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佐伯 泰英 らくだ 新・酔いどれ小籐次 (六)




またまた台風が来ようかとしているこの頃です。もういいのに!

いつもブログを拝見させてもらっているひだまりさん。や、焼酎太郎さん達は、本FC2ブログをSSL化されています。私もSSL化すべきか、それとも思い切ってWordPressで新しくブログを立ち上げるか、悩ましいところです。

今回の酔いどれ小籐次は、江戸の町にあらわれた見世物の“らくだ”をめぐる騒動です。

江戸っ子の間で話題のらくだを小藤次も家族を引き連れて見に行きますが、元厩番であったためからくだになつかれる小藤次でした。

ところが、そのらくだが盗まれてしまいます。らくだの見世物主の江戸の興行元である藤岡屋から、ラクダがなついていた小藤次以外にらくだを捜し出せるものはいないから、と頼まれた小藤次はむげに断ることもできず、駿太郎と飼い犬のクロスケの力を借りながら、らくだの探索を始めるのでした。

小藤次にはらくだ探しの他に、旧主である豊後森藩の剣術指南役という役務も待っています。こちらは、下屋敷の元厩番であった元下士に剣術の指南を受けるなどもってのほかという上士が多く、なかなかに難儀しているのです。

また、らくだ探しが進む中、久慈屋の大旦那の晶右衛門やその内儀のお楽らと共にお伊勢参りへと行く話も持ち上がっていました。しかし、その前に熱海への小旅行の話も湧きあがります。

本書を読むと同時に、鈴木英治の口入屋用心棒シリーズも読んでいたため、どうしても両者を読み比べてしまうことになりました。
このところ口入屋用心棒シリーズのマンネリ感が出てきていたのに比べ、小藤次シリーズはそうでもありません。佐伯泰英という作家の力量かとも思いましたが、磐根シリーズでも同様にマンネリ感を感じていたところからすると、シリーズの運び方の違いではないかと思うに至りました。

小藤次シリーズの場合、物語の世界として大きく流れており、各巻はその大きな流れの中の一つの区域を切り取っているようであり、シリーズとしての奥行き、時間的経過を感じます。

それに対し、近時の口入屋用心棒シリーズの場合、捕物帳的事柄の積み重ねであり、シリーズとしての大きな流れを感じなくなっているのです。

多分、そうした物語としての大きな世界観の違いが面白さの差となっていると感じます。

小藤次シリーズもマンネリに陥ることなく、今の面白さを維持していってもらいたいものです。

鈴木 英治 傀儡子の糸-口入屋用心棒(33)




あれから一年以上が経ち、直之進と佐之助は、これまでに話だけは出ていた佐賀大左衛門により創設された「秀士館」の剣術指南役に就いており、直之進には直太郎という跡取りも生まれています

鎌幸から“三人田”を預かっていた直之進が、旅から帰った鎌幸に“三人田”を返そうと三河島村に赴くと、鎌幸の家を見張る何者かの眼を感じ、実際、その帰り道に何者かに襲われます。

一方、蒸し暑さの中奉行所へ出仕した富士太郎は、同僚の酒巻十蔵という同心が切り殺された事を知ります。早速探索を始めた富士太郎は、すぐに十蔵殺しの下手人をつかまえますが、今度は同じく同僚の先輩同心である太田源五郎が殺されてしまうのでした。

今回もまだ鎌幸の、つまりは名刀“三人田”の絡んだ事件は終わりではありませんでした。本書では鎌幸自身がさらわれてしまい、その鎌幸を助け出そうとする直之進が預かる“三人田”が狙われるのです。そして、“三人田”そのものの持つ新たな秘密も明らかにされます。

また、富士太郎の周りでは同僚の先輩同心が次々と殺されていき、その後釜に何とも奇妙な人事が行われます。そして、ついには富士太郎の身にも危害が加えられようとするのです。

本書では、少々筋立てが乱暴に思えてしまいました。“三人田”をめぐっての物語が続くのはいいのですが、“三人田”の新たな秘密が出てきたり、その秘密を抱える今回の敵役の仕業が雑に過ぎたり、と、若干作者も物語をひねり出すのに苦労しているか、と思ってしまいました。

今後の展開の中で、“三人田”の新たな秘密を持ち出す必然性を示し、納得させてくれる物語の流れを期待したいと思います。

上田 早夕里 深紅の碑文(上・下)







上田早夕里氏のSF巨編『華竜の宮(上・下)』の続編です。上下巻を会わせて1000頁を超える作品で、読むのに結構時間がかかりました。でも、面白い。

前巻では、最短で十年、最長でも五十年の後に地球に再度大規模な地殻変動≪大異変≫が訪れること判明し、それに人類としてそれぞれの立場で対処しようとするところで終わりました。

本書はその後の人類の動向を描いています。

まず、≪大異変≫の到来を知った青澄は、海上民のオサ・ツキソメとの約束の、マルガリータシリーズと呼ばれる海上都市の建設の承認を得ることなどを果たした後に、外務省から身を引き、パンディオンの理事長として民間からの救済活動に身を投じています。

その青澄の人工知性体であるマキは、青澄の外務省退職時に機密保護のために関連情報を消去された知性体として、女性の人格を持った知性体として生まれ変わっています。

本書で中心となるのは、青澄以外は新しい人物たちです。本書では、新たに<ラブカ>という、海賊とも異なる反陸上民的存在とも言うべき集団がおり、その集団の一つのリーダーとしてのザフィールという男が重要な位置を占めています。

海上民への支援活動さえも反対し、ボランティア活動をしている支援民らを襲撃し、殺しまくる<ラブカ>です。青澄は<ラブカ>の代表としてザフィールと和解にこぎつけたいと努力するのですが、ザフィールの陸上民への不信感は根強く、なかなか話し合いができません。

そしてもう一人、星川ユイという女性がいます。本書の冒頭では少女だったユイは、物語が進むと、DSRD(深宇宙開発協会)に勤務し、無人宇宙船「アキーリ号」の開発に携わります。

彼女及び彼女の属するDSRDの立ち位置は、終末を迎えるかもしれないこの地球の現実の中で、それでも闘争に明け暮れるしかない人類の、もしかしたら、わずかな良心的存在として描かれているようです。

また、<調和の教団>のアニス・C・ウルカという祭司を務める女性がいます。宗教団体の一員ではありますが、青澄のように民間における救援団体として働いている人物で、青澄との間にわずかながらも心の交流を持つ存在です。

青澄、ザフィール、ユイという三人の動向を、視点を変えながら交互に描き、それぞれの生活の中で、やがて到来することが確実な≪大異変≫に向けてたくましく生きる人々の姿が描かれています。

本書で特徴的なのは、ザフィールは勿論、敵役として登場しているかのようなNODEという政府連合の立場などにしても、それぞれの行動を、各立場でのそれなりの意義をもった行動として描いてあることです。

言わばシステムとして、この世界での各組織の存在意義についてまでもよく考察され、その意義に基づいた行動として描かれているのは、なかなかに得難いものだと思います。

それは、確実に訪れる≪大異変≫とその後の「プルームの冬」に向けた人類の生き残り作戦と、海上民の陸上民への怨みに基づく闘いとを描き出すことでもあります。そしてそのことは、価値観の違いや、人間的な恨みの感情に基づく闘い、それとは別な経済的な思惑による闘争など現代社会で起きている闘いの縮図のようでもあります。

本書は「オーシャンクロニクル・シリーズ」というシリーズに位置づけられる小説だそうです。今後の地球の物語や「アキーリ号」の向かった先である惑星マイーシャ開拓史なども描かれる予定になっているらしく、楽しみに待ちたいと思っています。( 上田早夕里・公式サイト : 参照 )

鈴木 英治 三人田の怪-口入屋用心棒(32)





前巻では、南町定廻り同心樺山富士太郎の父親一太郎が、かつて起きた「北国米の汚職」事件について残した帳面を探す山平伊太夫に富士太郎が拉致されるという事件が起き、最後には拉致の犯人である山平伊太夫であろう死体が発見される場面で終わっていました。

本書はその事件が起きた真の理由が明らかになります。

本書は冒頭で元気を取り戻した富士太郎の様子が描かれています。やっと拷問の悪夢からも解放されつつある富士太郎が目覚め、そこに富士太郎を起こしに来た智代とのいちゃつきの場面や、家族三人で朝餉を食している幸せを絵にかいたような場面が数頁にわたって描写されています。

このところ、こうした事件の本筋とは関係のない、人物の雰囲気、環境をゆっくりと描写する場面が増えているように思えます。これは、富士太郎についてだけのことではなく、湯瀬直之進や倉田佐之助についても言えることです。

こうした描写は、物語の印象を和らげ、人物を浮き上がらせるには良い手法なのかもしれませんが、それが頻繁に続くと若干食傷気味にも感じられてきます。

その後、鎌幸が正体不明の賊に襲われ、やっとのことで危機を脱した鎌幸が、直之進に用心棒を頼むことからこの物語の本筋に入ります。

鎌幸を、そして三人田という刀を狙う追跡者の手をかいくぐりながらも鎌幸から話を聞き出した直之進は、佐之助の手助けを得ながら、新たな事実を探り出すのです。

他方で富士太郎は、上司荒又土岐之助に励まされながら、父親の残したであろう帳面を探す一方、自分の拉致事件の黒幕でもあると目星をつけた、黒崎欽之丞という徒目付に迫っていきます。

そして、いつものごとく富士太郎の探索の線と、直之進の探索の線とが交錯するのです。

今回も、富士太郎に変わった途端に、首なし死体の身元が判明するとか、鎌幸が遠藤信濃守の面前で鎌幸が三人田を盗み出した話をしながらも、多分、何のおとがめもないことなど、少々変な点はあります。

しかし、前回書いたようにそういう点は考えずにただ楽しむ、そういう分野の小説だと思っています。

そして、本書で、前々巻で描かれた刀剣の写しに絡む話から始まった一連の流れは一通りの結末を見るのです。

鈴木 英治 徒目付の指-口入屋用心棒(31)




前巻は、樺山富士太郎の母親の田津が直之進を訪ねてきた場面で終わっていましたが、本巻は田津が訪ねてきた理由を明らかにするところから幕を開けます。

直之進が死んだという話を告げられた富士太郎は現場へと急ぎ、田津は直之進の家に様子を見に来たのでした。しかし、当然のことながら直之進は元気であり、富士太郎は拉致されてしまったのです。

直之進は、富士太郎の中間の珠吉、そして倉田や琢之助の力を借り、富士太郎の行方の探索に乗り出すのでした。

まずは富士太郎の行方を捜すために、直之進が死体で見つかったとされた中ノ島から探索を始める直之進らですが、そこで富士太郎は権門駕籠に乗せられたこと、その籠の駕籠かきの一人が磐之助というヤクザものと一緒にいたところを見たという話を聞きこみます。

一縷の望みを持って話の伝手をたどっていく直之進らであり、その話を聞きつけた倉田までもが探索に加わり、個別の行動をとることになるのです。

一方、捕らえられた富士太郎の様子も描写され、自分をさらったのが徒目付の山平伊太夫という男であることを知ります。山平伊太夫は「北国米の汚職」の件を知りたがっており、富士太郎が、父親の一太郎からの預かり物を探していることをも知るのです。

こうして話は、富士太郎を探す直之進と珠吉、倉田の探索、そして捕らえられている富士太郎の状況という三本の流れで進んでいくことになります。

細かなところを言えば、富士太郎をさらった山平伊太夫が富士太郎事件の背景の詳しい説明をする意味も今一つ分かりにくいし、直之進らの探索の進行状況が妙に順調に進んだりと、突っ込みどころがないわけではありません。

しかし、本書のような痛快時代小説ではそこらを厳密に言うべきでもないと思われ、実際そこらを無視して読み進めると結構テンポよく読むことが出来ます。


ともあれ、本書は富士太郎を探す直之進らの探索の様子、富士太郎がさらわれた理由などが焦点となっていて、面白い、と言える作品になっていました。

鈴木 英治 目利きの難-口入屋用心棒(30)




佐賀大左衛門が新たに設立を目指す学問所の剣術指南方の師範代として誘いを受けていた湯瀬直之進と倉田佐之助の二人だった。しかし、約束の日に湯島にある待ち合わせの茶屋で待っても大左衛門之の姿が見えない。早速大左衛門の屋敷に向かうと、大左衛門は何者かに襲われ、両の目を切られていた。
丁度自分の縄張りに近いということで樺山富士太郎もやってきたため、直之進は大左衛門の警護につき、探索は富士太郎と倉田に任せることとなるのだった。



やっと新しい学問所の剣術指南方につくという新たな展開に入ろうかとしていたこの物語も、その矢先に、やはり犯人探しという捕物帳的な展開に入ってしまいました。

今回は、ある旗本の用人が、主人の猟官のために刀剣を贈呈する、という話から、刀剣の写し(模造)へと展開していきます。

本書の話自体は本書で完結するのですが、そこに直之進のかつての沼里時代の鎌幸(れんこう)という知人も絡んできて、新たな展開を見せ始め、鎌幸の絡んだ話は次巻以降へと続きます。

あるじのためにひたすらに尽くす用人、そしてその用人を何とか手助けしたいとする若衆。その用人は主人の猟官のためには人間の道を踏み外しかけているということを自覚しながら、主君に忠節を尽くすそのことの正当性を確信し、人としての道を見失ってしまいます。

侍という滅私奉公の意識のゆがんだあらわれと言っていいものなのか、この時代はそれが当り前ではなかったのかなどと思いながら読み進め地ました。

本書自体は取り立てて言うこともない話でしたが、例えば鎌幸の登場ような、これから先の物語展開に影響がありそうな、小さなエピソードがありました。

尋常の様子ではない樺山富士太郎の母親である田津が直之進を訪ねてくる場面で本書は終わります。次巻での展開への期待を持たせて本書は終わりるのです。

シリーズ当初に比べると、文章のタッチも含めて内容までもとても軽くなっているこのシリーズです。もう少し濃密さが欲しくなってきました。

E.E. スミス 銀河パトロール隊―レンズマン・シリーズ〈1〉





スペースオペラの中では名作中の名作と言われる、SF長編小説シリーズの第一弾です。

銀河系に跳梁する正体不明の宇宙海賊ボスコーン。超兵器を操り襲撃を繰り返す彼らに立ち向かうは、銀河文明を守るパトロール隊とその精鋭、レンズマンである。新人レンズマン、キムボール・キニスンは決戦に赴くべく、新兵器“Q砲”を搭載した最新鋭艦“ブリタニア”号で出撃する!横溢する超科学アイデアと銀河系さえ瞬時に越える壮大なスケール。スペース・オペラの金字塔。(「BOOK」データベースより)

私が本書を最初に読んだのは、確か高校三年生の時、真鍋博氏の独特なイラストのカバーで、一気に全7巻のシリーズを読破した筈です。再読しようとしても、我が家にも、図書館にも無かったのですが、いつの間にか図書館にも揃えてありました。

今回の再読までに五十年近くの間があります。訳者も小西宏氏から小隅黎氏へと変わっており、新版ではイラストもありません。代わりに、カバーイラストだけはスターウォーズシリーズでもおなじみの生頼範義氏になっていました。

生頼範義氏の描くカバーもリアルな迫力に満ちた画で素晴らしいのですが、若かりし頃に見た真鍋博氏のイラストを懐かしく思い出してしまいます。星新一氏の作品で多く使われてもいました。

さて本書ですが、訳者の変更の影響はさすがに分かりません。ただ、内容の古さの割に物語の面白さは損なわれておらず、相変わらずに面白い作品でした。

なにしろ、真空管という言葉が出てきたり、海図をチェックするように宇宙図の上で定規で航路を見出すのですから。更には宇宙空間にはエーテルが充満していることになっていますが、当時の理解では、宇宙にはエーテルという実体のしれない何ものかが存在しているというのが普通の理解だったようです。

また、恒星間の航法にしても、今であれば「スタートレック」シリーズに代表されるように、一瞬にして空間を飛び越える「ワープ」航法が一般ですが、本書では無慣性航法という特殊な航法がとられています。

銀河パトロール隊を首席で卒業したキムボール・キニスンは、新造艦ブリタニア号の艦長となり、宇宙海賊ボスコーンとの対決に赴き、ボスコーンの戦艦奪取などの活躍を見せます。そして、最終的にボスコーンのトップにいるヘルマスとの対決となるのです。

その間、龍に似た外見のヴェランシア人ウォーゼルや、まるで歩くドラム缶のようなリゲル人のトレゴンシーなどの力を借りつつボスコーンとの戦いに勝利していきます。また、負傷を負った際に生涯の伴侶となるクラリッサ・マクドゥガルとのロマンスなども描かれています。

なにより、本シリーズで一番に語られるべきはレンズです。アリシア人という超越した存在の手によってつくられたレンズは、複製はできず、精神的側面での驚異的な能力を持っています。その力により、レンズマンはテレパシー類似の力を得、異星人との会話も難なくできるのです。

この後、キニスンを中心として物語は進み、グレーレンズマン、第二段階レンズマンと成長し、更にはキニスンとクラリッサとの間の子らが主人公となっていくのです。

現代の「スターウォーズ」シリーズのような、宇宙を舞台にした冒険物語です。久しぶりに読んだこの作品は懐かしく、変わらない面白さを持っていました。残りの六冊をゆっくりと読んでいきたいと思います。

宮内 悠介 あとは野となれ大和撫子




中央アジアの小国を舞台にした長編エンタメ小説で、2017年上半期(第157回)の直木賞候補作となった作品です。

中央アジアのアラルスタン。ソビエト時代の末期に建てられた沙漠の小国だ。この国では、初代大統領が側室を囲っていた後宮を将来有望な女性たちの高等教育の場に変え、様々な理由で居場所を無くした少女たちが、政治家や外交官を目指して日夜勉学に励んでいた。日本人少女ナツキは両親を紛争で失い、ここに身を寄せる者の一人。後宮の若い衆のリーダーであるアイシャ、姉と慕う面倒見の良いジャミラとともに気楽な日々を送っていたが、現大統領が暗殺され、事態は一変する。国の危機にもかかわらず中枢を担っていた男たちは逃亡し、残されたのは後宮の少女のみ。彼女たちはこの国を―自分たちの居場所を守るため、自ら臨時政府を立ち上げ、「国家をやってみる」べく奮闘するが…!?内紛、外交、宗教対立、テロに陰謀、環境破壊と問題は山積み。それでも、つらい今日を笑い飛ばして明日へ進み続ける彼女たちが最後に掴み取るものとは―? (「BOOK」データベースより)


カザフスタンとウズベキスタンに挟まれたアラル海に面した場所にあるアラルスタンという国で、大統領が暗殺されてしまいます。政府の男たちはわれ先にと逃げ出してしまったため、後宮(ハレム)にいる娘たちが臨時政府を立ち上げるのです。

まあ、あり得ない舞台設定ではありますが、物語はライトノベルの感覚で進みます。ある種のファンタジーとも言えるのかもしれませんが、ファンタジーというにはリアルです。ファンタジックなのは、娘たちが政権を握るという設定と、若干の都合のいい話の流れであり、物語自体は現実の中央アジアの情勢をおさえた、現実味に富んだ物語です。

本書の第一印象として、まずはタイトルの「あとは野となれ大和撫子」というフレーズの響きのよさがありました。巻末の謝辞やネット上の著者の言葉によると、忍澤勉さんという人のつぶやきの言葉に感じ入り譲ってもらったと書いてありました。いわば、「タイトルから先に生まれたもの」なのだそうです。

読み進むと、舞台が中央アジアという私が全くと言っていいほどに知識のない場所でありました。まず驚いたのは、中央アジアで行われたという、「20世紀最大の環境破壊」という言葉です。物語上の設定ではなく、現実に起きた事柄であったのです。

本書の舞台となるアラルスタンという国家は、「20世紀最大の環境破壊」によりアラル海が干上がってできた土地に存在するという設定で、ロシアやカザフスタンなどに囲まれた、今なお、国際的にも微妙な立場にある地域なのです。

この地域は、著者によると「いわば絶望と希望がひとつになったような場所」だそうです。20世紀最大の環境破壊が行われた場所でありつつも、南北を分断するダムで北側だけでも湖を確保しようとする動きがあるそうです。(以上、「カドブン」 : 参照 )

そうした国で、娘たちが政権を担い、この国と共に生きようとする物語です。

ただ、面白い物語であることは否定できないものの、個人的な嗜好からは少々外れた小説でした。それは大部分の理由が、この地域のことを知らないという個人的なことに起因します。

小説の随所で語られる歴史や国家間の力学の説明が為されているのですが、なかなかそれが素直には頭に入ってきません。前提知識がないので当然といえば当然なのですが、この点は少々読むときのテンポが崩されます。

それと、背景説明の複雑さと共に、この作家の文章の特徴なのか、状況説明が少し半端なような印象があります。ある程度の流れを述べた後の結論を、すこしですが、読者の想像力にまかせるという書き方です。この点は、単に好みの問題に過ぎないのでしょう。

登場人物の中で、中心となる三人の娘たち、アイシャ、ジャミラ、そして日本人のナツキたちはそれぞれに魅力的です。特にナツキは作者が「私が夢を託した人物」というように、「イノセントな人物」であり、惹かれますね。

ただ、男たちは少々影が薄すぎます。作者自身「狂言回し」というように、軍人としては国軍大佐のアフマドフしかいないと言ってもいいですし、穏健なイスラム原理主義者で反政府組織であるアラルスタン・イスラム運動の幹部のナジャフも、ある種のこの物語のキーマンであるイーゴリも、現実にはいないであろうという点で出来すぎです。

特筆すべきは、物語の途中に挟まれるエッセイのような文章があるのですが、この書き手が本文中にも登場する日本人の青年なのです。最初は多分作者が現実に中央アジアを旅したことがありそうなので、その折の感想文なのかと思っていました。

しかし、そうではなく、本文中に登場する日本人青年の文章という設定だったのです。この視点は物語に厚みを加え、実に面白いものでした。

この本最後には数えきれないほどの参考文献が挙げてあります。この膨大な資料の上に、これだけ情報が詰まっていながら、それなりの読みやすさを持った物語が構築されているのだと痛感させられました。

めったに触れることのないイスラム文化圏を舞台にした小説です。私個人の印象は別にしても、一読の価値があると思います。

誉田 哲也 硝子の太陽Noir


沖縄での活動家死亡事故を機に「反米軍基地」デモが全国で激化した二月、新宿署の東弘樹警部補は「左翼の親玉」を取り調べることに。その直後、異様な覆面集団による滅多刺し事件が起こる。被害者は歌舞伎町セブンにとってかけがえのない男。社会に蔓延る悪意の連鎖を断ち切るべく、東とセブンの共闘が始まる! (「BOOK」データベースより)

硝子の太陽Rouge』を読んでからもう三カ月以上が経ち、やっと私の順番が回ってきました。丁度読んでいた冲方丁の大部の著作を読み終えるとすぐに借りに行ってきました。そして、一日をかけずして読了。というよりも、読み始めたらもうやめることが出来なくなったのです。

それほどに面白い。残念なのは『硝子の太陽Rouge』の記憶が薄れていたことです。もしこれから読む人がいたら、是非二冊同時に読んでもらいたい。そうすれば、本書二冊の面白さは三倍以上になるでしょう。

祖師谷一家殺人事件が描かれていた『硝子の太陽Rouge』に対し、本書の場合はフリーライターの上岡慎介の殺害事件が中心です。勿論、「歌舞伎町セブン」の仲間が活躍し、特に東弘樹警部補の動向が描かれています。「歌舞伎町セブン」の一員である上岡慎介の弔い合戦的意味合いも持っているのです。

上岡慎介が殺されなければならなかった理由は沖縄の基地問題にまで遡り、表面的には、上岡慎介が沖縄の基地闘争の盛り上がりの原因ともなった一枚の写真の偽造に気付いたことにあります。実際は、日米安全保障条約に伴う日米地位協定の破棄を目指す、跳ね返り運動家の動きがその裏にあったのです。

実はそのもう一つ先に、「ジウシリーズ」の「新世界秩序」の暗躍があるのですが、それはまだ先の話です。

何故か上岡慎介殺害事件の捜査本部には呼ばれなかった東警部補ですが、「左翼の親玉」とも呼ばれる矢吹近江の取り調べを担当することになります。

その捜査本部には姫川シリーズでおなじみのガンテツこと勝俣健作も入っていたのですが、「欠伸のリュウ」こと陣内陽一の店「エポ」でのガンテツと東警部補の邂逅の様子は見ものです。ちなみに、『硝子の太陽Rouge』で勝俣がくすねた上岡のUSBメモリーもここの場面で使われるのです。

見ものという点では、「祖師谷一家殺人事件」を担当している姫川玲子が東警部補を訪ねてきての腹を探り合いながらの会談の様子もそうで、『硝子の太陽Rouge』との共通の場面も当然のことながら出てきます。

このそれぞれの話し合いの場面など、実にキャラクターの違いが明確に描かれていて、物語に引き込まれずにはおれません。『硝子の太陽Rouge』と本書とを合わせ読むと、物語の世界が一気に立体感を帯びてきます。まるで三次元の図形のように、本書の物語の世界の上下左右への奥行きが一段と広がるのです。

ただこの物語が満点というわけではなく、物語の中でも語られていることですが、本書の敵役となる上岡の殺害犯人らの行動の意図、動機があまりに安易にすぎないか、という疑問はあります。

しかし、そういう点を差し引いても物語の面白さは少しも損なわれはしない、それほどの迫力を持っている小説だと思います。

硝子の太陽Rouge』のときにも書いたのですが、これまでのシリーズを新たな観点を持って再読したい気になりました。今エンターテインメント小説としての面白さを一番持っている、私の好みにも合致している、そう思える小説です。

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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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