彩瀬 まる くちなし





異様な魅力を持った、七編の短編からなる恋愛小説集だといていいと思います。第158回 直木賞の候補作になった作品集です。

第一話「くちなし」
不倫関係にあった恋人に、私は、男の腕を置いていくことと引き換えに別れ話を受け入れました。その後は男が置いていった腕とともに暮らしていたのですが、ある日、分かれた男の妻がやってきて、男が置いていった腕を返してほしいと言ってきたのでした。


何とも奇妙な物語です。人間の体のパーツを自在に取り外し可能な世界。そんな世界での愛憎劇です。「愛」の本質を問うてはいるのでしょうが、この話の持つ奇妙な世界に戸惑い、慣れる頃には話が終わっていたというのが本当のところです。


第二話「花虫」
赤い糸ならぬ幻の花は、結ばれる運命のカップルにだけ見えるという花で、この花のおかげで私はユージンと出会ったのでした。しかし、私の弟のハルトのやっていた「幻の花」の現象の研究は、私とユージンとの運命に関わるものでした。


人間の体に巣くう虫に住みつかれた男女の物語。人間の感情が、人間の心以外のものに支配されていたとき、人の持つ愛の心はどうなるのか。色々と考えさせられるとともに、この作者の紡ぎ出す物語の持つ奇妙な魅力が迫ってくるのを感じました。


第三話「愛のスカート」
出張カットの出先で会ったのは、高校時代の同級生であったトキワだった。当時から絵のうまかったトキワは人気のアパレルブランドを立ち上げていた。私の片想いは相手には通じておらず、今もトキワの心は別な女に向いている。


ミネオカのトキワに対する愛情表現の斬新さに驚いた物語でした。第一話「くちなし」での直接的な不気味さ、第二話「花虫」での間接的な怖さとは異なり、どこか薄紙一枚だけ今私たちとはいる世界は異なる普通の世界での、愛情のあふれた片想いの物語です。


第四話「けだものたち」
昼と夜を男と女で棲み分け、男はその小さな体を大きな体の女の庇護のもとに生きていて、怒りでケモノに変異したオンナが、愛したオトコを喰らうことが不思議でもなんでもない世界での、ひと組の夫婦の物語。


物語自体はたそがれの中で語られているようです。そして、全編がほのかなエロスで覆われています。この物語はどう捉えるべきなのでしょうか。物語の中での個々の描写は何かの暗喩でもあるようですが、そうではなく物語全体が「愛」についての明確な考察の上に成立しているようです。ただ、この話の最後をどのように捉えるべきものなのか、よく分かりませんでした。


第五話「薄布」
夫と会話の無い妻は、北の国から避難してきた子供をおもちゃとして密かな楽しみを得ていた。単に甘いものを与え、抱きしめ、眠る、それだけの行為。息子は父親に似てきて、母親とは口もきかない。しかし、妻はその遊びにも飽き、夕食の買い物へと向かう。


この話はそのままに今の私たちの生活に当てはまりそうな、会話も無くなり、家事だけの毎日を送る母親にそのままに当てはまりそうな物語でした。


第六話「茄子とゴーヤ」
この作品集にしては珍しい、普通(?)の世界の話でした。不倫相手とともに事故で亡くなった夫の籍からも抜けた女は何をする気も起きない。それが髪の色を新しく染めなおした日から、何かが変わっていく。


普通の主婦の普通の日常を切り取っただけの、何の変哲もない物語。しかし、一人の女のまぎれもない真実なのだろうと、女心のわからない自分には思えます。


第七話「山の同窓会」
クラスの女の子の半数はもう三回目の妊娠を迎え、お腹に卵を抱えていた。三回目の産卵を果たした女は大抵力尽きて死んでしまう。でも、私には妊娠の欲求が無かった。ニワ君は来ておらず、同窓会の帰りに顔を見に行くと、私たちを守ってくれる海獣になるところだった。


仲間が皆卵を産み、死んでいく中で、ただ老いていく私の姿をただ淡々と描写してあります。主人公の女はいかなる役割を持っているものなのか、またこの物語をどうとらえていいものなのか、よく分かりませんでした。



全体的に、ほのかに官能の香りの漂う作品集です。現実とは少しだけ異なる、しかしながらその世界での日常は、われわれの日常と変わらない生活が営まれています。

SF作品とは言えないのでしょうが、手法はSFのそれであり、女性目線での「愛」についての作品集でした。登場人物の名前もカタカナ表記で、異世界のニュアンスを漂わせています。

何とも奇妙な魅力を持った作品集で、恋愛小説を得意とはしない私ですが、他の作品も読んでみようかと思わせられた作品でした。
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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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