深町 秋生 卑怯者の流儀


警視庁組対四課の刑事である米沢英利という中年刑事を主人公とするハードボイルドミステリーで、第19回大藪春彦賞の候補作になった作品です。

「野良犬たちの嗜み」
仁盛会若頭補佐の浦部恭一から、自分が経営する韓国人クラブのホステス行く絵不明になり探して欲しいと頼まれた。調べると、浦部の近いところにいるものが拉致したらしいのだ。
「悪党の段取り」
薬物の捜査係のエースである組織犯罪対策課第五課の出渕正義警部が、女とベッドにいるところを写真に撮られたと泣きついてきた。エースに恩を売るチャンスだと、米沢は無料でその頼みを惹きうけるのだった。
「はぐれ者たちの成熟」
米沢とその上司である大関芳子警視とは、かつての新宿署で、今は組織犯罪対策課という、当時の刑事課四係で一緒だった。昔その大関と共に逮捕したことのあるチンピラのチンスケが出所してすぐに襲われたという事件が起きた。
「秘めたる者らの殺気」
赤坂の老舗和菓子屋の若旦那が美人局にあっているところを助けた数日後、美人局をしかけていたチンピラが殺されるという事件が発生した。
「策略家の踊り」
警視庁警務部人事一課監察係佐竹巡査部長 知らないうちに米沢の口座に百万の振り込みがあり、また自分の部屋の天井裏にはけん銃が隠してあった。月岡早苗を名乗る女からの依頼で悪徳探偵社が動いていたのだった。
「生き残りの騙り」
自分をはめようとしている月岡早苗という女は、かつて当時の荒生組組長高埜喜一逮捕に協力してくれた女で、すでに死んでいるのだ。宮沢は事件の裏を調べ始めるのだった。

本書は警視庁組対四課の米沢英利というベテラン刑事を主人公とした、コミカルに味付けしてある、いわゆる悪徳警官ものの警察小説です。

ハードボイルドではあるのですが、主人公が冴えない中年刑事であり、決して颯爽とした格好良さはありません。彼は裏社会に幅広いつてを持ち、彼らのトラブル解決の頼みをも金で引き受ける、典型的な悪徳警官なのです。

第二話で、ヤクザの内部にまで調査の手を伸ばすときなども、関東の広域暴力団の印旛会の大物組長である濱田年次など、裏の世界の大物とつながっていることからこの世界で生きていけるという米沢なのです。

しかしながら、かつてはそうではない、情熱に満ちた警官であったようで、その片鱗が少しずつ明らかになっていき、この程度はネタバレにもならないでしょうから書きますが、最後の二話で米沢の過去が明らかになります。

主人公の米沢の存在感があるのはもちろんですが、脇を固めるキャラクターがまた良いのです。米沢英利のかつての部下で現在の上司である、組織犯罪対策課第四課女性管理官の大関芳子警視は、女子プロレスラーも顔負けの体格を有しています。また、米沢の天敵であるのが人事一課の奈良本京香監察官で、いつか米沢を挙げようと狙っているのです。

米沢が苦手とする上司達が共に女性というのも面白く、特に大関警視とのやり取りはコメディとしか言いようがありません。それはまた奈良本監察官との間でも似たような感じではありますが、大関警視とのやり取りは別格です。

このごろのこの作者、深町秋生の作品は先日読んだ『探偵は女手ひとつ』といい、本書といい、実に面白く、エンターテインメント小説として読み応えのある作品が多い気がします。

人情面での優しささえも垣間見せる米沢を主人公とする本書は、新たなヒーローとして続編を期待したい作品でした。

平山 夢明 ダイナー


暴力とエロスとで彩られた、長編のエンターテインメント小説で、第28回日本冒険小説協会大賞、第13回大藪春彦賞を受賞しています。

ほんの出来心から携帯闇サイトのバイトに手を出したオオバカナコは、凄惨な拷問に遭遇したあげく、会員制のダイナーに使い捨てのウェイトレスとして売られてしまう。そこは、プロの殺し屋たちが束の間の憩いを求めて集う食堂だった―ある日突然落ちた、奈落でのお話。(「BOOK」データベースより)

ネット上でかなり面白いと一押しの文言があったので読んでみたのですが、個人的な好みからは少々外れている小説でした。

とはいえ、私がグロテスクな描写をあまり好まないためにこのような感想になると思われ、このような描写を直視、若しくは無視できる人にはこの小説は面白く読める作品だろうと思われます。そう思えるほどには私も入りこんで読んだというのもまた否定しがたいことです。

それは、この小説がグロであり、暴力に満ち溢れている物語ではあっても、登場人物の個性が際立っていて妙な魅力があることと、交わされる会話は暴力と拷問と汚物に関することだけ、といっても過言ではないのだけれど、この物語の持つエネルギーが半端なものではないということ、などがあると思われます。

物語は、殺し屋御用達の食堂キャンティーンでの出来事を連ねてあり、物語のプロローグとエピローグがこの食堂の外での話というだけで、あとは全部この食堂内での出来事です。いわゆる一場面ものの作品と言えます。

その食堂での描写がグロい。料理ができるという一言で生き埋め寸前のところを命拾いしたカナコという女が放り込まれたのがこの食堂でした。

お客は殺し屋ばかりで、この殺し屋というのが単にけん銃で撃ち殺すというのではなく、人体を切り刻んだり、毒殺したり、爆死させたりと普通ではありません。

カナコ以前の手伝いの女たちはすぐにお客たちによって、またこの食堂のコックであるボンベロによって殺されていまい、長生きできなかったのです。それでもなおカナコはある手段で生き延びます。それこそ命掛けで、運にも助けられながら生き延びるのです。

フルネームで呼ばれることを嫌うオオバカナコの必死の生きざまは、少々都合が良すぎるのではないかなどという読者の思いも何のその、しまいには殺し屋の心の中にまでもぐりこみます。そして、微妙にカナコに対する扱いも変わってくるのです。このグロさ満載の暴力的な小説に一片の「愛」を感じるのも惹句の通りでした。

決して好みの小説ではないのですが、この作品の持つ破壊的なまでの熱量は、読む者をして日常の世界から非日常へと強引に連れて行ってくれます。それだけの衝撃があることは間違いの無い物語です。

三上 延 ビブリア古書堂の事件手帖 3


「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズの第三作目です。

鎌倉の片隅にあるビブリア古書堂は、その佇まいに似合わず様々な客が訪れる。すっかり常連の賑やかなあの人や、困惑するような珍客も。人々は懐かしい本に想いを込める。それらは予期せぬ人と人の絆を表出させることも。美しき女店主は頁をめくるように、古書に秘められたその「言葉」を読みとっていく。彼女と無骨な青年店員が、その妙なる絆を目の当たりにしたとき思うのは?絆はとても近いところにもあるのかもしれない―。これは“古書と絆”の物語。

あいも変わらずの書物への愛情を感じさせてくれる一冊です。

本書の簡単な構成は、

プロローグ 『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)I
第一話 ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(集英社文庫)
第二話 『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』
第三話 宮澤賢治『春と修羅』(關根書店)
エピローグ 『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)II

となっています。

本書では、特に篠川栞子さんの失踪している母親篠川智恵子さんの隠された秘密が少しづつ明らかにされていきます。というよりも母親に関する謎がより深まったというほうが正確であり、このシリーズを貫いている大きな謎として徹底されている、というべきなのでしょう。

そして、各話で紹介される古書にまつわる知識と、その知識を前提として提示される謎や秘密についつい引き込まれてしまいます。

また、「ヒトリ書房」の井上太一郎や、「滝野ブックス」の滝野蓮杖などという、栞子さんの母親を知る新たな登場人物が現れたりと、一段と物語に引き込まれる仕掛けがうまいこと施されているのです。

第一話の『たんぽぽ娘』は、古本業者の古本交換会に出かけた折の『たんぽぽ娘』という書物の盗難事件で、栞子さんが盗ったと決めつける井上太一郎との話なのですが、この井上太一郎という人物や、この物語に登場する滝野蓮杖という男などが栞子さんの母親をよく知る人物であり、このあとの物語の展開にも深くかかわってくる事実などが彼らからもたらされたりもします。

また、それぞれの短編で取り上げられている古書に関しての挿話も相変わらず小気味よく、それぞれの家族にある家族間の不和をなんとなく解決したりもします。

本の話で言うと、第三話に出てくる宮澤賢治の『春と修羅』だけが聞いたことがある作品でした。この『春と修羅』については、私は「俺は一人の修羅なのだ」という一文を有する、一編の詩のタイトルとしての「春と修羅」と、詩集『春と修羅』と混同しているところがあったようです。でも、よく思い返してみると、妹との別れを詠った「永訣の朝」という作品も『春と修羅』という詩集の中の作品であったのでした。

第一話に出てくる『たんぽぽ娘』は栞子さんの両親の間でも愛読書であったようであり、第二話でも「タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいな」本を探し当てることで、第一巻にも登場した坂口しのぶの家族間の対話が復活したりもするのです。

第三話では、再び篠川智恵子さんの影がちらつく物語です。盗まれた宮沢賢治の『春と修羅』という本を取り戻して欲しいという依頼に対し、二冊購入されていた『春と修羅』の初版本の意味を探り当て、更に盗んだ犯人をも探り当てる栞子さんでした。

シリーズを読み進むにつれ、どんどん面白くなってきています。全部で七巻だそうなので、最後まで読んでみたいと思います。

朝井 まかて 残り者


時は幕末、徳川家に江戸城の明け渡しが命じられる。官軍の襲来を恐れ、女中たちが我先にと脱出を試みるなか、大奥にとどまった「残り者」がいた。彼女らはなにを目論んでいるのか。それぞれの胸のうちを明かした五人が起こした思いがけない行動とは―!? (「BOOK」データベースより)

もしかすると、朝井まかての作品の中で一番私の好みにあっている作品かもしれません。直木賞を受賞した『恋歌』も素晴らしい作品でしたが、本書の持つ空気感とでも言うべきもの、本書の醸し出す雰囲気、趣きが、私の琴線に合致したようです。

それは本書が浅田次郎の『黒書院の六兵衛』の舞台設定が似ている、というとこから来ているものなのかもしれませんが、多分そうではなく、言ってみれば浅田次郎の作品に感じられる人間のこころのありようの一致であり、人情話の根底に流れる他者に対して示される信頼と同質のものがあるから、と言っていいのだろうと思います。

りつという奥女中の視点で語られる本書の文章は、漢字、そしてルビが多用され、大奥の様式美を体現したかのような表現になっていて、読者は、知らずの内に荘厳な雰囲気の中に放り込まれています。そんな語りでありながら、登場人物の描写になるとその人物の心象をたたみ掛けるように描いてあり、いつしか心の裡に染み入ってくるのです。

物語は江戸城明け渡しの前夜の大奥での出来事を描いた作品です。浅田次郎の『黒書院の六兵衛』を思い起こさせる内容ですが、こちらは大奥での五人の奥女中らの振舞いを描き出してあります。

天璋院付の呉服之間で勤めている奥女中のりつは、江戸城明け渡しに際し、天璋院の「ゆるゆると、急げ」との言葉を気にしながらも、自分の職場である呉服之間での後始末の見落としが無かった気になり、皆とは反対に呉服之間へと向かうのでした。

すると大奥には天璋院の飼いネコ「サト姫」を探す御膳所の御仲居のお蛸がいて、更には御三之間のちかがおり、そして天璋院の御部屋、すなわち新御殿の御下段之間には御中﨟のふきと和宮方の呉服之間のもみぢとがいたのです。

大奥の描写の美しさ、お針子や賄いなどの職種の解説など、それは丁寧に描写してあり、いつものことではあるのですが、よく調べてあると言うしかありません。巻末の参考文献も十四冊をかぞえています。

この五人は最後の夜を江戸城内で過ごすことになるのですが、その折の五人それぞれの行いがまた、コミカルでもあり、実に読みやすい物語であるとともに、五人がそれぞれの理由で江戸城に残ったものの、互いに疑心を抱きつつ次第に心を通わせていく様は、かなりの読みごたえを感じたものです。

市井の無名の人々とも若干異なる、歴史の表には決して出てくることの無い、大奥に住まう様々な役目の女たちの生き方さえをも明らかにしてあり、初めての視点でもありました。

朝井まかてという作家は、今後もずっと追いかけちきたい作家の一人であることには間違いなさそうです。

梶尾 真治 怨讐星域Ⅱ ニューエデン


怨讐星域シリーズの第二弾です。

滅びの地球から脱出した、2つの人類。その1つは宇宙船ノアズ・アーク内で、結婚して子を産み育てながら172光年先を目指していた。いま1つの人類も、星間転移で到達した約束の地・エデンにて世代を重ねながら、新たな文明社会を築いていた。最初の転移者から数えて第5世代のタツローは、入植を祝う降誕祭の準備に奔走する日々。彼はやがて、歳月を超えて受け継がれたノアズ・アークへの憤怒と憎悪に直面するが…。(「BOOK」データベースより)

地球を出発した恒星間宇宙船内では世代交代も進み、登場人物は少数の例外を覗いて、全く見知らぬ人たちばかりです。少なくとも一巻目で登場した人たち自身は既になく、その子孫と思われる人の名前が見えたりするくらいです。

ただ、転送装置の発明者であるイアン・アダムズが意外な形で登場することが気にかかることでしょうか。

宇宙船も長い旅の中間地点を過ぎようとしますが、そこで船長室及び制御室で異常が発生し、誰も近づけなくなるという事故が発生したり、宇宙船内部で生活する人間たちの筋力は衰え、「約束の地」での生存が不可能ではないかなどの危惧も発生します。また、船内で怪物が現れ人を襲ったりと、何かと問題が絶えません。

「約束の地」に近づくと、着陸や輸送などの問題は山積みになっているのです。

一方「約束の地」では、テンゲン山の山頂でイアン・アダムスの子孫たちが星間宇宙船の到着を観測し、ついにノアズ・アークからの通信を受信します。

そして、残された人々を地球に置き去りにし、自分たちだけ逃げ出したアジソン米大統領一派に対する憎しみは、ノアズ・アークに生きる人たちの宗教にも似た思いにまで変化していたのです。

星間宇宙船とノアズ・アークで暮らす人々との邂逅が近づいており、このあとの展開はもちろん気になります。

しかしながら、個人的には梶尾真治という作者の物語としては決して良い出来とは思えませんでした。物語の素晴らしいアイディアとその底に流れるロマンチシズムこそがこの作家の魅力だと思っていたのですが、本書では、設定そのもののアイディアは素晴らしいものの、全体を構成する個々の物語は梶尾真治の力の半分も出ていないような気がします。

勿論、宇宙船と目的地に暮らす人々との憎しみをはさんだ出会いこそがこの物語の一番の山場であり、書きたいことだったのでしょうから、最後まで読み終えて初めて全体としての感想を記すべきなのでしょう。

ということで、物語全体の感想は、あと一巻を読み終えてからにしたいと思います。

葉室 麟 あおなり道場始末


葉室麟のいつもの雰囲気とは異なる、めずらしく軽妙な物語らしいので読んでみました。

豊後、坪内藩の城下町にある青鳴道場。神妙活殺流の遣い手だった先代の死から早一年、道場は存亡の危機にあった。跡を継いだ長男の青鳴権平はまだ二十歳と若く、その昼行燈ぶりから、ついには門人が一人もいなくなってしまったのである。米櫃も底をついたある日、「鬼姫」と巷で呼ばれる妹の千草や、神童の誉れ高い弟の勘六に尻を叩かれた権平がようやく重い腰を上げる。「父の仇を捜すために道場破りをいたす」。酔って神社の石段で足を滑らせて亡くなったとされる先代の死には不審な点があり、直前には五つの流派の道場主たちと酒席を共にしていた。三人は、道場再興と父の汚名を雪ぐため、まずはその一つ、新当流の柿崎道場に乗りこむ―。(「BOOK」データベースより)

結論から言うと私の好みとは少々異なる物語でした。

私が読んだ葉室麟の作品の中でコミカルなタッチの作品といえば『川あかり』があったと思います。他には思いつきません。この作品は藩で一番の臆病者と言われているにもかかわらず、家老の暗殺を命じられた伊東七十郎という若者が、川止めで足止めされた宿で様々な人との触れ合い、成長する物語でした。

さわやかな読後感を覚えた『川あかり』という作品とは異なり、本書『あおなり道場始末』にはそうした印象はありませんでした。普通の痛快時代小説としての面白さは、あります。でも、私にとってはそれだけであり、それ以上のものではありませんでした。

しかし、ネット上のレビューを見ると、読みやすく、感動したなどと高く評価している声が多数ありました。やはり、個人の感想は人それぞれだと、あらためて感じさせられて作品でもあります。

先代の死から一年が立ち、弟子もいなくなり、米櫃も空になろうかというころ、主人公の青鳴三兄弟は道場破りをすることにします。長男の青鳴権平は二十歳と若いもののかなりの剣の使い手であり、弟の勘六は神童と呼ばれ、妹の千夏は「鬼姫」と呼ばれているほどの達者であり、三人で城下の五つの道場を回りながら、併せて父の死の疑念をもとこうとの思惑でした。

ところが、権平の神妙活殺流の秘剣は三本に一本しか決まらない、というのです。とはいえ、何とかしのぎながら道場を巡っていく三人で、そのうちに父の死をめぐる隠された謎が浮かび上がってくるのです。

この物語の枠組み自体は面白そうだし、登場人物も少なくとも主人公兄弟に関してはキャラクターも立っていて、読み始め当初は面白くなりそうな物語だという印象でした。

しかし、権平の秘剣が三本に一本しか決まらないという話も、わざわざその設定にすることで生きてきた場面がありませんし、更には、結局は青鳴道場と他の五つの道場との間でのみ交わされる闘いであり、その闘いですらも闘いの意味が今ひとつはっきりとしないのです。

正確には最終的に父の死にまつわる謎と共に他の道場との絡みの意味も明らかにはされるのですが、小気味よく割り切れたというわけにはいきません。あいかわらずに欲求不満が残ります。

葉室麟という作家の上手さは、武家社会の中という制約の中で必死に生きる侍や女たちを、その心情を静謐な文章で描きながら明らかにしていく、というところにその本領を発揮するようです。本書のように、軽妙なタッチの作品は決してうまいとは言えません。

とはいえ、先にも書いたように、本書を高く評価する意見が多い以上、この文章も私の個人的不満を述べたにすぎない、ということになりそうです。

三上 延 ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常


「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズの第二作目です。

鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。その美しい女店主が帰ってきた。だが、入院以前とは勝手が違うよう。店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。変わらないことも一つある―それは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていき―。(「BOOK」データベースより)

前巻で感じた作者の書物に対する膨大な知識、そして愛情は少しも色あせることなく、本書でも感じることができました。

本書で紹介される書物は、


プロローグ 坂口三千代『クラクラ日記』(文藝春秋)I
第一話 アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)
第二話 福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)
第三話 足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦」(鶴書房)
エピローグ 坂口三千代『クラクラ日記』(文芸春秋社)II

となっています。

勿論ですが、私は一冊も読んではいません。ただ、書名だけは知っている作品として、『時計じかけのオレンジ』と『クラクラ日記』がありました。

『時計じかけのオレンジ』は、たしかマルコム・マクダウェル主演で製作された映画は見ました。この人が主演した『If もしも....』という映画を高校生の時に見て、衝撃を受けたのですが、その数年後にこの映画があり、やはり衝撃的な映画だった記憶があります。それ以来、この役者さんのファンになったものです。

『クラクラ日記』は、やはり高校生の頃に若尾文子が主演でテレビドラマがあり、そのタイトルだったのです。藤岡琢也が坂口安吾相当の作家でした。残念ながら、その内容は全く覚えてはいません。

それはともかく、本書です。今回は『時計じかけのオレンジ』という身近(?)な作品がテーマの一つであっただけ思い入れも強かったように感じます。

『時計じかけのオレンジ』という本に完全版とそうではない省略版とがあり、それをテーマにこのような物語を仕上げるというはなれ業を見せてくれたのは、本好きの一人としても実に楽しい作品と言えます。

加えて今回は藤子不二雄の漫画まで取り上げられているのですから、本好き且つ映画、漫画も好きな私としてはその思いは尚更です。

更に、主人公の栞子さんの母親にまつわる秘密なども盛り込まれており、今後の展開が実に楽しみになってきました。

早速次を読みたいと思います。

富樫 倫太郎 生活安全課0係 ヘッドゲーム


『生活安全課0係 ファイヤーボール』を一作目とする生活安全課0係シリーズの二作目です。

杉並中央署生活安全課「何でも相談室」、通称0係に娘の死の真相を調べて欲しいという相談が持ち込まれる。今年だけで名門高校の女子生徒が二人、飛び降り自殺をしているのだ。0係の変人キャリア警部・小早川冬彦は相棒の万年巡査長・寺田高虎と高校を訪れるが、そのとき三人目の犠牲者が…。KY(空気が読めない)刑事が鋭い観察眼で人を見抜くシリーズ第二弾! (「BOOK」データベースより)

小早川冬彦警部は、前作同様、というより当然の話ですが、あいかわらずに空気を読めず、寺田高虎巡査長の神経を逆なでしながら勤務に励んでいます。

高円寺学園高校で、今年に入ってから二人がマンションの屋上から飛び降りて自殺するのですが、学校はもちろん、警察も何らの対応を取りません。そこで、自殺した生徒の母親が杉並中央署に調査を願い大声を出しているのですが、そのことをきっかけにして、例のごとく小早川警部がその事実に事件性を見出すという導入です。

案の定、早速高円寺学園高校に行ってみると、更にもう一人飛び降り自殺者が出ているといいます。調べていくと、三人に共通する事柄が見えてくるのでした。

このような事実が出ても、学校側は何の対応をとることもないため、小早川警部は幾度となく学校に顔を見せることになります。学校側は当然これを嫌うのですが、寺田高虎巡査長でさえも、いつもの通りに小早川の早とちりだとして小早川の見解に与しません。

ついに、問題の高校の校長や教頭は警察上層部に苦情を申し立て、小早川らは当該高校への立ち入りを禁じられてしまいます。

そんな中、この高校の副理事長が胡散臭い人物として浮かび上がるのですが、その前にこの副理事長の妹が立ちふさがるのです。

それなりに軽く読めて面白い物語であることは否定できません。しかし、何故かこれらの事実から事件性を見出すのは小早川警部だけなのです。

どうみても、ベテランである寺田巡査長でなくても連続自殺について何らかの疑問を抱いてしかるべきだと思うのですが、小早川警部だけが事件性に気づくというのは無理があると感じます。

物語の設定上、小早川警部だけが頭脳明晰であり、確率上からも疑問を抱くという流れは分からないではありませんが、少々周りの人間の能力が無さ過ぎるのです。もう少し小早川警部の特異性を自然に描いてくれれば、と思ってしまいます。

それでも、コメディタッチの本書ですので、あまり整合性を求め過ぎてもとは思うのですが、好みの問題ですので仕方がありません。物語の世界観として納得できるものが欲しい、ということだけなのです。

そうは言いながら、たぶんこの作家の作品をぼちぼちと読み進めることになると思います。

小川 糸 ツバキ文具店


何とも、私が普段読む小説とは雰囲気が異なる物語の長編小説でした。2017年本屋大賞で第4位になっている作品です。

ラブレター、絶縁状、天国からの手紙…。鎌倉で代書屋を営む鳩子の元には、今日も風変わりな依頼が舞い込む。伝えられなかった大切な人への想い。あなたに代わって、お届けします。(「BOOK」データベースより)

代書屋さんという非常に特殊な職業の雨宮鳩子という二十代後半の女性の日常を、彼女の周りの人物を織り込みつつ、その職業の紹介を兼ねて彼女が先代と呼ぶ祖母とのかつての生活なども交えながら描き出している物語です。

雨宮鳩子という女性の一人称で描かれいてるこの物語は、鎌倉を舞台にしています。鶴岡八幡宮を左に見ながら、鎌倉宮の方に二階堂川沿いに登っていくと彼女の家「椿文具店」があります。

本書の冒頭、ポッポちゃんと呼ばれている雨宮鳩子なる女性の一日の始まりが描かれています。

「着替えをして顔を洗ったら、まずはヤカンに水を入れてお湯を沸かすのが朝の日課だ。その間に床を箒で掃いて、水拭きする。台所、縁側、お茶の間、階段と、順々に清める。 この時、必ず途中でお湯が沸くので、そこでいったん掃除の手を休め、お茶っ葉を入れたティーポットにたっぷりお湯を注ぐ。お茶を淹れている間、再び雑巾を手に床を磨く。」

こんな、なんでもない普通の光景から始まり、左隣に住むバーバラ婦人から「ポッポちゃーん、おはよう」と声がかかって朝のご挨拶が始まります。

この何とも言えない、のほほんとした光景で始まり、この雰囲気が本書全編を覆っているのです。

読み進むにつれ、代書屋さんという仕事の大変さが次第に分かってきます。

まず、代書屋という仕事が依頼の仕事の文案から考えるものだとは知りませんでした。その上で、依頼者の気持ちになりきり、更には書体まで変えて書面を書くのです。その際、筆記用具もこだわりがあり、毛筆の場合は墨の選択から、墨の色のの濃さを考え、万年筆であれば万年筆そのものの選択からインクの色にまでこだわり、紙質、封筒、切手と、細部にわたって決めていきます。

その上で、依頼者の希望に沿った、知人のペットの猿が死んだ際のお悔み状や離婚の報告書であったり、かつての恋人に自分が生きていることだけを伝える手紙、借金の断り状と、さまざまな依頼に応じて書きわけます。勿論、手紙を書く上での作法もきちんとしていなければならず、そうした点もおこたりありません。

これらの代書の仕事ごとに、それぞれのドラマがあり、鳩子はそのドラマを壊さないように、依頼者になり変わってこころをこめて手紙を書くのです。

雨宮鳩子は祖母に厳しく育てられました。幼いころから毎日まいにち、友達が遊んでいる間も時の練習に明け暮れていたのです。彼女が先代と呼ぶこの祖母との確執を抱え、祖母の死に目にも会えないまま現在に至っているのですが、代書屋としての仕事をこなしていくうちに、少しずつ祖母の心のうちを理解できる鳩子でした。

第三章にあたる「冬」の章の終り近く、思いもかけず祖母の鳩子に対する思いを知る出来事があります。ちょっとした心あたたまる感動的な挿話なのですが、一人称の語りであるにしては、そうした話も決して感情過多になることなく、ある種俯瞰的に客観的な描き方をしてるところはかえって心にしみる描き方でした。

鳩子の周りの登場人物もユニークで、バーバラ婦人とよばれている隣人や、パンティーという通称で呼ばれている小学校教師の楠帆子、それに着物姿が粋な男爵などが物語に花をそえています。

本書はNHKでドラマ化もされていました。たまには人が殺されず、人間は心をゆるすに値する存在なのだ、と思わせてくれる本書のような作品も、心を豊かにしてくれていいものだと心から思わせてくれる作品でした。

石田 衣良 憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI


池袋ウエストゲートパークシリーズの第十一弾の連作短編小説集です。

「北口スモークタワー」
池袋のJR北口近くにあると言うスモークタワーというペンシルビルを舞台にした、脱法ドラッグにまつわる物語。ある日の夕方、池袋の王さま安藤崇が一人の女の子を連れてきた。スモークタワーの裏で段ボールに火をつけようとしていたという。
「ギャンブラーズ・ゴールド」
今回は、池袋のとあるパチンコ店からの、イカサマされているようだが分からないので調べて欲しい、との依頼を受けたGボーイズの手伝いだ。
「西池袋ノマドトラップ」
ノマドワーカーのためのフリースペースの「ザ・ストリーム」で紹介されたのはレオンというワーカーで、そのとき、目白のコワーキング・スペースでいやがらせがあったと聞いた。翌日、今度はタカシが「ザ・ストリーム」が襲撃され、オーナーから相談を受けたと言ってきた。
「憎悪のパレード」
「中国人は池袋から出ていけ!」との憎しみの言葉が聞こえてきた。叫んでいるのは略称「中排会」という団体。今回のGボーイズの仕事の依頼主は、平和主義で反ヘイト団体の「ヘ民会」であり、そこからの分派である武闘派「レッドネックス」の襲撃から「中排会」を守るというのが仕事だった。

「池袋のマジマ・マコトも、もう二十代後半になった。あとからやってくる世代はいつだって謎である。」として、これまでの若者の一員だったマジママコトから、少々年代を経た、「おじさん」に手の届きかけたマコトの視点になった、新しい池袋ウエストゲートパークの物語です。

でもこのシリーズの構成は今までと変わっていません。池袋で起きる、その時代のトピカルな出来事をマコトが、そして池袋のキングであるタカシが解決していきます。

本書では一話から三話において語られる脱法ドラッグや、パチンコ依存症、そしてノマドワーカーの問題もさることながら、やはり第四話目の「ヘイト・スピーチ」の問題がインパクトが強いですね。

この点について著者自らが言っている、「日本人がもつ“正義のスイッチ”って恐ろし」さ、その人が正義と思う事柄の押しつけ( 週プレNEWS : 参照 )については全く同感で、個人の客観的な視点の大切さを見失わないようにしなければと思います。

また、個人的には、作者について本書の書評「本の話WEB」に書いてあったことが印象的でした。それは、

テーマだけを見ると、最近話題になったニュースが多いなと思われるかもしれませんが、実は雑誌連載中は事件化しておらず、後に大きな話題になったものがほとんどです。

ということです。つまりは、作者の「時代の先を見透す目」が素晴らしいということでしょう。単に同時代性ということではないんですね。

本書は、描かれているテーマの時代性もさることながら、単にエンターテインメントとして見ても、軽めのハードボイルドとして非常に読みやすく面白い作品です。再開したこのシリーズをまたゆっくりと楽しみたいいと思います。

佐々木 譲 廃墟に乞う


休職中の刑事を主人公とする、ハードボイルド短編小説集で、第142回直木賞の受賞作品です。

「オージー好みの村」
かつての知り合いの聡美からの頼みで、札幌から約三時間のところにある倶知安町(ニセコひらふエリア)までやってきた。聡美の友人のオージー(オーストラリア人)であるアーサーが殺人の疑いをかけられているので助けて欲しいというのだ。
    「廃墟に乞う」
仙道のかつての上司である山岸克夫から、千葉の船橋でのデリヘル嬢が殺された事件について電話が入った。手口が、かつて仙道らが殺人罪に問えなかった古川幸男の犯行を思わせるものだった。仙道は、古川の生まれ故郷である今は廃墟となっている炭鉱町に行ってみることにした。
    「兄の想い」
弟のように可愛がっている男が殺人の現行犯逮捕されたとして山野敏也に呼ばれ、オホーツク海に面した沿岸漁業のための町にやってきた。町に着いたとたん、ヤクザが声をかけてきたが、仙道のことを警察官だと気付くとすぐに立ち去るのだった。
    「消えた娘」
白石署の田辺刑事から紹介されたと言って、中年の見知らぬ男が声をかけてきた。行方不明になっている娘を探して欲しいという。逃走して死んだ婦女暴行犯の部屋からその娘のハンドバッグが見つかったらしい。覚悟はしているが自分を嫌って家出をし、風俗にまで落ちていたらしい娘をそのままにはできないと言うのだった。
    「博労沢の殺人」
十七年前、仙道が苫小牧署の新米捜査員としてつめた捜査本部で迷宮入りしてしまった殺人事件の、事実上の被疑者として見ていた男が殺された記事を見つけた仙道は、日高地方中央部のその町までやって来た。
    「復帰する朝」
医師から命じられた三度目の転地療法も十日目になり、もう職場復帰出来ると感じていた。札幌まであと一時間というところで、中村由美子という、かつてとある事件で世話になった女性から殺人の疑いをかけられている妹を助けて欲しいと連絡が入った。

この作家の『制服捜査』という作品は、川久保篤というもと刑事の駐在所勤務を描いて保安官小説とでも言うべき作品でした。それに対し、本作品はまさにハードボイルド小説です。主人公は警察官でありますが、休職中という設定で警察官としての職務執行はできず、個人の経験のみで事件の裏を探り出します。

著者によると、矢作俊彦の小説にある「二村永爾シリーズ」にならって「プライベート・アイ(私立探偵)」小説を書こうと思ったそうで、あちらが刑事の非番の日に捜査をするのであれば、こちらは休職中ということにしようと思ったそうです。

本来、日本では私立探偵ものは書きにくいのだけれど、本書のような設定で私立探偵小説を書くこともできるのだよ、とも書いておられます。

本書は個人的な好みにも非常に合致した作品でした。物語の湿度が極力低めで、決して派手ではなく、読み終えてから余韻が残る作品というものはあまりありません。勿論、そこにユーモアや、饒舌さなどがあってもかまわないのですが、最終的に心のどこかにストンと落ち、しばらくはそこにとどまっている、そんな物語が好きなのです。

そもそもこの作者の警察小説はかなり面白いのです。北海道警察の不祥事をテーマに組織体個人を描いた『笑う警官』や、親子三代にわたる警察官の家族を描いた『警官の血』、保安官小説だという『制服捜査』、どれも一級の作品でした。

そうした作品群の中でも、本書はこの著者のベストと言える作品だと思うのです。このような小説を更に読みたいものです。

あさの あつこ 花を呑む


「弥勒」シリーズの第七弾の長編小説です。

海辺大工町の油問屋東海屋五平が尋常ではない死にかたで死んだ。体には針の穴一つ無く、ただ深紅の牡丹がいくつも口に突っ込まれており、その場にいた女中は「恨みを晴らしてやった」と言う幽霊を見たと言うのだ。その翌日、五平の囲い者である女も佐賀町の仕舞屋の庭の牡丹の根元で、白い襦袢を血のりで真っ赤に染めて死んでいるのが見つかったのだった。

本書は信次郎の謎解きがメインとなった、まさに捕物帳と言うべき作品になっています。その本筋に添えて、伊佐治の息子嫁であるおけいの失踪騒ぎも加わっています。その上で、このシリーズの常である、登場人物それぞれの心象描写がこれでもかと言わんばかりに続くのです。

この心象描写がすこし鼻につきだした、とはこのシリーズの前の巻の『地に巣くう』で、ブログ「第二級活字中毒者の遊読記」の焼酎太郎さんの「なんだか鬱陶しくなってきました。」という感想に若干の賛意を示した私でしたが、本書ではまさに「鬱陶しい」という印象が強くなっています。

もう少しさらりと書いても良いんではないか、と思うのです。とはいえ、捕物帳としての面白さあって、やはりうまい書き手だと、あらためて思いました。

東海屋五平の死の謎を探る信次郎と伊佐治ですが、伊佐治の家では息子嫁のおけいが二度の流産により自分を責め、自分を見失ってしまい、家を飛び出してしまいます。一方、清之介のもとにも兄の家来である伊豆小平太が五百両という大金を借りに来るのですが、その借財の理由は兄の病だと言うのです。

それらの、本書の本筋とは違う脇筋の挿話と思われた話が、終盤一つの糸につながっていくのですが、その折の信次郎の謎解きは結構読み応えがありました。

作者の言葉によると、「結末をまったく考えずに書いている」と言われています。それにしては伏線がそれぞれにきちんと回収されており、とても無計画では書けないと思うのですが、そこをこなすのが作家という職業の人たちなのでしょうか。

冒頭の事件が起きた時、風邪で寝込んでいた信次郎であり、その信次郎に風邪をうつされ、その後の探索が後手に回ってしまった伊佐治です。でありながら、捜査の王道である聞き込みを丁寧にこなしながら、関係者の言葉から次第に事件の裏を解きほぐしていく信次郎の描写は、清之介とのいつものようなやりとりもありながら、伊佐治との掛け合いがなかなかに面白く読むことができました。

加えて、伊佐治の家庭の話、それに清之介の兄との確執の行方、そして本筋とは離れたところではありますが新たに登場したキャラクタ―の存在も気になるところです。作者自身はこのキャラをどうするかはまだ決めていないということですが、多分何らかの形で絡んでくることになるのだと思っています。

再度書きますが、過剰な心象描写を少し抑えてもらって、シリーズの更なる継続を願いたいところです。

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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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