柚月 裕子 慈雨


一人の退職警察官のお遍路の巡礼の姿を追った、社会派の長編推理小説です。

警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件に酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に―。元警察官が真実を追う、慟哭のミステリー。 (「BOOK」データベースより)

定年退職を迎えた一人の刑事が、四国八十八か所巡りのお遍路の旅を長年連れ添ってきた妻と共に歩き始めます。歩き遍路の旅の途中で様々な人と出会い、これまでの自分の人生を振り返りながら歩き続けるのです。特に、遍路初日に舞い込んできた幼女誘拐殺人事件の知らせは神場元刑事の悔恨の事件を思い出させます。

「過去に過ちを犯し、大きな後悔を抱えてきた人間が、どう生き直すのか」を書きたかったという著者です。

捜査本部に詰めているかつての部下であり、神場の娘の恋人でもある緒方刑事を通して捜査情報を知る神場は、お遍路の旅の途中で思いついた考えを緒方に伝え、捜査を導くことになります。

柚月裕子という作家が一番書きたいであろう、重い問題提起を含んだ社会性の強いミステリーです。特に、還暦を数年前に迎えた私らの年代には実に重いテーマでした。

この著者の描く物語は、先日読んだなかりの『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』のような軽く読める作品もありますが、『最後の証人』から始まる「佐方貞人シリーズ」に見られるような社会的な強いメッセージを持った作品をその本領とされるようです。本書もまさにそうで、「生き直さなければならないと思う場面に遭遇したときに、どう向き合って決着をつけるか」を問うているのだと言います。

特に佐方貞人シリーズでは、佐方の生き方は「犯された罪はまっとうに裁かれなければならない」ということをそのままに生きているのですが、それは時に書生論としてうつります。実際にはそんなことが言える筈も、出来る筈もない、という現実論の前に、ある種理想論をそのままに主張するのです。

本書の神場もまさにそうで、最終的に下される彼の決意は、まずは自分の妻に更なる苦労を強いることになり、またかつての直属の上司であった鷲尾の生き方に大きな影響を与えてしまっています。ましてや、その後に想像される神場の行動は当時の県警の上層部は勿論、当時の同僚の生き方にまで大きな影響を及ぼさずにはいられない筈なのです。

それでもなお、神場元刑事は自らの生き方の決着をつけるために自分の信念に従って生きていくでしょう。それは現実の自分には出来ないであろう生き方を代わりに実現してくれるという意味で一種のカタルシスをもたらしてくれます。

還暦を過ぎた身としては、自分の人生に全く後悔が無いなどという人はまずいないでしょう。その後悔する事柄を正す機会があったとして、そのためには多くの人の生き方に迷惑をかけるのであれば多分自分の誤りを正す道を選択することはできません。

しかし、それをやってくれるのが小説であり、本書なのです。柚月裕子という作者はそうした青春論をそのままに主張できる作家さんだと思われ、だからこそ私の、そして多くの人の賛同を得ているのだと思います。

歩きお遍路の途中でいろいろな人と出会って種々の人生と触れ合い、そして自らの過去へと戻っていきます。そうした細かなエピソードのの一つ一つが心に染み入ってきます。

渡辺 容子 左手に告げるなかれ


いわゆる万引きGメンである保安士の女性を主人公とする、第42回江戸川乱歩賞を受賞した長編推理小説です。

ある日、女性保安士の八木薔子の職場に二人の刑事が訪ねてきて昨日のアリバイを聞いてきた。話を聞くと、かつての薔子の不倫相手である木島の妻が殺されたのだという。三年前、木島の妻に木島との不倫をとがめられ、四百万円の慰謝料を支払い、勤めていた証券会社を辞めることになったのだった。その木島の妻が殺されたという。薔子は自らの無実を立証するためにも、自分で調査を始めるのだった。

本書の主人公は保安士です。契約先の店舗を一般人を装いながら目を光らせ、万引き犯を捕まえるのが仕事です。本書の主人公八木薔子も勤務先のスルガ警備保障からコトブキ屋自由が丘店に派遣されています。そこに刑事が現れ、木島の妻の殺害の事実が告げられ、その後、薔子の上司である坂東指令長のはからいでシャインズ桜美台店に異動になるのです。

八木薔子という主人公は、後の『エグゼクティブ・プロテクション』以降ではボディ・ガードをその職務内容としているのですが、八木薔子がデビューする本書ではまだ保安士なのです。

本書の設定が、かつての自分の不倫相手の奥さんが殺され、その犯人を見つけ出そうというのですから、既に普通ではない行動力を表しているということなのでしょう。

幸い、もの分かりの良い坂東という上司に恵まれ、事件探索に都合のいい職場へと転勤もさせてもらい、更には事件探索に忙しい八木であるため、本来の職務である万引き犯を見つけることはおろそかになっているのですが大目に見てもらっています。

実際、現実の社会で仕事が半端になりながら、どこまで本人の自由が認められるかは疑問はありますが、そういう自由を認めてもらえる最良の上司に恵まれたということでこの点は引き下がりましょう。でも、本書の推理小説としての謎解きそのものには私としてはあまり関心はしませんでした。反面、物語として見るとそれなりの面白さを持って読み進めることができたとは思います。

保安士として一般人よりは調査能力ありと言えるのかもしれませんが、殺人犯の探索はあくまで素人です。物語の中でもその点はきちんと押さえた上で。調査のプロである探偵を登場させ、彼に八木を素人だと言わせ、本格的な調査を進める役割の一端を担わせていたりと、私の気になる点をきちんと押さえてありました。

不倫相手の木島との関係も割り切ったものとしてではなく、いくらか引きずりながらの微妙な間柄であるのも好ましく、わりと違和感なく読み進めることができました。

ただ、『エグゼクティブ・プロテクション』での八木薔子のほうが魅力的なキャラクターとして在ったのは否めませんが、本書は本書として八木薔子のデビュー作として楽しめました。

あさの あつこ 燦 7 天の刃


燦シリーズの第七弾です。

田鶴に戻った燦を待っていたのは、闇神波の襲撃であり、彼らに拉致され売られた篠音や與次の悲惨な現状だった。燦は篠音を助けるために圭樹の、そして圭樹と共にいる伊月に助力を願うのだった。

いよいよ田鶴藩での日々が始まります。しかしながらそこに待っていたのは、燦にとっては幼なじみの悲惨な現状であり、また圭樹や伊月にとっては、藩内部の権力闘争でした。

伊月の家である吉倉家では、伊月の父吉倉伊左衛門が久しぶりに返ってきます。筆頭家老として新しい藩主に目通りを済ませ、藩の未来に期待を抱きつつ久々の帰宅だったのです。

本書で既に七巻目。余すところ一巻しかありません。しかしながら、本書はやっと田鶴藩に帰ってきたところで、話はほとんど進んではいません。

なのに物語は圭樹の藩政改革、伊月のこれから、燦の周りの人たちの行く末、と決着すべきは山積みです。一巻が160~170頁前後で刊行されているこのシリーズです。二時間もかからずに読み終えてしまうほどの長さしかない中で、どのように決着をつける気でしょう。次巻を早く読みたい気にさせられました。

深町 秋生 探偵は女手ひとつ


『果てしなき渇き』で第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した深町秋生の、椎名留美という女性を主人公とする、六編からなるハードボイルド連作短編小説集です。

椎名留美は娘とふたり暮らし、山形市で探偵をしている――とはいうものの、仕事のほとんどは便利屋の範疇だ。パチンコ店の並び代行、農家の手伝い、買い物難民と化した高齢者のおつかい、デリヘルの女の子の送迎などなど。シーズンを迎え、連日さくらんぼ農家の手伝いをする留美に、元の上司である警察署長から、さくらんぼ窃盗犯を突き止めて欲しいという、久し振りの探偵らしい依頼が入ったのだが……。(「光文社」公式サイトより)

何といっても本書の特徴は、秋田弁を話すシングルマザーが主人公だということでしょう。全編山形弁での会話が弾み、独特な雰囲気を醸し出しています。

東直己の『探偵・畝原シリーズ』を思い起こさせる、裏社会の闇に飲み込まれて悲惨な目にあっている一般人の救済という趣きを持つローカルなハードボイルドであり、山形弁の心地よいリズムが、描かれているテーマの重さを少しなりとも軽くしています。

椎名留美はかつては刑事であったのですが、現在は私立探偵として開業しています。しかしその実態は便利屋であり、パチンコ店の並び代行、デリヘルの娘の送迎などをしています。

第一話「紅い宝石」では、さくらんぼ農家の収穫の手伝いをしている留美ですが、さくらんぼ窃盗事件について走り回ることになります。その依頼者は留美のかつての上司で、現在は東根警察署の署長なのです。

第二話「昏い追跡」では、留美はスーパーの保安員をしています。今回は、万引き犯の実態を詳しく描写してあり、話は万引きで捕まえた少女の死に隠された謎に迫ることになります。

本シリーズの重要な登場人物の一人である畑中逸平という男も登場するのもこの話です。逸平は留美が現役警察官の頃よく手を焼かされた不良の大物だった男で、このシリーズでも留美のボディーガード兼暴力装置的立場にいます。

第三話「白い崩壊」では、奥州義誠会という暴力団の幹部である石上研から、さらわれたデリヘルを探して欲しいという依頼を受けることになります。女を、金を稼ぐ道具としか考えずまた扱いもしない男たちの世界に飛び込んでいく留美でした。

この石上も本シリーズでちょくちょく顔を出すことになる人物で、留美の裏社会へのつながりの大きな道筋にもなる男です。

第四話「青い育成」では、留美は雪おろしの仕事の依頼者である元クラブのママである一人の老婆の探偵としての依頼を受けることになります。自分の店子である初老の男の元に訪ねてくる女の素性を探るようにとの依頼であり、その先には意外な事情が隠されていました。

一人の老婆の、淡いロマンスを背景に極道社会への暗い道筋が照らし出される物語でした。

第五話「黒い夜会」では、逸平の浮気を疑った逸平の恋女房の麗の依頼で逸平を見張ることになる留美でした。逸平の行動にはホスト業で借金を負わされた友達を助けるという理由はあったのですが、ホスト社会の裏事情も隠されていたのです。

第六話「苦い制裁」では、ストーカー事件の実態が描かれます。一度ストーカー事件を処理した男から、新たなストーカーらしき事案の相談を受けます。しかし、その裏には隠された事実がひそんでいたのです。

本書ではまずは留美のキャラクター造形の上手さが光ります。留美の個人的な事情としては、一人娘がいるシングルマザーであること、過去には刑事であったが現在は探偵業を開業しているものの、実態は便利屋としての仕事の方が多いこと、くらいが判明している事実でしょうか。

そして、向こう見ずな性格でもあり、暴力団事務所であろうと必要であれば乗り込んでいくだけの度胸を持った女性でもあります。しかし一方で、そうした際にはほとんどの場面では逸平なり、警察との繋がりなどを利用した保険を掛けておくことも忘れない慎重さもあるのです。

この手の物語の決まりごとではあるのですが、警察と裏社会とのパイプは欠かせません。留美はその両者を上手く使いながら、事件を解決していくのです。

なかなかに小気味よく、私の感覚にピタリとはまる小説でした。続編が出るのを大いに期待したいと思います。

柚月 裕子 合理的にあり得ない 上水流涼子の解明


この作家にしては珍しい、肩の凝らない気楽に読める短編のミステリー小説集でした。

主人公は弁護士資格を剥奪されたといういわくありげな過去を持つ上水流涼子という美人女性で、これまた正体が良く分からないIQ140 という頭脳を持つ貴山という男を助手として探偵事務所を経営しています。この女が貴山の力を借り、事務所に持ちこまれた事件を法律の埒外で解決していくという物語です。

第一話「確率的にあり得ない」
とある会社の二代目社長が、ボートレースの結果を全て当てた予知能力を持つという男と5000万円という契約料でコンサルタント契約を結ぼうとしていた。この社長の目を覚まして欲しいという依頼を受けた上水流涼子は一計を案じる。

何の前提知識もなく始まったこの物語は、上水流涼子とその助手である貴山という、この物語の中心となるであろう登場人物の紹介を兼ねた物語です。

とは言っても、彼らの背景については何も語られてはいません。ただ、上水流涼子という人物が弁護士資格を剥奪されたことがあること、助手の貴山が劇団員だった過去を持つ優秀な男であること、などが明かされているだけです。

それでもなお、この物語の展開は気楽に読める物語であることを予想させるものでした。

第二話「合理的にあり得ない」
間もなく還暦を迎える神崎恭一郎は、バブル期に土地取引で莫大な財産を築いていたが、仕事一途で家庭生活を顧みなかったためか、現在の家庭は決して順風とは言えないものだった。そんな折、妻の朱美が霊能力者と自称する女から高額な皿や壺を買わされているということに気付いた神埼は、その霊能力者に直接談判することにするのだった。

意外性のある物語展開、とまでは言えない作品でしょうか。神崎を罠にかけるために採った方法がユニークと言えばユニークで、法律家らしい視点とも言えるのでしょうが、謎解きとしては特別なものがあるわけではありません。

神埼の妻の心の奥の感情を引っ張り出した、という結果だけが残る、本書の中では普通の物語です。

第三話「戦術的にあり得ない」
関東幸甚一家総長の日野照治は、長野県の暴力団横山一家総長の財前満都との賭け将棋で、それまで均衡を保っていたのに三連敗を喫しているという。そのため、次に行われる一億円のかかった将棋で、手段は問わないので絶対に勝たせてくれというのだった。

この物語も、謎解きそのものに新鮮さや、目を見張る点などがあるわけではありません。ただ、貴山がアマチュア五段という将棋の実力の持ち主ということが判明したことが新しく分かったこと、というぐらいでしょうか。

第四話「心情的にあり得ない」
涼子が弁護士資格を剥奪された原因である、涼子のかつての顧問会社の社長から、家出をした孫娘の捜索依頼があった。依頼を受けることに反対する貴山を押し切り、その依頼を受ける涼子だった。

この物語はミステリー、謎解きという側面では何もありません。ただ、上水流涼子の過去、彼女が弁護士資格を失った理由、そして貴山という助手と知り合った事情が明らかにされます。

また、新宿署組織犯罪対策課の薬物銃器対策係の主任である丹波勝利という刑事が登場します。早く嫁に行き「子供を産め」と言い切るセクハラ男でもあるこのキャラクターは今回はそれほど活躍の場面はありませんが、今後活躍しそうだと思われます。

第五話「心理的にあり得ない」
父親が自殺したという娘が父親の無念を晴らしたいと、野球賭博で父親を騙した男への復讐を依頼してきた。

この物語では野球賭博が取り上げられています。野球賭博の仕組みが詳しく語られています。この物語もミステリーというよりも人間ドラマの面白さに目が行くものでした。



全体として、ミステリーとしての面白さに重点があるとは思えず、コンゲームとしての駆け引き、面白さのある物語でした。というよりも、主人公の上水流涼子と貴山という助手のキャラクターの面白さで引っ張っていく物語と言えるかもしれません。

いずれにしても、この作家の新しい側面を見せた小説です。続編が書かれることでしょうから、続けて読みたいと思います。

今野 敏 マル暴総監


マル暴甘糟』を第一作とする、マル暴甘糟シリーズの第二作目となる長編の警察小説です。

甘糟の相棒である傍若無人な先輩郡原から言われて、チンピラのにらみ合いの現場に行ってみると、多嘉原連合組員である唐津晃と、阿岐本組代貸の日村誠司が見物していた。二人組のほうが多嘉原連合の準構成員だという。そこに白いスーツの男が現れ、この喧嘩を買うと言い始めた。甘糟が乗り出すと、メンツだけでにらみ合っていたチンピラ達は皆消えてしまう。
 その後にらみ合っていたチンピラの一人が殺されるという事件が起き、容疑者として浮かんできたのが白いスーツの男だった。

今野敏の『任侠シリーズ』から派生したと言われる『マル暴甘糟』ですが、その続編が出ました。

今回は新しい、そして強烈なキャラクターが登場します。それが警視総監であり、暴れん坊将軍を気取って巷でチンピラ達を懲らしめて悦に入っているという、このシリーズらしいキャラクターです。

その暴れん坊将軍気取りの警視総監、略してマル暴総監が、甘糟も参加する捜査本部にことあるごとに顔を見せるという珍しい事態が起きます。

本来マル暴である甘糟は捜査本部には加わりませんが、殺されたのが甘糟も知っているチンピラだということで駆り出されたのですが、そこにあらわれた警視総監こそがチンピラのにらみ合いの現場に来て捜査本部でも重要参考人と目されている白スーツの男だったのです。

警視総監こそが白スーツの男だということを知っているのは甘糟だけであり、そのことを口止めされた甘糟は困り果てます。

その甘糟は、多嘉原連合や阿岐本組の組事務所に足繁く通い情報を仕入れ、パチンコ三昧の郡原に報告します。報告を聞いた郡原はさすがにその情報を生かす力は伊達ではなく、甘糟に新たな指示を出すのです。

そうした中、捜査本部はさらに白いスーツの男の探索を推し進め、甘糟を更に困惑させるのです。

ミステリーとしての出来は多分それほど評価を受けるものではないのでしょうが、クライマックスに近づくにつれて郡原の意外な側面を見せてくるなど、さすがに今野敏と思わせてくれる楽しめる物語としての仕上がりでした。

本書は、今野敏一流のユーモアミステリーであり、あの『任侠シリーズ』から派生したシリーズです。ということで、本書には『任侠シリーズ』の「阿岐本組」も登場します。話の本筋にはそれほど絡んでは来ないのですが代貸の日村誠司も存在感を表しています。

本書は主人公の甘糟というキャラクターの面白さに加え、郡原というマル暴らしい刑事の存在感が良いのですが、本書ではそれに加え更にマル暴総監と呼ばれる栄田警視総監まで加わることになりました。今後の展開が楽しみです。

あさの あつこ 天を灼く


一人の未だ元服すら済んでいない少年の伊吹藤士郎と、正体のよく分からない剣士柘植左京とを主人公とする、あさのあつこの新しいシリーズです。

父は、天羽藩の不正に加担した責めを負い腹を切ることになったが、その前夜、伊吹藤士郎は牢内にいる筈の父から呼び出しを受ける。必死で駆けつけると、一振りの刀を形見として渡され、介錯をするように言われるのだった。父は何故に自刃しなければならなかったのか、父の汚名を晴らすことはできるのか。

あさのあつこの作品の一つに『燦』というシリーズがあります。文春文庫から書下ろしで刊行された全八巻の物語です。このシリーズの主人公は、田鶴藩主二男の圭寿に仕える田鶴藩筆頭家老の嫡男である吉倉伊月という少年で。加えて、伊月の双子の弟である燦が伊月を、そして圭寿を助け活躍する物語です。

本書は、一人は厳しい環境で育った剣の使い手であり、一人は育ちのいい少年剣士というコンビという点で、この「燦」というシリーズと同じような設定の物語になっています。そして同様に、いまだ頼りなさの残る籐士郎を殺人剣の使い手である左京が助け、江戸への旅、そしておそらくは江戸での籐士郎の生活を助ける物語になると思われます。

あさのあつこの物語は、登場人物の心象をしつこいほどに描写し、彼の行動の理屈を丁寧に説明するという特徴を感じます。

本書の一頁目にある「空は焼けている。それなのに、篠つく雨が降っていた。地を叩き、ざあざあと騒擾の如き音を立てる。」などという描写は他では目にしない描写です。漢字をあまり多用せずに読みやすい日本語を使うというのが、この頃の小説の一つの作法であるように思っていたのですが、あさのあつこという作家の場合、その逆を行っているようです。

そうした、いかにも日本的な心象描写のすぐあとに、主人公籐士郎の家族である姉美鶴や母茂登子、それに籐士郎の親友の風見慶吾や大鳥五馬らの快活で幸せそうな情景が描かれ、この物語は始まります。

このあと、姉や左京の出生にまつわる秘密や、藩の重鎮たいまでも絡む不正の実情などがたたみ掛けるように語られ、物語は一気に読み終えてしまいました。

この作家の『弥勒』シリーズほどではないにしろ、闇を内包する物語かと思っていましたが、どちらかというと籐士郎の成長ぶりが描かれていきそうな雰囲気も漂う開幕ぶりであり、この著者お得意の青春小説になるのかもしれません。

ちょっと主人公が若すぎるのではないかという心配はありましたが、元服前の十四歳の少年の行動とは思えない籐士郎の行いのせいもあってか、十四歳という年齢はそれほどに意識しないで読み進めることはできました。ただ、そのことを意識すると、若干出来すぎではないかという危惧はあります。

それでも、今後が期待できる新シリーズの始まりを思わせる第一巻目でした。

梶尾 真治 怨讐星域Ⅰ ノアズ・アーク


ロマンチックなタイムトラベルものを得意とする梶尾真治の、星間旅行や異世界での冒険物語を取り混ぜた大河小説です。

太陽のフレア膨張による地球消滅から逃れるため、アジソン米大統領と選ばれた3万人だけを乗せた世代間宇宙船ノアズ・アークが、密やかに出航した。残された人々はノアズ・アークを呪い、大統領の娘ナタリーの恋人が発明した星間転移で決死の脱出を図った―。2つの人類の目標は、172光年先にある約束の地。生き残りを賭け闘う人間それぞれの受難、愛憎、そして希望を通して、世界の喪失と再生を描く、SF大河ロマン。(「BOOK」データベースより)

梶尾真治のいつもの雰囲気とは少々異なった、シリアスな群像劇です。梶尾真治は1991年に、『サラマンダー殲滅』という冒険SFを書いて日本SF大賞を受賞していますが、多分、その作品に一番近いのではないでしょうか。内容がではなくて、物語が持っている雰囲気の話です。

地球滅亡の危機に人類の存続をかけて星間宇宙船ノアズ・アークで他の星を目指す、という物語はハインラインの『宇宙の孤児』やクラークの『遙かなる地球の歌』など、SFでは珍しくはないテーマと言えるでしょう。

また、物質転送というアイデア自体も、映画ではありますが『スタートレック』や『ザ・フライ』で描かれているように目新しいものとは言えません。

しかし、この両者を組み合わせ、172光年先の惑星「約束の地」に転移を果たした人類と、世代間宇宙船での航行を終えた人類との出会い、などという発想は私の知る限り初めてだと思います。

星間宇宙船内部での物語と目的となる172光年離れた惑星に一足早く転移(ジャンプ)した人達の未知の星(約束の地)での開拓の苦労、そして残された地球での生活を選んだ人たち、という三者の物語が、相互に少しずつ絡み合いながら、それぞれ独立した物語として語られます。

世代を越えた物語ですので、登場人物も当然のことながら変わっていきます。梶尾真治お得意のタイムトラベルを駆使し、同一人物を登場させることも可能だったでしょうが、そうするとこれまでの物語とあまり変わらず、更にはせっかくの星間宇宙船と星間転移というアイデアも霞んだことでしょう。

星間宇宙船ノアズ・アーク、約束の地それぞれで展開される物語は、梶尾真治らしい人間味あふれた物語が展開されています。極端に言えば、上質な短編が、連作として舞台だけを同じくした設定で語られているようで、それでいながらそれぞれの話には共通した骨子があるとも言えそうです。

有川 浩 図書館危機 図書館戦争シリーズ (3)


思いもよらぬ形で憧れの“王子様”の正体を知ってしまった郁は完全にぎこちない態度。そんな中、ある人気俳優のインタビューが、図書隊そして世間を巻き込む大問題に発展。加えて、地方の美術展で最優秀作品となった“自由”をテーマにした絵画が検閲・没収の危機に。郁の所属する特殊部隊も警護作戦に参加することになったが!?表現の自由をめぐる攻防がますますヒートアップ、ついでも恋も…!?危機また危機のシリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)

全部で四つの章からなり立っていますが、第三章までは、それぞれに独立した章として読むことができるように思えます。そして、第二章まではこのシリーズのラブコメとしての側面が強調された甘々の物語です。

読みごたえを感じたのは第三章からで、まずは第三章で「床屋」という言葉が違反語であり「検閲」の対象となるということから起きる一つの事件が描かれています。

「検閲」という言葉狩りの持つ意味、その理不尽さをうまいこと描いたものだと関心していましたが、本書の著者自らが書いているあとがきを読むと、現実の話として、著者が持っている「放送禁止用語(差別用語)」の資料を知り合いに見せたところ、「失礼やな、何でうちの実家の職業が勝手に軽度の放送禁止用語にされてんねん」と苦笑されたことがあったそうです。

そうした、知り合いのちょっとした感想をヒントにこのような物語を仕上げる作者の想像力や物語の構成力こそ称賛されるべきものなのでしょう。

その上で、本書の第三章では「床屋」という「差別語」をめぐりある意味では心地よい物語として仕上げられているのです。そこには、現実の社会では「公共の福祉」「公序良俗」というある意味曖昧な文言が基準となるがゆえに、そのベクトルは表現者の自主規制へと向かわざるを得ないという現実があるのですが、本書の場合「良化委員会」という明確な基準があるだけ闘いやすいとも思われ、物語は心地よい結末が待っているのです。

問題は本書の第四章で語られる茨城県立図書館での戦いで、そこには討論のテーマとなるであろう様な事柄がちりばめられていました。

まず図書隊の面前にあらわれるのは「無抵抗者の会」という団体です。この団体は実に象徴的であり、現実の脅威に対して武力で抵抗すること自体が事態を無用に拡大していると主張する団体です。彼等は話し合いで解決できるのであり、自らが武力を放棄することこそが平和的話し合いの道だと主張します。

どこかで聞いたような主張で、この主張を論外として切り捨てることができないところが悩ましいのです。

その先には美術県展の最優秀作品である『自由』と名付けられたコラージュ作品の問題があります。良化特務機関の斬り裂かれた制服の間から青空がのぞくという強烈な作品の展示です。良化委員会の妨害は目に見えており、そこに図書特殊部隊が応援に行くことになります。

そこで待っていたのは図書館自体の強烈な自主規制であり、「表現の自由」への制約が持ついわゆる萎縮的効果が典型的に現れています。また、稲峯司令の「検閲を戦うために血を流す組織を作り上げ」たことへの内省自体、一言では語りきれない重みを持ちます。

こうした数多くの論点を含む本書ですが、そうしたこととは関係なく、エンターテインメント小説としての面白さを兼ね備えているのですから見事です。シリーズも残り一作、プラス別冊二巻があるそうなので続けて読みたいと思います。

吉川 永青 闘鬼斎藤一


言わずと知れた、新選組の斉藤一を描いた長編時代小説です。新選組ものとしていつもの通り東屋梢風さんの「新選組の本を読む ~誠の栞~」で紹介してあった作品です。

芹沢鴨暗殺、池田屋襲撃、禁門の変などに関わり、永倉新八に「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」と語らしめた。剣による命のやりとりから、兵による戦へと変わっていく激動の幕末を生き抜き、新選組隊長として会津戦争に参戦。警察官として明治の世まで命をつないだ一人の漢の半生を描く。新選組三番隊隊長を描く渾身の書下ろし時代小説。(「BOOK」データベースより)

三人称ではありますが、終始斉藤一の視点で語られている物語で、一般で描かれる新選組とは少々異なっていました。

第一に、台詞が現代のそれであり、それもチンピラ風です。

この口調は闘いの時の総司もですが、斉藤一は常からそうですし、何よりも近藤勇にしても同じ口調なのです。もともと無頼の印象のある斉藤一はまだいいのですが、近藤勇も「べらんめえ」でもないチンピラ口調では、どうもしっくりきませんでした。

この近藤の口調は、近藤勇の人柄を「義」に厚い人とはしているものの、自らを大名のように思い隊員を家来のように扱う勘違い男のような描き方をしてあるので、作者の意図だったとは思うのですが、少々軽すぎる印象を持ちました。

第二に、沖田総司と斉藤一との関係です。

始めは沖田のことを総ちゃんと呼び、沖田は斉藤のことを一君と呼んでいます。年が近く、共に「闘い」の中に身を置くことこそ命を感じるという点で互いに似たものを感じていたのでしょう。

この関係はこの物語を通じてのものであり、斉藤一の行動の原点となっています。本書後半になり、鳥羽伏見の戦いで幕府軍と共に新選組も敗走し、会津まで逃れ、そこで官軍と戦うときも同様です。命をかける「闘い」ではなく、単なる「争い」でしかない戦闘に際して、いつも一の心の中には沖田総司がいて、総司が病に倒れてからは、文字どおりに総司の分まで闘おうとするのです。

細かなところでは従来いろいろな物語で描かれてきた新選組のありようと異なるところが少なからずあったのですが、私が感じたのは大きくはこの二点についてでした。

この作者ならではの仕掛けを二、三挙げてみると、芹沢鴨の性格にしても単なる粗暴な男ではなく愛嬌がある男としてあったり、大阪での芹沢と力士たちとの喧嘩の際に小野川秀五郎という人格者が登場させたりという点でしょうか。

このように、これまでの新選組ものの小説とは異なる個性的な物語で、結構面白く読み終えることができました。

ただ、これは全く私の我がままではあるのですが、もう少し斉藤一を前面に押し出した物語だと思っていたので、その点だけは少々残念でした。物語も終盤に入り、鳥羽伏見の戦いも敗戦濃厚となったとき、斉藤一が闘いの指揮をとるようになります。このあたりから会津での闘いに至るあたりは斉藤一の物語になってきましたが、それまでは、どうしても新選組の一隊士としての斉藤一でしかなかったように思えます。

新選組の中で、斉藤一が剣士として主だって活躍する場面は描きにくいとは思います。そして、確かに松原忠司殺害を斉藤一の仕業とするなどの解釈を加えたりと斉藤一の物語としてあるとは思います。ですから、これは個人的な思いだけなのですが、もう少し斉藤一の剣士としての戦い方を見てみたかったのです。

蛇足ですが、この松原の一件では、伊東甲子太郎が斉藤一にかけた松原殺害の疑いを、斉藤の曇りのない差料だけで晴らすことなどあるのかな、と気になりました。

東川 篤哉 純喫茶「一服堂」の四季


本書は全四話の連作短編小説集です。

珈琲の味は、いまひとつ。でも推理にかけては一級品。人見知りの美人店主は、安楽椅子名探偵。「春」「夏」「秋」「冬」の事件を描く傑作推理短編集! (「BOOK」データベースより)

第8回本屋大賞を受賞した『謎解きはディナーのあとで』を書いた東川篤哉氏の作品ということで、目の前にあったので借りてきました。

つい先日、三上延氏の『ビブリア古書堂の事件手帖』という本を読んだばかりでしたので、本書もかなりの期待を持って読み始めたのですが、とてものことに本書の内容についていけませんでした。

本書の読み始めは、その舞台や場面、登場人物の設定、会話を含めた文章の軽さ、などからライトノベルと分類される類の小説だと思っていました。しかし、どうも違うようです。読後に調べてみると、鮎川哲也が編集を務める公募短編アンソロジー『本格推理8 悪夢の創造者たち』に採用されたり、有栖川有栖の推薦を受けて本格的に作家デビューしている作家さんだったのです。東川篤哉という作家は「トリック重視の本格派」と紹介されているではありませんか。( ウィキペディア : 参照 )

「ユーモア・ミステリー作家である。骨格としてはトリック重視の本格派であ」るとは書いてあるのですが、本書の軽さは残念ながら私の感性とは相容れないようです。

本書が、舞台設定や語り口の軽薄さだけではなく、私の好みに合わなかった一番の理由は、肝心のトリックが首をひねるものだったからだと思われます。本格派に馴染めない理由の一つにトリックありきのストーリーという点がありますが、本書はまさにそうだったのです。

ただ、第四話で見せる本書を通してのトリックによるどんでん返し、には驚かされました。こうしたトリックは決して嫌いなものではなく、この点で若干評価が高くなったのは事実です。

そもそも作者の東川篤哉という作家は本屋大賞をとっているのです。であるのなら、その大賞作品の『謎解きはディナーのあとで』は読まなければならないでしょう。その後でこの作家を読み続けるか否か決めたいと思います。

冲方 丁 光圀伝(上・下)



第7回本屋大賞を受賞し、第143回直木賞候補作にもなった『天地明察』という作品を書いた冲方丁による黄門様を描いた物語で、八頁ほどの短い「序の章」に次いで「天の章」「地の章」「人の章」「義の章」と続き、文庫本でも上下巻を合わせて千頁を超える一大長編小説です。

感想文の最初に書く言葉ではないのでしょうが、端的に言って、文章が難しい。しかしながら、物語としてどんどん引き込まれて行く作者の筆力には脱帽するばかりでした。

本書は「明窓浄机」という光圀の独白文を項の変わり目に挟んでいます。「明窓浄机」とは「学問をするのに適した明るく清らかな書斎。( goo国語辞書 : 参照 )」という意味らしいのですが、この「明窓浄机」に書かれている文章が難しい。光圀の内心を吐露しているようでいて、日本語の難しさと共に、書かれている内容もその真意を汲み取ることが困難です。一読するだけではその意味が良く分かりません。例えば本書冒頭の四頁ほどの「明窓浄机」。そこでは「書」の意味について「"如在"である。」と記してありますが、その意味をしかと受け止めるには幾度か読み返す必要がありました。

本文にしても似たようなもので、三人称で描かれてはいるのですが、文章そのものは光圀の視点であり、光圀の内心に深く入り込み、その移り変わりを子細に追いかけています。その際の描写に使われている言葉、文章がやはりじっくりと読みこまなければ理解しにくいのです。

冒頭「序の章」において、光圀が家老の藤井紋太夫を殺める場面から始まります。光圀は何故紋太夫を殺める必要があったのか。光圀の真意こそが本書全編を貫くテーマとなっています。そして、続く「天の章」で時代は光圀の幼少期に戻り、光圀が人の生首を持って歩いている場面から始まり、最終章の「義の章」で再び冒頭の場面へと戻ります。

本書を貫いているのは、それは光圀の生涯をも貫く「義」の思いです。兄を差し置いて自分が世子、跡継ぎとなったことについて「なんで、おれなんだ」との問いかけを持ち続けているのもその表れでしょうか。

本書で描かれている光圀は、テレビドラマにもなっている助さん格さんを引き連れて諸国を漫遊した黄門様ではありません。「大日本史」を編纂した、名君と言われた徳川光圀でです。

歴史小説とは史実を前提にして、不明の部分を作者の想像力で補って物語として仕上げるもので、本書においても当然のことではありますが、史実と虚構との境は明確ではありません。しかし、本書記載事実のどこまでが史実なのか、が非常に気になりました。時間があれば記載事実それぞれについてその境界を調べたいところでした。

次いで言えば、本書に登場する人物たちは非常に魅力的に造形してあります。物語の中心に配置される父徳川頼房や兄頼重は勿論のこと、妻となる泰姫、その侍女の左近、親友となる林読耕斎、冒頭で殺された藤井紋太夫らが実に生き生きとしています。加えて、宮本武蔵や山鹿素行といった歴史上の著名人たちも登場し、エンターテインメント小説としての魅力も増しています。勿論『天地明察』の安井算哲も少しではありますが登場します。

上に書いた登場人物らは勿論実在の人たちで、最初に殺される藤井紋太夫でさえも光圀に殺されているのは史実であり、講談などでは光圀失脚を図る柳沢吉保に内通したために殺されたなどとされているそうです( ウィキペディア : 参照 )。

先に述べたように、本書は通常のエンターテインメント小説とは異なり、軽く読み飛ばしながら読み進めると言うことはできにくい小説です。『天地明察』のような読みやすさはありません。しかしながら、光圀の成長記でもある本書の読後は充実感に満ちています。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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