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原 尞 そして夜は甦る





極端な寡作家で知られる原尞の、強烈なインパクトを残したデビュー作の、長編のハードボイルド小説です。

原尞の新刊『それまでの明日』が出たことに驚いていたところ、伝説のデビュー作が、新たにハヤカワ・ポケット・ミステリから刊行されました。図書館で新刊コーナーに置かれたところだったのですが、誰も借りようとはしないみたいで楽に借りることができました。



私立探偵の澤﨑の事務所に海部と名乗る男が佐伯というルポライターについて聞いてきた。しかし、結局二十万円を置いて出ていってしまう。

その直後に美術評論家の更科修蔵の代理人弁護士の韮塚という弁護士から、佐伯というルポライターを知っているなら明日更科氏の邸まで来てほしいという電話が入った。

翌日、更科氏の邸まで行くと、更科修蔵の娘の佐伯名緒子から佐伯というルポライターを探して欲しいという依頼を受けることになった。



冒頭の澤﨑の事務所での場面で残されたのは、テーブルの上の金の入った封筒と、静かに漂う紫煙と「タバコをありがとう。口は悪いが、タバコの趣味は悪くない。」との海部の言葉でした。この場面だけで王道のハードボイルド小説だと分かり、そして読者はこの物語に惹きこまれます。

この冒頭の場面だけで、すぐにチャンドラーの作品を思い出してしまいました。雰囲気そのものがチャンドラーであるのと同時に、探偵が大富豪の家へ行き、そこで一人の女性と出会うという場面もチャンドラーで読んだ気がしたのです。読後に調べると多分チャンドラーの『大いなる眠り』だと思われます。


本書のプロットはかなり複雑です。登場人物もかなりの数にのぼり、誰がどのような役割を担っていたのかが分かりにくくさえなります。それでも、一つずつ謎が明らかにされていくにつれ、更に物語に引き込まれていくのです。

なにより、ハードボイルドの一番の魅力である主人公の性格設定が、まさにハードボイルドであり、探偵としての、また一人の男としての筋を強烈に持っていて、魅せられます。

ハードボイルドとしては必須の小道具も、両切りの“ピース”という渋いタバコです。今では知らない人も多そうな銘柄ですが、そもそも嫌煙運動華やかな現代では受け入れられないかもしれません。



私立探偵である澤﨑としては、公権力の利用ができれば実に便利であり、その協力者的立場にいるのが新宿警察署の捜査課にいる錦織警部です。ルパン三世の銭形警部を彷彿とさせるこのキャラクタ―もまた本書の魅力に一役買っています。

また、本書に関しては、ハヤカワ・ポケット・ミステリという世界的な叢書から出るということも見どころです。ハヤカワ・ポケット・ミステリ自体、 世界のミステリー作品を紹介している叢書であり、中学・高校時代に大人の本という印象を持っていた記憶があります。たしか、この叢書のSF版もあったはずですが、それはまた別の話でした。

勿論、文庫版も出ており、ハヤカワ・ポケット・ミステリへの思い入れのない人は文庫版のほうがいいと思われます。


今野 敏 精鋭





またユニークな警察小説がありました。

確かに警察小説です。しかし、ミステリーではありません。言ってみれば、警察という組織の紹介を兼ねた、一人の青年の成長譚でもある長編小説です。



柿田亮は警察官として任官し、まずは地域課へと配属され、その二ヶ月後には刑事課へと移されます。初任教養の後の配属、いわゆる「卒配」は研修の一環だそうで、いろいろな現場を体験させるそうなのです。

その後、いろいろな現場での研修を終え、一旦警察学校へ戻って二ヶ月間の初任総合教養を受けます。その後、卒配されていた所轄署の地域課へと配属されことになるのです。

そして、正式に所轄の警察署に配属された後、先輩から、警察の権力の防衛装置としての本質についての考えなどを教えられます。つまりは、外敵から国を守るのが軍隊であり、国内の強盗や窃盗、詐欺などの犯罪から国民を守るのが警察だというのです。

また、国の内部でのテロなどの不安定要素に対する警備部があって、その中に公安があり、身体を張って国を守る機動隊があるということを知るのでした。



以上のようにして、本書は警察の組織を紹介する小説ともなっているのです。

また、それぞれの配属先で突き当たる現実と、警察というものの在り方との間で悩み、何故そうした悩みを抱くか、の検討の過程で、その職場の職種とそれに対する警察官の心得を明らかにしてあります。

その結果、作者なりの一応の結論を導いたうえで、主人公を身体を動かすことを主にできる職場へと転身させています。その結果、警備という職分の中での機動隊という、普通の警察小説ではまず舞台になることはない分野が舞台となっていきます。

勿論、その場所ではその場に応じた新たな疑問が噴出し、それに応じた悩みに直面します。しかし、もともと学生時代の部活動としてラグビーをやっていた柿田はただひたすらに身体を動かすのです。


自分の現在、環境について悩む主人公の姿を追いかけるこの小説は、めずらしい青春小説としても捉えることが出来そうです。

それは中学生や高校生が主人公の青春物語とはまた異なる、現在進行形で社会で鍛えられている青年の成長物語という意味でのそれです。


ミステリーの要素は全く有りません。その代わりと言っては語弊がありますが、改めて日本という国のありようを考えるきっかけともなりうる物語でもあります。

警察組織の中で生きていく主人公は、警察とは何かを考えていくのですが、それは読者に対しての問いかけでもあるようです。警察組織は時の権力者の擁護組織として進化してきたのであり、そうした組織の中で、作者は、一人の警察官に、警察官は権力者を守るのではなく、市民を守る組織だと認識していると言わせています。

その考えは、後になって自衛隊の存在に関わる問いとなって、再度問いかけられます。

様々な読み方が出来る小説です。今野敏という自ら格闘技をマスターし、警察小説を数多く書いている作者だからこそ書ける小説だと思えます。

金子 成人 付添い屋・六平太 麒麟の巻 評判娘




付添い屋六平太シリーズの第八弾です。

第一話 大根河岸
青物問屋「加島屋」の主人・幸之助から下赤塚にある富士塚までの付添いを頼まれた六平太は、片道四里半(18キロ)を同行することになった。ここ三、四年、幸之助は道中で体調を崩してしまうというのだ。
第二話 木戸送り
六平太が稽古に通う四谷の相良道場に、常陸国笠松藩石川對馬守下屋敷の使い方、横田邦士郎が助けを求めて駆け込んだ。屋敷内で喧嘩から刃傷沙汰を起こした邦士郎は、なんとか無事外に逃がしてほしいと懇願する。
第三話 評判娘
六平太がなにかと世話を焼いている博江が、「当世 評判女」に東の前頭八枚目で番付入りした。物見高い男たちが勤め先の代書屋へやってくることに、武家出身の未亡人である博江は戸惑っていた。
第四話 二十六夜
妹佐和の夫音吉から付添いの相談を受けた六平太は鉄砲洲にいた。音吉の幼なじみ巳之助は、四年前に人を殺めた罪で遠島となっていたが、恩赦で江戸に戻ってくるという。音吉は巳之助が復讐に向かうことを恐れていた。(「内容紹介」より)


約一年半ぶりにこのシリーズ作品を読みました。久しぶりに読むことでかなり客観的な読み方になっていると思われます。

というのも、以前からこのシリーズは活劇小説というよりは人情物語としての側面の方が強いという印象だったのですが、本作を読んで改めて人情話だとの思いを強くしたからです。

第一話からして、六平太の物語ではなく、まったく青物問屋「加島屋」の主人の話に尽きます。富士講に行く幸之助が必ず数日間は体調を崩すため、心配した家族が主の付き添いを頼んできたのですが、案の定、主人は一人でどこかに消え、六平太には家族には内緒にするように頼むのでした。その裏には、主人幸之助の秘密が隠されていたのです。

本書に収められている四つの話はそれぞれに独立していて、第二話は六平太の剣術がメインの話になります。ただこの話に出てくる石川對馬守家剣術指南役の唐沢信兵衛が、残りの三話に顔を見せ、六平太との勝負を挑んでくるのです。

第三話は「当世 評判女」という江戸の町の良い女番付に振り回される長屋の男どもや、この番付に載った博江の困惑、それとは別に、六平太がいつも世話になっている木場の材木商「飛騨屋」の娘登世につきまとう男の物語という人情話です。

そして第四話は、六平太の妹佐和の夫音吉が、恩赦で戻ってくる島帰りということになる、幼なじみの巳之助をめぐる人情話です。

第二話以外は、六平太がいなくても成立しそうな話であり、六平太自らが絡んでくる第二話だけが六平太の剣の冴えが見どころになっているのです。

唐沢信兵衛という男との闘いが第四話で語られますが、第四話の話とは直接には関係の話ではあるものの、そこは連作短編シリーズものの強みであり、面白いところでしょう。

ともあれ、久しぶりに読んだこの物語は、時代小説として抜きんでている、とまではいかないものの、水準以上の大白さがあると思います。

辻堂 魁 はぐれ烏 日暮し同心始末帖





日暮し同心始末帖シリーズの第一巻です。

第一話
世間体や店のことばかりにしか眼がいかなくなっている分からず屋のおやじと、若者に一途な恋心を抱く娘、それに娘を想いながらも身を引く若者、という典型的な人情話を、人の良い龍平が纏めようと奔走します。

第二話
一人の童女が母親を探して欲しいと言ってきた。父親は行方不明になり、田舎に一緒にいた母親もいなくなったというのだった。
童女を巻き込んだ男と女の物語です。

第三話
何も知らない女房のもとに五年ぶりに帰ってきた夫の喜一は、実は強盗団の一味となっていた。上役から探索を命じられた龍平は、喜一の住む長屋に移り住むのだった。


『風の市兵衛』シリーズの著者の描く同心ものの時代小説です。実はこの作者にはすでに『夜叉萬同心』シリーズという北町奉行配下の隠密同心・萬七蔵を主人公とする同心ものもあり、本書とは時間軸を同じくしているところも見どころです。

本シリーズの主人公は、旗本でありながらもお目見え以下の不浄役人と呼ばれた町奉行所の同心職についている日暮龍平という男で、柔和な顔の下に小野派一刀流の剣の技量を備えていることは誰も知らないことでした。

≪その日暮らしの龍平≫と同僚から揶揄され、雑用を押し付けられても嫌な顔一つせずに仕事をこなしています。貧乏旗本の三男として「部屋住みでくすぶっているよりは、ましでしょう。」として町方同心の日暮家へと婿入ったのです。日暮家の一人娘麻奈との間には俊太郎という息子も得て、日々を充実した気持ちで送っているのでした。



この作者の文章は『風の市兵衛』シリーズでよく知っているところであり、本書においてもそのまま変わるところがありません。登場人物のキャラクターも魅力的であり、早く読んでおけばよかったと思うだけです。

特に、日ごろはおとなしく、その実凄い剣の腕前の持ち主という、ある意味ベタな設定を、小気味よく読ませてくれるという点ではやはりうまいものだ、というしかありません。

捕物帳という形ではありますが、人情話が主な本書です。ただ第三話に限っては、人情小説ではありつつも、つまりは主人公の日暮龍平の“実はヒーロー”という側面を見せるために書かれた作品だと言うべき物語です。

鈴木 英治 果断の桜 沼里藩留守居役忠勤控




沼里藩留守居役忠勤控シリーズの第二弾です。

実に意外な終わり方をした前巻ですが、あれから五年が経過しています。相変わらず、妻殺しの犯人を見つけることもかなわないままに、日々の生活に戻っていました。



ある日、賄頭の大瀬彦兵衛が二百両という金を横領し自裁して果て、大瀬の事情を知っていると思われる中間の耕吉も失踪して行方不明だという。文太郎は藩主の靖興から、文太郎自らの手で二百両もの金を横領したのか調べるようにと申しつかる。

ところがこんどは、藩士の植松新蔵が僧侶、若い女、行商人、そして浪人らを斬殺するという事件を起こしてしまう。早速。水野家代々頼みである与力の伊豆沢鉦三郎から報告を聞いた文太郎が藩主に報告すると、やはり藩の浮沈に関わることでもあり、藩の生き残りをかけて調べるようとの命を受けるのだった。



前巻から始まった新シリーズの色が、本巻では少し明確になってきたと言っていいのかもしれません。

前巻の終わりで自分の妻を殺されるという衝撃的な展開になった本作です。文太郎が、妖刀といわれる「三殿守」を使い辻斬りを繰り返していた浦田馬之助を捕らえた際、馬之介から「必ず苦しませてやる。」と言われた言葉が妻の死と関わっていないとは思えないのでした。

賄頭の大瀬彦兵衛が自裁し、植松新蔵による僧侶ら四人の通行人の斬殺という事件が立て続けに起き、藩主の靖興は深貝文太郎に直接に探索方を命じるのです。

文太郎はそれに応え、自らの足で植松新蔵の足取りを追い、植松の行為の影に隠された理由を探り出します。


本書はミステリーというには謎が謎として成立しているとは言えず、かといって、主人公の剣の腕が立ちはしますが、ヒーローものと言えるわけではありません。

強いて言えば、文太郎による捕物帳というべきなのでしょう。その点ではこの作者の『口入屋用心棒シリーズ』と同様の小説と言えると思います。

文太郎の妻が、何故に殺されなければならなかったのか、という大きな秘密を抱えたままにシリーズは進むと思われます。そういう意味では、次巻のでるのが待ち遠しいとまではいきませんが、気にはなりつつ、新しい巻が出たら読む、ということになると思います。

主人公の思惑に乗ってストーリーが進み、軽い剣戟もありつつ、テンポのいい物語の流れにまかせて時間が過ぎる、そういう心地よさのある作品であり、鈴木英治という作者の世界に浸る小説です。

原田 マハ たゆたえども沈まず




原田マハという作家は、ピカソを始め、ルソーやピアズリーなど、いろんな画家をテーマに作品を書かれています。そして今回はフィンセント・ファン・ゴッホの物語です。2018年本屋大賞のノミネート作品でもあります。

タイトルの「たゆたえども沈まず」とは、パリ市の紋章にある標語であり、強い風に揺れはしても、沈むことはない、という船乗りの言葉に由来するそうです。パリの真ん中を流れるセーヌ川の氾濫に悩まされていた人々は、如何に苦しくてもやがては立ち上がるのです。また、ヨーロッパの戦乱の歴史の中に翻弄されてきたパリの姿を現しているのだとも言います。

フィンセント・ファン・ゴッホといえば、「ひまわり」や「いとすぎ」をモチーフとした作品を想い浮かべますが、また日本の浮世絵から触発された部分が大きいという話も聞いていました。

本作は、そうした日本の浮世絵とゴッホの関わりも含めた、林忠正と加納重吉という二人の日本人画商と、フィンセント・ファン・ゴッホ、そして彼の弟のテオドルス・ファン・ゴッホとの物語です。

このうち、加納重吉だけは架空の人物です。多分、実在した林忠正という人物と特に弟のテオドルス・ファン・ゴッホ即ちテオとの間をつなぐ役として配置されたのだろうと思います。



故郷デンマークで、テオは子供のころから兄を慕い、兄のあとを追いかけて育ってきました。その兄が一足先にハーグのグーピル商会勤め、その後を追うようにテオもグーピル商会に勤めるようになりますが、兄フィンセントは仕事をやめ、テオはパリのグーピル商会の支店に勤務するようになります。

当時はまだ古典的なアカデミーの絵画が重視されていますが、時代はドガやモネといったいわゆる印象派と呼ばれる作家たちの画に注目が集まりつつありました。

そうした時代、ジャポニスムと呼ばれるブームのなか、日本の浮世絵が人気を博し各方面において多大な影響を与えていました。日本人画商の林忠正は、異国フランスのパリで日本の美術を異国に紹介していたのです。

そこに日本から加納重吉という男が林のもとにやってきます。何も分からない重吉でしたが、浮世絵を通してグーピル商会の責任者であるテオと出会い、のちにフィンセントの画に魅せられていくのでした。



本書も歴史小説と同じで、過去の事実と虚構とがないまぜになっています。どこまでが事実でどこからが虚構なのか、調べながら読み進めるのも面白いかもしれません。しかし、虚構ではあっても、登場人物のゴッホという画家に対する思いは熱く伝わってきます。

特にテオの兄フィンセントへの自分の分身に対するような、憎悪と愛情の交錯は、作者の想像とはいえ真に迫り、読む者の胸を打ちます。

そうした登場人物たちの織りなす人間模様も見どころですが、更には、当時のパリのブルジョアジーの絵画に対する認識や、浮世絵が当時の西洋絵画に与えた影響など、絵画に無知な読者にもわかりやすく描いてあり読み応えがあります。


しかし個人的な好みとしては、第155回直木賞候補にもなった『暗幕のゲルニカ』に軍配を上げたいと思います。ミステリー仕立てであり、エンタメ小説としての完成度は高かったと思うのです。ひとつには、「ゲルニカ」という作品の持つ社会的な意味が、作品自体にも力強さを与えているのかもしれません。

柚月 裕子 狂犬の眼




私がこの作家にのめり込むきっかけとなった衝撃的な作品が『孤狼の血』という作品でした。本書はその続編です。

孤狼の血』を読んでから二年以上が経っているのでその内容ははっきりとは覚えてはいませんが、確か最後は、大上章吾のあとを継ぐまでに成長した日岡秀一がマル暴の先輩刑事となり、後輩を叱咤というか指導している姿で終わっていたと思います。

本書は、マル暴刑事に復帰する前の、県北の駐在所に飛ばされたときの日岡の姿を描いた、文字通り『孤狼の血』後の日岡の姿を描いた作品です。



県北の山間の町の駐在所に飛ばされた日岡は、駐在所さんとして町の人々を相手にのんびりとした日々を送っていた。久しぶりに晶子のやっている「小料理や 志の」に現れた日岡は、対立する組の組長を殺した容疑で指名手配を受けている国光寛郎を見かける。

そのとき、国光は日岡に自分の正体を明かし、「ちいと時間をつかい。」「目途がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。」というのだった。

その後、日岡のいる駐在所へ国光が現れ、近くのゴルフ場の工事責任者として挨拶に来たと言ってきた。日岡は、先日「志の」で会ったときも、今回も上司には報告せずにいるのだった。



本書は、前作とはかなり異なります。前作で日岡の眼を通して描かれたのは大上章吾という型破りの男であり、その大上と付き合う極道の姿でした。

今回は、日岡と国光の物語です。極端に言えば、この二人だけを描いていると言ってもいいかもしれず、二人の男の繋がりを、広島弁に乗せて叩きつけるように描き出してあります。

本作品で、日岡は早く中央に戻りたいと切望し、それなりの成果を上げることを狙っていますが、そこに指名手配犯の国光という男が現れます。

ここで、指名手配犯の発見という報告を上に上げない日岡の思惑は、国光は何をしようとしているのかをつきとめ、自分の手柄をより強固なものにしようと図っているように描かれています。

その一方で、大上ならどうしたか、という問いを発して続けてもおり、「暴力団は所詮、社会の糞だ。しかし、同じ糞でも、社会の汚物でしかない糞もあれば、堆肥になる糞もある。」と思う日岡は、国光の正体を知ろうと情報を集めます。

しかし、「堆肥になる糞」であればどうしようと言うのか。その答えを持って行動しているのか、少々疑問には思いました。また、国光が初対面の日岡に対し、「必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。」との文言を吐いた理由が不明です。そこをもう少し明確にしてあればとも思ったものです。



一点、印象的な場面があります。国光が駐在所に現れたその夜、カチカチと時計の音が響く自分の部屋で、ひとりで拳銃を分解し、パーツをひとつひとつ丁寧に手入れする日岡の様子が描かれています。迷いに迷う日岡の内心へと踏み込んでいくようで、こうした描写の積み重ねが本書全体を構築しているのだと納得したものです。


日岡と国光の物語だと思う本書の構成は、あくまで警官の姿を描こうとしていた点でも前作の姿とは異なる気がします。大上は悪徳ではあっても警察官として一般市民に被害を及ぼさない方法を考えていました。

本書の場合、同じように一般市民への被害を食い止めようとはしていても、日岡の行動は警察官としての行動以前に、男としての論理が先行し、日岡という男の原点を描いているようです。

こうして見ると、もしかしたら、極道に通じかねない思考方法を持つ男として日岡という男が成長しつつあるとするのならば、そのできあがった大上の代わりとしての日岡という男の物語は更に続くのかもしれないという気がしてきました。

この作者の社会派の一面を前面に押し出した作品としての『佐方貞人シリーズ』に対し、極道シリーズとも呼べそうな男の物語として続いて言ってくれることを期待したいものです。

東野 圭吾 祈りの幕が下りる時




本作は、加賀恭一郎シリーズの第10作目の長編推理小説です。


三月のある日、越川睦夫名義で借りられているアパートの一室で女性の腐乱死体が見つかった。捜索願から被害者の身元は滋賀県に住む押谷道子ということが判明し、松宮は押谷道子が中学時代の同級生の舞台演出家浅居博美に会うために状況したことを知った。

滋賀の彦根で、押谷の営業先の老人ホームで、ある人物に対しアサイヒロミの母親ではないかと言っていたという事実を知る。松宮が浅居博美に会いに行くと、確かに中学時代の同級生の押谷道子が会いに来たと認め、またそこで思いがけなく日本橋署の加賀恭一郎の写真を見つけるのだった。

その後、加賀の事件現場から見つかった橋の名前の書き込みのあるカレンダーの話を聞いた加賀恭一郎は、自分の母親の遺品の中にも同様のメモがあったと言い、事件捜査に加わるのだった



本書を読みながら、松本清張の『砂の器』との類似性を感じていました。それは、今では成功し社会的な地位もある犯人と目される人物の悲痛な過去を探り出して明るみに出し、過去は過去として、そして罪は罪として断罪するというその構造からくるものだと思います。

事実、読後にネットで本書について調べると、本書の『砂の器』との類似を指摘するレビューが多数見つかりました。それくらい本書と『砂の器』とはよく似ているのだと思います。


勿論、似ているのは本書の構造だけであり、物語の内容は全く異なります。

本書の見どころは、何と言っても浅居博美の人生ですが、加えて加賀の母親の過去が明白になっていくことも大きな焦点となっています。

本書の導入部は意外性を持った始まりです。加賀恭一郎が本事件に関わる遠因が描かれているのです。そこから一気に押谷道子殺しへと物語は進みます。本書では松宮という加賀の従兄の目線で捜査が進みます。

ところが、加賀は自分の私的な事柄と本件とが結びつくことを知り、自ら捜査に乗り出すのです。

このシリーズの第八作目の『新参者』で日本橋署に移ってきた加賀恭一郎が日本橋署に居続ける理由が明らかになります。それはとりもなおさず、幼い頃に失踪した母親の物語に連なるものだったのです。

東野圭吾の作品は、人間ドラマの展開が、人間の心情の深いところへと繋がり描写される印象が強いのですが、本書もその範疇に入ります。

そして、時代性を反映して東日本大震災とその後の原子力発電所での除染作業の様子も詳しく描写されます。そうした時代性を見せながらも、追われる側と追う側のそれぞれに親と子の問題が描かれているのです。

物語としては少々設定が複雑に成り過ぎている印象が有りますが、それでもなお東野作品としての魅力を十分に持った小説だと思います。

ちなみに、本書は映画化され、2018年の1月に公開されています。勿論、加賀恭一郎はシリーズの他の作品と同じく阿部寛が演じており、松宮を溝端淳平、浅居博美を松嶋菜々子が演じています。

佐伯 泰英 浅き夢みし: 吉原裏同心抄(二)




吉原裏同心抄と題された、吉原裏同心新シリーズの第二弾です。



麻の願いで出かけた鎌倉の旅も終り、常の日々に戻った幹次郎たちだったが、柘榴庵では麻のための別棟の建設も順調に進んでいた。また、前巻で問題を起こした桜季が、また騒ぎを起こしそうになり、なんとか花魁への道を歩ませようとする幹次郎だった。

一方、鎌倉で襲われた「吉原五箇条遺文」に絡む一件は吉原内部から情報が洩れたと思われた。そこで、吉原での不審な出来事を調べると、江戸町にある半籬の萬亀楼の長男である増太郎が絞殺されていた。萬亀楼の当代の主は古希を過ぎた勇佐衛門であり、世話役も務めていて「吉原五箇条遺文」について知りえる立場にあったらしい。

南町奉行所定廻り同心の桑平市松に増太郎殺しの詳細を調べてもらうと、南本所番場町を縄張りにする本所の源助が、倅の暗がりの規一郎にやらせたのではないかというのだった。



加門麻の柘榴庵での別棟の建設も順調にすすみ、幹次郎、汀女との家族としての暮らしも軌道に乗り始めます。そして、幹次郎の身辺でも「吉原五箇条遺文」に絡む暗躍があり、本巻になってやっと新しいシリーズが動き始めたようです。

とは言っても、幹次郎は既に前巻での鎌倉への旅で何者かに襲われており、それは「吉原五箇条遺文」に関係した襲撃であったと思われるのですから、新シリーズの第一巻目からその布石はあったと言えます。

ともあれ、前巻での旅の物語とは異なり、まさに本シリーズの舞台である吉原の物語が展開されます。


廓の外に出た薄墨こと加門麻も新しい生活が始まったとはいえ、かつての自分の禿であった桜季はまだ何か屈託を抱えているようでもあり、吉原との繋がりは切れてはいません。

汀女も玉藻の結婚などもあって、店を切り盛りを任されている状態でもあり、やはり吉原との縁は強いものがあります。

そして幹次郎も、改めて「吉原五箇条遺文」の問題が浮かび上がり、今後も吉原の存続に力を尽くす必要がありそうです。


とはいえ、新シリーズに入る前に思っていたほどには物語の展開に変化は無いように思えた本書の流れでした。せっかくシリーズを一新したのですから、今後の思い切った展開を期待したいと思います。

今野 敏 防諜捜査




倉島警部補シリーズの第五弾です。

当初は、公安警察という珍しい分野の小説で、それもどちらかと言うとアクション小説に近い構成の物語でした。それが、前作の『アクティブメジャーズ』では倉島がゼロで研修を受けつことになって公安警察としての物語になり、本作に至っては、倉島が公安捜査員として独り立ちするエースと呼ばれる立場になっています。

小説の主人公として物語の中心にいるのは変わりないのですが、本書の倉島は誰かに頼るのではなく、自ら判断しメンバーに指示を出し、事件を解決するのです。



マリア・ソロキナというロシアの美人ホステス轢死事件に、倉島と同じ第五係の同僚である白崎敬が目をつけてきました。倉島はロシア大使館の三等書記官のアレキサンドル・セルゲイヴィッチ・コソラポフと会い、情報を収集することにします。

調べていくと、どうも事故や自殺としては不審な点が出てきます。そこに仲間の一人である伊藤から、都内の中学校教師がロシア人に命を狙われているとの届け出があり、マリア・ソロキナの事件もロシア人の殺し屋がやったとも言っているらしいのです。

倉島はかつての仲間でもある公安機動捜査隊の片桐秀一をも借り出し、マリアの事件を本格的に調べることとするのでした。



このシリーズの前作『アクティブメジャーズ』を読んだのが2013年10月ですから、随分と間が経ってしまいました。

前作あたりから公安警察の物語として展開しつつあったこのシリーズも本作にいたって、公安警察の物語として確立したように思えながらも、従来の刑事警察ものとの差異が物足りないとも感じます。実際のところ、前作『アクティブメジャーズ』に関しての本ブログを見ると、本作と同様の印象を抱いているようです。

というのも、事件の端緒が殺人事件と思料される事件であり、捜査の経過もロシア人女性の事故を偽装した殺人という形式で展開しますので、通常の刑事警察の小説とそれほど異ならないように思えるのです。

ただ、本書の中で倉島が自分の判断で捜査を開始し、チームを作り、捜査費用を貰いながらロシア大使館員から情報を収集する、などの特徴はあります。

そういう意味では公安警察の小説ではありますが、なお普通の刑事警察小説の香りをまとった物語として仕上がっていると感じるのだと思います。

ただ、本書の倉島は、若干ではありますが、まるで隠蔽捜査の竜崎署長のような印象を持ちました。以前は駆け出しの公安捜査員だった倉島が、本書では「作業班」として、部下を組織し、そして自由に指揮命令する立場になっていることを明示的に示しつつも、それなりに施行錯誤する様子が、署長という立場の竜崎と類似したものでしょうか。

どちらにしても今野敏の描く小説の面白さは十分に備えた物語でした。

佐伯 泰英 旅立ちぬ: 吉原裏同心抄




吉原裏同心抄と題された、吉原裏同心新シリーズの第一弾です。



自由の身となった薄墨太夫こと加門麻は、神守幹次郎とその妻汀女と共に、柘榴の家での暮らしが始まっていた。麻は、幼い頃に頃に母と行った覚えがある鎌倉へと行きたいと願い、三人で旅をすることになる。

ただ吉原では、吉原に四か所ある社の賽銭が何者かに盗まれるという事件が起きていた。また、かつて吉原からの足抜きを謀り、江ノ島で幹次郎らに始末された小紫ことおこうの妹で、薄墨が可愛がっていて新造になったばかりの桜季の様子がおかしい、などの問題があった。

錠前の知識を持っている人物を探しだした幹次郎は、南町奉行所定廻り同心の桑平市松の力を借りてその事件を解決し、また、桜木に聞きかじりの事実を吹き込んだ人物をも探し出しこれを解決する。

何とかこれらの事柄に始末をつけたあと、やっと鎌倉へと旅立つ三人だったが、彼らを監視する目もまたついてくるのだった。



吉原裏同心シリーズも新しいシリーズに入り、どんな物語になるのかと思っていましたが、少なくとも本書に関しては特別に変わった点はありませんでした。

ただ単に、花魁の薄墨が加門麻という本名に戻り、幹次郎と汀女との共同生活が始まった、というだけのことです。

美女二人とのひとつ屋根の下で暮らす幹次郎に対し、男のゲスな思いを抱きながら読み進めることになりますが、もちろんそうした事柄とは関係なく、幹次郎と汀女夫婦は、新たな家族である麻との新生活を始めるのです。

今回は特別な変化は見られないにしても、この後は吉原の存続に関わる「吉原五箇条遺文」なる御免状をめぐる戦いが主となり、この物語が展開していくのでしょう。

そこに、吉原の面々が幹次郎を立ててどのように戦うのか、その闘いに麻がどのようにかかわるか、など、興味は尽きません。

高田 郁 あきない世傳金と銀〈4〉貫流編





「あきない世傳金と銀」シリーズの第四巻目「貫流編」です。



惣次が家を飛び出しで十日以上も経った頃、三男の智蔵が惣次の隠居の手紙を持って五鈴屋にやってきたその日、これまでも世話になってきた桔梗屋が、惣次が相談に来たと言い、「ともに生きる不幸よりも、離れて生きる不幸を惣次はんは選らばはった。」というのでした。

心労のためか具合の悪いお家さん(富久)でしたが、智蔵が五代目徳兵衛を継ぐことを望みます。煮え切らない智蔵に業を煮やしたお家さんは幸を養子とすることを考えるのでした。

しかし、五鈴屋に現れた智蔵は、五鈴屋の後を幸もろともに引き受け、六代目徳兵衛となります。幸は兄弟三人に嫁すこととなったのです。智蔵は「自分は人形になり切って、幸の思うように動かしてもら」うと言うのでした。



よくもまあ、というほどに変転する幸の運命です。ご寮さんという立場は変わらないにしても、旦那が三人も、それも兄弟三人の女房としてご寮さんの立場を貫いていくことになるとは、思ってもみませんでした。

でも、商いに対しても、嫁に対しても無関心だった長男、商いは長けていたものの人に対する情が家けていた二男、商いの能力には欠けているけれども人への気配りは見事な三男と、よく性格設定をしたものです。

最終的には幸が一番活躍しやすい環境を与えたこの作者ですので、今後はその環境の中で幸が能力いっぱいに力を発揮し、五鈴屋を育てていく姿が描かれるのではないかと思ってはいるのです。

しかし、そう素直に展開するものか、この作者のストーリーテラーとしての力量からすると、まだまだ変転があるような気もします。

大坂商人のえげつなさが今のところその片鱗しか見えておらず、商売上の障害がいまだ低いことを考えると、今後の展開も五鈴屋の家内のことというよりも、商売上の困難が設定されると思うのです。

大坂ど根性ものとしての幸の成長が楽しみな一冊です。
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