」に関しては何も言えません。ネット上には自作の「いろは歌」が無数に転がっているとも聞きますが、それはともかく、この作家の「言葉」に限らない、いろいろな遊戯感覚の遊び心は一度はまると抜けられないでしょうね。

米澤 穂信 満願


全編が、ホラーと言うにはためらいがありますが、それでも、ほのかに恐怖感が透けて見える短編作品集です。


「夜警」
どことなく心休まらない印象の新人警官が配属された。彼はその心配の通りにけん銃を発砲し、襲ってきた相手を射殺しながらも、自らも殺されてしまう。しかし、彼は死の間際に、「こんなはずじゃなかった。上手くいったのに」と繰り返していた。
「死人宿」
やっと探し当てた佐和子は山奥の温泉宿にいた。しかし、そこは毎年一人か二人の死者が出る、『死人宿』と呼ばれる宿だった。そして、自分が止まっているその晩にも・・・。
「柘榴」
自他共に認める認める美しさを持ったさおりは、父の反対にもかかわらず佐原成海と結婚して娘を産み、夕子と月子という母親の美しさを引き継いだ二人の娘を産んだ。父親の言うとおり成海は生活能力が無く、さおりとは別れることになったが、成海は二人の子供の親権は譲らないというのだった。
「万灯」
井桁商事の伊丹は、バングラデシュの北東部の低地帯での天然ガスの開発を手掛けていた。問題は、その地方の拠点として最適なボイシャク村のアラムという男が開発に反対していることだった。そのボイシャク村からの呼び出しで赴くと森下という日本人がいた。
「関守」
都市伝説系の記事を書くために、先輩から教えられた「死を呼ぶ峠」の噂がある伊豆半島の桂谷峠に来た。しかし、小さな婆さんが一人いるだけの古びたドライブインが一軒あるだけであり、その婆さんから話を聞くしかないのだった。
「満願」
自分が弁護士になる前に下宿をしていた鵜川家の嫁の鵜川妙子が今日出所してきた。彼女は、一審で殺人の罪裁かれたものの、控訴を取り下げ服役していたものだった。何故、一審では争う姿勢を見せていたのに控訴審を戦わなかったのか、それが分からなかった。

米澤穂信という作家の作品を読んだのは直木賞候補作の『真実の10メートル手前 』、次いで『氷菓』という高校生が主人公の青春ミステリー小説で、その次が、『インシテミル』というゲーム性の強い本格派のミステリーです。そして本書なのですが、本書は人間の内面に深く踏み込んで心の裡を暴き出す、これまでとは全く雰囲気の異なる作品でした。

本書の受賞歴を見ると、第27回山本周五郎賞、第151回直木三十五賞候補、ミステリが読みたい! 2015年版 国内編1位、週刊文春ミステリーベスト10 2014 国内部門1位、このミステリーがすごい! 2015年版 国内編1位、第12回本屋大賞7位などとそうそうたるものです。

にも拘らず、個人的な好みからは若干外れていました。何せ暗い。そして重い。「夜警」や「柘榴」など、思わずうまい、と思ってしまう作品ももちろんあるのですが、特に「万灯」や「満願」などは読んでいる途中からミステリーとしての違和感を感じてなりませんでした。

「万灯」は主人公が犯した殺人が、意外な理由で暴かれてゆくその過程が仕掛けなのでしょうが、どうも納得できません。直木賞選考委員が言うような理由ではなく、個人として、小説の成り行きに違和感を持つのです。

それは「満願」も同様で、私が感じた違和感の正体は、これらの物語で提示したい「謎」が明確でないというところにあるのでしょう。

しかし、本書は個人的な好みからは少し外れていたにしても、『真実の10メートル手前 』のような作品を書かれるこの作者の作品は、良く練られていて読む甲斐があるということは言えると思います。今後も他の作品を読んでいきたいものです。

中山 七里 おやすみラフマニノフ


「このミステリーがすごい!」大賞大賞受賞作の『さよならドビュッシー』に続く、ピアニストの岬洋介を探偵役とする岬洋介シリーズの第二弾です。

学費の支払いもままならない状況に陥っている愛知音大の学生である城戸晶は、学長の柘植彰良との共演と後期学費の免除という特典のある定期演奏会のメンバーに選抜されるべく練習に励み、見事その座を射止める。ところが、時価二億円もするストラディバリウス作のチェロが、密室状態だった保管室から盗み出され、更には柘植彰良の愛用のピアノが破壊されたりと事件が連続して起きるのだった。

前作の『さよならドビュッシー』の時と同様に、本書でも音楽の描写が素晴らしいものがあります。前作はピアノがテーマでしたが、今回の主人公城戸晶の演奏する楽器はバイオリンであり、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番がメインの楽曲として取り上げられています。

本書の中ほどで愛知県を台風が襲い、堤防の決壊の恐れがあるなか避難所に避難している市民の状態が不穏な状況に陥った場面で、その場にいた岬洋介と主人公の城戸晶とが演奏する場面があります。

嵐の中一触即発の住民の中で「戦争とか天災とか、自分の生活や命が風前の灯だって時に人は音楽なんて必要とはしません。」という晶に岬はこう言い切るのです。

「音楽もまた人の心に巣食う怯懦や非情を滅ぼすためにある。確かにたかが指先一本ですべての人に安らぎを与えようなんて傲慢以外の何物でもない。でも、たった一人でも音楽を必要とする人がいるのなら、そして自分に奏でる才能があるのなら奏でるべきだと僕は思う。」

このあとに二人はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を奏でるのですが、思わずネットでこの曲を探し、バックで流してしまいました。

この場面はお定まりの結末を迎えますが、物語の筋そのものはありきたりの流れではあっても、筆の力次第では心地よい感動をもたらす場面になるのだということを教えられました。一歩間違えば単なる感傷と片付けられそうな場面ではあるのですが見事なものです。

インタビュー記事を読むと、作者はクラシックに関しては興味も「なかったですし、僕は何の楽器もできません。」とのことです。全くの素人であり、だからこそ一般の人目線でクラシックを語れるのではないか、と言われています。一般人目線で、それもCDを「数回聴く程度」であの文章を書くのですから、驚きとしか言いようがありません。

前作もそうでしたが、本書はミステリー風味の音楽小説というべき物語であり、少なくとも本書に限っては謎解きもそれほどに感じるものではありませんでした。それよりも、学園内での人間ドラマ、ステレオタイプではありましたが様々な事情を抱えた学生たちのドラマのほうが面白さを感じました。

私個人の好みが謎解きに自体にはあまり関心がないこともあり、ミステリーの側面は物語の味付けの一要素にしかすぎません。本書で言えばやはり私の一番の関心は人間ドラマであり、音楽の描写なのです。

主人公を始めとする学生たちのドラマがあって、そのドラマの中にチェロの盗難や、ピアノの破壊という事件が絡み、誰が、何のためにという謎が物語の流れに厚みを持たせてくれます。そこに、音楽の描写という最大の魅力をもった文章が物語全体をより奥行きまでをも持たせてくれるのです。

吉川 英梨 マリア 女性秘匿捜査官・原麻希


女性秘匿捜査官・原麻希シリーズの第三巻目です。

前作『スワン』での事件により謹慎三ヶ月目の原麻希だが、原田という刑事から、とある事件の女性自殺体が他殺と思われるので確認して欲しいとの相談をうける。翌日、自宅で現場に残されたゲソ痕(足跡)の写真を見た麻希は、事件の日から今日までの都内の中・高校で体育祭か文化祭をやっているところを探せばいいとあたりをつけ、その条件に合致する私立あけぼの女学館高等学校を捜し出す。

あい変らず小気味いい言動の原麻希です。今回は、あるアパートで起きた他殺の疑いのある自殺事件を追うなかで、渋谷の私立高校で起きた事件にリクルーターが関わっている痕跡を見つけだすという大きな流れがあります。

今回は新たな登場人物として、伊達警視正という正体がよく分からない人物が原麻希の上司的立場の人間として登場しています。この人物が今後重要な役割を果たすのではないかと思わるのですが、現段階では何も分かりません。

ともあれ、友人の仁木愛香や、離婚式を挙げる横山から倉本に戻ったばかりの織江、それに麻希の元許嫁で公安二課の広田達也などの仲間と共にリクルーターを追い掛けている麻希です。その頭脳は変わらずに回転がよく、同様に体も動きます。物語もテンポよく進み実に読みやすい小説であるのはこれまでと同様です。

原麻希の娘である菜月との親子の言葉の行き違いと、事件の舞台になる高校の女子高生との対比など、物語の本筋とは異なるところでの、ちょっとした親子の問題などを垣間見せる演出も同様に小気味いいものです。

早めに、続編も読みたいと思わせてくれると同時に、この作者の他のシリーズも読んでみたいと思わせられる、上手い書き手だと思います。

朝井 まかて 洛陽


昨年の秋、NHKのドキュメンタリー番組で明治神宮の特集番組がありました。神宮の杜の成り立ちから丁寧に解説していたのですが、百年の未来を見越した明治神宮の杜の設計には感動すら覚えたものです。

明治天皇崩御直後、東京から巻き起こった神宮造営の巨大なうねり。日本人は何を思い、かくも壮大な事業に挑んだのか?直木賞作家が、明治神宮創建に迫る書下ろし入魂作! (「BOOK」データベースより)

そして今年、朝井まかての未読作品を調べていると「神宮造営」という文字が飛び込んできました。あの朝井まかてが明治神宮造営という一大事業をを書いているというのですからすぐに読んだのです。

結論から言うと、私が思ってたものとは異なる内容の物語でした。NHKのドキュメンタリーを見たこともあって、明治神宮や神宮外苑の成り立ちをダイナミックに描き出している作品だと勝手に思い込んでいたのです。

実際読んでみると本書は、明治という時代についての作者の想いを一人の青年に託して表した作品でした。しかしながら、私の思い込みは外れたものの、作品としてはそれなりの面白さを持った作品でした。

主人公は東都タイムズという編集長以下三人の記者しかいない弱小新聞社の記者の一人である瀬尾亮一という記者です。明治天皇崩御に際し、瀬尾は二重橋前でひれ伏す大衆を見て「天皇とは、誰なのだろう。」という疑念を抱きます。この疑念が本書が私の思惑とは異なる世界へと導かれていくきっかけでした。

明治天皇の御陵は京都の伏見桃山に作られることが決まり、代わりに東京には明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする神社を作ろうという話が起きます。

当初、神宮の荘厳さには針葉樹が必要だが、東京の代々木、青山付近は針葉樹が育つ環境には無く、神宮造営には不向きだという反対論が起きます。しかし、結局、現在の地に神宮を造営するととになり、反対論者ではありましたが、帝国大学農科大学講師の本郷高徳らは「明治を生きた人間として」「己が為すべきことを全うするだけ」だとして造営作業にまい進するのです。

本書は、そうした明治神宮造営事業を記事にしようとする瀬尾亮一や、同僚の記者である伊東響子の姿を追いかけています。そして、伊東の神宮造営に対する熱意とは逆に、瀬尾は明治という時代を生きた明治天皇個人の人間像へとその関心は移っていくのです。

十六歳で即位し、十七歳にして住み慣れた京都を離れ、まだ維新後の整理もできていない東京という町へ移られた若き天皇の心の内は如何ばかりだったのだろうかと思いを致す瀬尾でした。それは、天皇を通してみた明治という時代への作者の思いでもあったのではないでしょうか。

その後、瀬尾は「正史」のない明治天皇について調べていくのですが、それはつまりは作者自身の持つ明治という時代についての認識を、自分の中で再構成しようとする作業でもあるようです。

このところ、朝井まかてという作家が非常に面白い、読み応えの作品を書かれています。今私が一番好きな青山文平と作風は異なるものの、迫力では劣らない作品を書かれているようで楽しみです。

蓮見 恭子 襷(たすき)を、君に。


駅伝に魅せられた一人の女の子が高校生になり、陸上部にはいって、目標とする女の子の走りに近づくために必死で努力する姿を描いた長編青春小説です。

全国中学校駅伝大会―中学3年生の庄野瑞希は大会記録を更新する走りでチームを逆転優勝に導く。しかし、周囲の期待に押し潰され、走る意味を見失った瑞希は、陸上をやめるつもりでいた。一方、福岡・門司港で、倉本歩はテレビの中の瑞希の美しく力強い走りに魅せられる。「あの子のように走りたい」その一心で新進気鋭の港ケ丘高校陸上部に入部するが、部員は歩よりはるかに速い選手ばかりで―。二人の奇跡的な出会いが、新たな風を紡ぎだす!スポーツ小説を多く手掛けてきた著者が少女たちの葛藤と成長を描く、胸を熱くさせる青春小説! (「BOOK」データベースより)

誉田哲也の剣道をテーマにした『武士道シリーズ』を思い出してしまいました。主人公が高校生ということもあってなのでしょうか、登場する人物たちが、特に主人公の倉本歩は『武士道シリーズ』に登場する人物たちと重なり、あまりその差異を感じないほどでした。

主人公は倉本歩といい、全国中学校駅伝大会のテレビ中継で見た姫路中学校の庄野瑞希という選手の走りをみて、自分も彼女のように駅伝を走りたいと思い、福岡の港ケ丘高校陸上部に入部します。しかし、そこは各中学校から選抜された選手らが集められたチームで、歩はチームに在籍することすら難しいところだったのです。

面白い小説ではあったのですが、青春小説としてそれなりの面白さを感じたのであり、スポーツ、それも駅伝の小説としての魅力はそれほどまでは感じなかったのは残念でした。

自分でもはっきりとはしない物足りなさを感じたのです。それは多分、「走る」ということ、そのものについての描写がもう少し欲しかったのでしょう。正確に言うと、書いてはあったのですが、胸に迫るスポーツの場面としての描写が少なかった、と感じたのです。その点で、前述の『武士道シリーズ』に軍配が上がります。

本書の最後、クライマックスに至って、駅伝のメンバー五人のそれぞれの走りを、選手それぞれの主観で描写してありましたが、その場面だけは引きこまれるものがありました。この主観的描写云々は別にして、この雰囲気でもう少し他の個所も描いて欲しいと感じたのです。

合宿の途中、苦しい練習の中で「負けるな。自分に負けるな。」と自らに言う場面があります。スポーツで自分を追い込んだことがある人には誰でも分かると思うのですが、苦しい練習から逃げたい自分がいます。それは通常の生活でもあることで、やはりその困難から逃げたい自分がいます。そこで、自分自身の逃げたいという気持ち、そこから逃げてはいけないと自らに言い聞かせる葛藤、そのことは身にしみて分かります。

私はそこから逃げたので、更によく分かるのです。

全体として、面白く読んだ小説でした。ただ、今一歩物足りなさを感じた、ということです。

米澤 穂信 インシテミル


久しぶりに読んだ本格派の長編推理小説でした。こうした頭脳ゲームを本格派と言っていいものかは分かりませんが、物語の内容は、特定の状況下で起きた事件の犯人を探偵が解き明かすという、従来の本格推理小説の王道を行く小説だ思いながら読んでいました。

時給十一万二千円というアルバイト広告に魅かれて集まった十二人。地下に設けられた「暗鬼館」というこのゲーム用の専用部屋で一週間の間、ただ何もしないでいれば千八百万円を超える金が各自に入るというのだ。しかし、設けられたルールは、自分以外の者を殺害した者は報酬が二倍、などと異常としか言いようのないもので、事実、三日目に入ると参加者の一人の射殺死体が見つかり、残された者は恐怖の時を迎えることになる。

個人的には本格派の推理小説は敬遠してきた分野の小説です。いわゆる本格派は、ある事件の起きた理由や、誰によって、どのように為されたかなどの、犯行結果に至る過程のロジックを重視しています。本格派を好むには、読者に与えられている条件のもとで、読者が探偵役になって事件を解決に導くロジックを自ら考えなければ本当には楽しめないと思っていたからです。

読書に快適なひと時を求める私にとって、推理小説の中でも複雑な論理を追いかける作業はとても快適とはいえないものでした。その結果、論理の流れにそれほどには気を配る必要もなく、人間ドラマの流れを追えば感覚的に読んだ気になる社会派と言われる作品に傾倒していったのでしょう。

本書は、特定の状況下での犯人探しという、まさに本格派の推理小説でした。でありながら、本書に関しては、昔読んだ本格派の推理小説ほどには相性の悪さは感じませんでした。それは、本書が実にゲーム性の強い構成になっていたからではないでしょうか。

そもそも、時給十一万二千円というアルバイト広告に魅かれて集まった十二人という設定自体不自然ですし、その十二人が一週間過ごすだけの地下空間を準備するというだけでもすごいことです。物語の舞台として現実性を求めるとそもそも違和感だらけです。

でも、この前提を受け入れないと本格推理小説は成り立たないし、読み手もそういうものだとして読み進めます。つまりの物語自体がゲーム性が強いものですから、それでいいのでしょう。

そういう点では本書はよく考えられています。詳しい論理は考えてもいませんが、それを抜きにしてもよくできています。人間心裡も深く考えられていると思います。自分が実際どう考えるかは分かりませんが。

そういう意味で面白く読めたのでしょうし、物語が好きな読者にもそれなりに受け入れられたのだと思います。

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR