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辻堂 魁 修羅の契り 風の市兵衛 弐





近頃体調があまりよろしく無く、本は読んでいてもそれを起こすまでには至りませんでした。今後も間はあくと思いますが、よろしくお願いします。



本書は、『風の市兵衛』新シリーズの第二弾です。

前巻で、南町奉行所臨時廻り方掛の宍戸梅吉が率いる捕り方の手から逃げおおせた殺し人の元締めの多見蔵は、信夫平八の仇である紺屋町の文六とその女房お糸を殺害すべく、別な殺し人に依頼します(序章 六道の辻)。

市兵衛自身は、自分が手に掛けた信夫平八の二人の子、小弥太と織江をつれ、新しい住まいへと移り住んでいました。

また、新しい生活のために渡り用人として家禄千二百石の旗本・大久保東馬に仕えることとなります。しかし、そこには用人の大木駒五郎という人物がすでにおり、市兵衛は大木の使い走りをさせられるだけでした(第一話 土もの店)。

一方、信夫平八と由衣の出奔する原因を作った宝蔵家の三男であった竜左衛門は、江戸でヤクザの用心棒をして糊口をしのいでいました。そこに平八と由衣の子らの消息を知り、仕返しをすると決意します。

その頃、大久保家から暇を出された市兵衛は、小弥太と織江とが行方不明になっていることを知るのです(第二章 仕かえし)。



前巻でシリーズも新しくなり、市兵衛の過去につながる話が展開されるものかと思っていたところ、少なくとも本書においてはそうしたことにはなりませんでした。

「第二章 仕かえし」までは、市兵衛が渡り用人として仕えた大久保家での出来事が中心となって展開します。

この大久保家での出来事はこの物語のメインストーリーではないのですが、市兵衛の優しげな風貌から市兵衛を軽んじる大久保とこの大久保家を食い物にしている大木とのやり取りが結構面白いのです。また、市兵衛本来の用人としての顔が非常に頼もしく、面白い展開になっています。

その後、小弥太と織江とをめぐる話となっていくのですが、そこに多見蔵と文六親分との確執、それに竜左衛門と信夫平八と由衣との物語が絡んでいきます。



このように、本書では色々な話が入り組んでいます。大きくは大久保家での市兵衛、そして信夫平八関係の話という二本の柱があります。大久保家での市兵衛の話だけは他から切り離して、これだけで一編の物語ができるのではないかと思うほどです。

この信夫平八関係の物語として、竜左衛門と信夫平八と由衣との物語があり、さらに文六親分と多見蔵の意を受けた三兄弟との話、それに、多見蔵と市兵衛との信夫平八をはさんだ確執という流れがあります。



この物語を終え、市兵衛は再び一人になります。今後どのような展開になっていくのか、再び吉野の一族が登場し、市兵衛が自分の過去と向き合う話になるものなのか全く分かりません。

今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。

田牧 大和 鯖猫(さばねこ)長屋ふしぎ草紙(二)





鯖猫(さばねこ)長屋ふしぎ草紙シリーズの第二弾の長編の人情時代小説です。

当然の話ですが、本書でもあいも変わらずに猫のサバが幅を利かせ、飼い主である青井亭拾楽を顎で使っています。

本書での焦点は、義賊「黒ひょっとこ」の偽物が現れたことでしょう。

それを気にした本物の「黒ひょっとこ」のまわりがなにかと気ぜわしく、偽物の動きを無視しようとしている本ものの「黒ひょっとこ」も我関せずでは済まない状態になっています。

その偽黒ひょっとこの動きを縦軸に、鯖猫長屋の住人の減少に伴う取り壊しを阻止すべく、サバを中心に、涼太という新しい住人の見当をつけたり、鯖猫長屋の新しい持主として、紅白粉問屋「白妙屋」の忠右衛門が現れたり(其の一 色男、来たる)、偽黒ひょっとこの投げ込んだお金で吉原に入り浸り、母親の薬料までつぎ込む男が出てきたり(其の二 戯作者、憑かれる)という話が展開します。

また、鯖猫長屋の住人の小間物屋の清吉が仕入れてきた小間物の中にあった翡翠の玉をめぐる騒動があり(其の三 猫書き、預かる)、北町同心の掛井十四郎くわわった偽黒ひょっとことの対決があったり(其の四 縞三毛、世話を焼く)と、拾楽もサバも大忙しです。

物語自体としては決して私の好みではありません。サバという猫を中心に、あやかしが現れ、ファンタジックな展開を見せることは全く問題は無いのですが、物語の運び自体が決して練り上げられた物語という印象がしない点が納得できないのです。

特に「其の三 猫書き、預かる」の話は、翡翠の玉が清吉の仕入れた物の中に入ったいきさつや、翡翠を探しに訪れた春蔵や廻船問屋の手代の三吉の登場が突然で、いくらファンタジーだとしても物語として乱暴です。

何よりも、本書全体の物語である偽黒ひょっとこの行動の動機が納得できるものではなく、どうしても物語に馴染めないままに読み終えてしまいました。

田牧大和という作者自体はかなり好きな作家さんなので、もうこのシリーズは読まないとまではいきませんが、できればもう少し趣きの変わった作品を期待したいものです。

辻堂 魁 暁天の志 風の市兵衛 弐




『風の市兵衛』シリーズも本巻から第二部が始まります。

この新しいシリーズでは、市兵衛の過去が明らかにされていくようです。興福寺で剣の修業を積んだことはこれまでも何度も紹介されていましたが、本書では、そこに至るまでの市兵衛の両親、そして祖父忠佐衛門のことまでも明らかにされています。

シリーズの展開が今後どのようになっていくものかはいまだはっきりとはしませんが、大きく変わっていることは、これまで皆が集まっていた一膳飯屋の喜楽亭が無くなってしまったことでしょう。

というのも、皆が名も知らず、ただおやじと呼んでいた亭主が卒中でで急死してしまったのです。いつの間にか居ついた野良犬の居候は鬼しぶが連れていったといいます。

今後、仲間が集まる場所はどうなるものか、候補となる居酒屋が登場してはいますが、これも今後どのようになるのか、いまだはっきりとはしません。

そうした変更点もありつつ、本書『暁天の志 風の市兵衛 弐』で一番の注目点は、市兵衛自身が吉野まで赴き、村尾一族の長に会い、自分の来歴をきちんと認識することになる、ということだと思われます。

そこで会った長は百十九歳にもなる篠掛(ささかけ)という名の老婆でした。その篠掛から、篠掛の娘で市兵衛の祖母にあたる梢花と市兵衛の祖父唐木忠佐衛門との話、そして忠佐衛門の娘で市兵衛の母の市枝と片岡賢斎との話など、市兵衛のこれまでの背景が明らかにされるのです。

その他にも市兵衛の身の回りに大きな変化が起きますが、その様子も今後の展開を待たなければどのように展開するものなのかまだ分かりません。

勿論、市兵衛の活劇場面も用意してあります。その上で、市兵衛に世話をしていくべき子らができたりと、なかなかに盛りだくさんの内容でもあります。

新シリーズとなって、市兵衛の環境は大きく変わりそうです。その上で、村尾一族と市兵衛とはどのような関係になるものなのか、これまで通り孤高の市兵衛でいるのか仲間ができるのか、今後の展開を早く読みたいものです。

高田 郁 あきない世傳 金と銀(五) 転流篇




「あきない世傳金と銀」シリーズの第五巻目「転流篇」です。



前巻で決まった、真澄やを敵に回して五鈴屋が桔梗屋を買い上げる話が、天満組呉服仲間の寄合で正式に認められ、五鈴屋はこれまでにも増して一気に大きくなりました。

かつての桔梗屋の奉公人とこれまでの五鈴屋の奉公人との仲もほどほどにうまくいっている中、幸は、江戸への出店を具体的な目標として考え始めるのです。

その年の霜月(旧暦11月)、幸の母親の房が亡くなり、妹の結は幸らと共に住むことになります。店の女衆とも馴染み、なんとか明るく暮らしていく結でした。

そんなとき、幸の妊娠が判明し、喜びに沸く五鈴屋でした。



今回の幸は、これまでの四巻ほどではありませんが、それでも普通の人にとっては大事件と言うほかない出来事に見まわれます。

そうした襲いくる逆境に対しても、強く逞しく生きるのが高田郁の描く女性であり、この『あきない世傳金と銀』シリーズの幸です。そして、新たな商売のあり方を考え、「買うての幸い、売っての幸せ。」という信条を常に胸に刻んで商売にまい進するのです。

大坂の商人の物語であり、つまりは幸自身のこともさることながら、五鈴屋という店の発展が描かれることになります。そのためには、商品を売る新しいアイデアが要求されますし、そのアイデアはもちろん現実に即したものでなければなりません。

そういう意味では作者の苦労は相当なものがあると思うのです。しかし、そうした苦労を感じさせることなく、物語は更に意外性を持って展開していきます。


もうそれくらいにして、いいのではないかと思うくらいの運命の変転に振り回されている主人公の幸ですが、本書においても最後にまた結構な衝撃が襲います。

あまり難題をふりかけすぎると、読み手にとってもは少々疲れる物語になるのではないかと心配になるのですが、そこは高田郁という作者の腕の見せ所なのでしょう。

これからの展開を待ちたいと思います。

伊坂 幸太郎 AX アックス





超一流の殺し屋だが家では恐妻家の「兜」という男を描く、2018年本屋大賞ノミネート作品です。



読み始めは、殺し屋の「兜」という男の、奥さんに対する過剰なまでの気の遣いようの描写に、世の夫たちの共感を狙うユーモアタッチの物語だと思っていました。

なにせ、第一章にあたる「AX」では、遅くに家に帰った主人公が、奥さんの目を覚ますことなく静かに食べることのできる食材は何か、という話で盛り上がります。結論は、魚肉ソーセージなのですが、全くの他人が同じ結論に至る過程は、どう見てもユーモア小説以外の何物でもありません。

ただ、本名を三宅という人公の職業が他人さまの命を奪う殺し屋だと言う点が異なるに過ぎないのです。



次の「BEE」では、ひたすらに「兜」の家の庭に巣くったアシナガバチの退治について語られるのですが、この章など、読み終えてから「だから何なのだ」と問われたら何も返す言葉もなさそうな物語です。このままなら本屋大賞ノミネートの意味も薄れるなどと思っていました。

しかし、次の「Crayon」あたりから少しずつ雰囲気が変わってきます。この章では「兜」は、いま流行りのボルダリングジムで松田という名の男性と知り合います。やっとできた親友と呼べる友を得、彼とのひとときの語らいを何よりも楽しみにするようになった「兜」でした。

その友達との語らいの中で、子供がクレヨンで書いた父の画などの話から、あらためて子供について、そして家族について考えるのですが、それは日ごろから考えている自分の裏の仕事について再考することにも繋がってくるのです。



そして「EXIT」では、再びできた友人の奈野村との小さな約束事を果たす中で、この頃頭を占めている裏の仕事からの引退を具体的に考えるようになるのです。

ここでの「兜」の描き方はなかなかに引き込まれました。そして、結構大きな意外性が待ち構えていました。小説の作り方としてのうまさは定評のある作者伊坂幸太郎の作品だと思い知らされます。



その感覚はそのままに最後の「FINE」まで引き継がれるのですが、ここでの物語の終息は、気づかないうちに貼られていた伏線を回収する過程であると同時に、「兜」という人物の心の裡を明らかにする過程でもあります。

そして、やはり本屋大賞ノミネート作品になり、五位という評価を受けた作品だけのことはあるという印象にたどり着きました。

クライマックスでのある仕掛けに若干の疑問点はあるものの、やはり定評のある作家の作品は読みごたえがあります。

今野 敏 道標 東京湾臨海署安積班




東京湾臨海署安積班シリーズ第十六作目の短編の警察小説です。

本書では、この物語の中心人物である安積剛志警部補と交機隊の速水との初任科での姿や、安積警部補と石倉鑑識官との出会いなど、安積班シリーズの隙間を埋める短編集であり、ファンにとってはたまらない作品です。

目次
初任教養 / 捕り物 / 熾火 / 最優先 / 視野 / 消失 / みぎわ / 不屈 / 係長代理 / 家族


『安積班シリーズ』は、臨海署の安積剛志警部補を中心とする捜査班が、個々人の個性を活かしながら、チームワークの力で担当する事件を解決していく姿が魅力となっているミステリーです。

このチームワークは安積班のメンバーだけでなく、鑑識の石倉係長や、交機隊の速水らも加わってのものであり、場合によっては、臨海署全体を一つのチームとして捉えることすらあります。

こうした仲間意識こそがこのシリーズの魅力であるとするならば、彼らの来歴もまた物語の一環としての関心事であることは当然であり、本書はそうした観点から描かれていると考えられます。


また、本書『道標 東京湾臨海署安積班』では、物語の視点を少々変えたり、同じ事柄を別で視点で描きなおしたりと、小説手法としてもいろいろと工夫されていることも見どころの一つと言えるのではないでしょうか。

例えば第一話「初任教養」では、初任科での安積と速水らの姿が描かれていますが、この物語の視点の持ち主「私」は同じ初任科の五人からなる仲間の一人で、名前すら明確ではありません。

この全くの第三者の視点で、安積と速水という人物を客観的に描き出してあり、現在の安積と速水それぞれの正義感、行動力の原点をうまく描写してあります。

また、例えば第四話「最優先」と第五話「視野」では、新任の安積係長のもとで起きた強盗事件を、東京湾臨海署刑事課鑑識係の係長となっている石倉と、村雨秋彦巡査部長のもとで鍛えられている大橋武夫巡査という異なる視点で描き出してあり、短編ではあるものの事件解決の過程の異なる側面を見せると同時に、安積剛志という人物像を立体的に描写してあります。

さらには、このシリーズではまだ新しい水野真帆巡査部長の横顔や、警察ではない東報新聞の山口という記者までも登場させ、多様な視点からの安積剛志を浮かび上がらせてあるのです。

このように、話の登場人物や時代背景、そして物語の視点を変えながら安積警部補という人物像を多面的に見つめなおすと同時に、チーム全体にも光を当てた読み応えのある一冊になっています。

小川 糸 キラキラ共和国





先週一週間、緑内障の手術で入院。経過良好で早めの退院ではありましたが、一週間のベッド生活はどうしても生活のリズムが崩れます。

その間の豪雨も全く感じることなく、ただテレビのニュースで各地の災害の状況を見るばかりでした。殆ど二年前に地震に遭い、ライフライン欠如の生活を経験した身としては、私どころではない災害に遭われた方々を心配するばかりです。


さて本書、2017年本屋大賞で第4位となった小川糸の『ツバキ文具店』の続編で、2018年本屋大賞の第10位となった作品です。

『ツバキ文具店』は、代書という仕事を通して依頼人の人生にそっと寄り添いながら、主人公自分自身の生き方を見直す日々を描き、特に祖母との確執のあったかつての自分との関係をあらためて取り戻していく過程が心に沁みる物語でした。



本書の主人公の鳩子は、前巻に登場したQPちゃんという五歳の女の子と、その父親の鎌倉でカフェを営むモリカゲさんと入籍しているところから始まります。

今はもうミツローさんと呼んでいるモリカゲさんとはまだ別居生活中の鳩子ですが、鳩子の家の近くにいい物件があり、近く店を移し、三人でともに鳩子の家で暮らすことになっているのです。



しかし、『ツバキ文具店』と比べると、今ひとつ心に迫りません。

鳩子が手紙の代書という人さまの人生に関わりながらその人の心情を手紙に託す、という仕事をしている点は変わりはありません。それなのに、何故印象が異なるのでしょうか。

それは、一つには前巻を読み終えていることで、読み手である私が、鳩子の生き方や代書屋という特殊な仕事についての前提知識をすでに持っていることが挙げられると思います。

鳩子の人柄や、代書屋についての新鮮な驚きは今回は無いのです。


そして、印象が異なる一番の原因は、先代である祖母についての描写が殆ど無いことにあると思えます。前巻『ツバキ文具店』では、先代の心の奥を知ることで先代の鳩子に対する想いをしっかりと受け止める鳩子のありようが、私の心を捕まえた一番のポイントだったような感じがするのです。

代書屋という職業や、鳩子の廻りの登場人物との関わりなど、それなりに印象的であり、感動的ではあったのですが、やはり鳩子の先代に対する心の繋がりの回復は胸を打つものがありました。


本書『キラキラ共和国』では、鳩子の母親と思しき女性も登場します。しかしながら、その点についての言及は二~三個所で少しだけ触れられるだけであり、結局消化不良だった気がします。

本書のテーマは、ミツローさんとQPちゃんとの生活、新たな親子関係の構築を楽しく、喜びのうちに行っている鳩子の姿にあるのでしょうか。その延長線上にはミツローさんの故郷である高知にいる家族との新たな家族の一員となる喜びもあると思われます。

そのことは、男爵とパンティーとの結婚、妊娠という事柄にも関わってくるようです。鳩子の母親と思しき女性を描いてあるのもその延長線上に捉えていいものでしょうか。それにしてはあまり書き込みはありません。



本書は本書で、ほとんど目の見えないタカヒコ君のお母さんに対する感謝の手紙の代書作業や、自分のことしか考えない夫でありながら交通事故で逝ってしまった夫からの謝罪の手紙が欲しいという葉子と名乗る女性の依頼、離婚したい妻と別れたくない夫との間での双方の代書など、挿話的にお客の人生が挟まれ、それはそれで惹かれます。

でも、どうしてもシリーズものの第一作を超える作品は無いとよく言われることが本書でも当たっているようです。本書は本書として読みごたえはあるのですが、前巻『ツバキ文具店』ほどではなかったのです。

とはいえ、悪人が全く出てこない善人ばかりの、普通の人の普通の日常の中にある幸せを描く作品として、小説としては私の好みの範疇からは一歩外にある作品ですが、たまには心あたたまるこうした作品もいいものです。

辻堂 魁 天地の螢 日暮し同心始末帖4




日暮し同心始末帖シリーズの第四弾です。

今回は、ある人間の、その生い立ちから今に至るまでの、悲劇的というしかない歴史に隠された一人の人間の悲哀を背景に、事件解決に奔走する龍平の姿が描かれています。

これまで、このシリーズでは「あらすじ」を各章ごとにまとめていましたが、やはりどうしてもネタバレ的でありよくないと思いなおしました。

あらすじは、公開されている「「BOOK」データベース」に任せることにします。


両国川開き大花火の深夜、薬研堀で勘定組頭が斬殺された。刀を抜く間も与えぬ凄腕に、北町奉行所平同心の日暮龍平は戦慄した。先月の湯島切通しと亀戸村堤での殺しに続く凶行だった。探索の結果、いずれの現場近くにも深川芸者くずれの夜鷹の姿が。やがて、人斬りと女のつながりにとどいた龍平は、悲しみと憎しみに包まれた真相に愕然とし―剛剣唸る痛快時代! (「BOOK」データベースより)



結局このシリーズは前回書いた「弱者の悲哀」という視点を持ったシリーズとして展開していくようです。ひたすら耐えるしかない弱者の怨み、憎しみを代わりに晴らす、という痛快小説の一つの形を踏襲していくと思われます。

ただ、本書『天地の螢』は、その路線そのままではなく、本人の復讐譚という話になっています。

それはそれでひとつの形であり、勿論本書も面白い物語です。

物語の展開として、話の筋の進め方、その場の舞台背景の描写など、読み手が次第に物語世界に引き込まれる描き方ができていて、違和感を感じることなく物語世界に入りこめるのは、やはり作者の腕のためだと思われます

先にも述べたように、このシリーズは決して明るい物語ではありません。でありながら、物語が暗く、そして重くならないのは、本書の最後での龍平と俊太郎との会話で場面で、

「俊太郎に倣って、真っ直ぐ前を見つめた。すると、ささやかだがとても清々しい気分が胸いっぱいにあふれた。父と子の進む道の先には、晩夏の果てしない青空が広がっていた。」


と描写されているように、主人公らの姿がいつも前を向いていて、決して後ろ向きではないことにその一番の原因があるのだと思います。

このところ、辻堂魁の小説にはまり、全部の作品を読破する勢いで読んでいます。それだけ私の好みに合致しているのでしょう。

痛快時代小説の今一番の作家さんだと思います。
プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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