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木下 昌輝 宇喜多の楽土





本書『宇喜多の楽土』は、第159回直木賞の候補作となった長編の時代小説です。

本書の作者である木下昌輝は、デビュー作である『宇喜多の捨て嫁』という作品で第92回オール讀物新人賞、第4回歴史時代作家クラブ賞、舟橋聖一文学賞、高校生直木賞の各賞を受賞し、そして第152回直木賞にノミネートされています。

この『宇喜多の捨て嫁』という作品は、本書の主人公宇喜多秀家の父親の宇喜多秀直とその周辺の人物を六編の短編で描き出した作品で、この作品があったからこそ本書も生まれたのでしょう。

その後、『敵の名は、宮本武蔵』という作品でも第157回直木賞の候補作品となっています。



私は木下昌輝の作品としてはこの『敵の名は、宮本武蔵』しか読んでいないのですが、『敵の名は、宮本武蔵』の物語のダイナミックさに比べると、本書は少々期待外れの作品でした。

宇喜多秀家という、歴史小説という分野を見渡してもあまり取り上げられることのない、どちらかというと影の薄い武将を取り上げていること自体は非常に好感が持てるのですが、どうも本書の主人公の宇喜多秀家の印象が薄いのです。歴史小説として掴みどころのない物語だと感じてしまったのです。


秀家は何故か秀吉に気にいられますが、本書では、そのきっかけを前田利家の娘で秀吉の養女である豪姫の言葉に求めています。そして、秀吉が秀家の首根っこを押さえた事柄として、秀家の落ち武者を逃がした事件を設定してあります。

ただ、この事件が物語にどのような意味を持っているか良く分かりません。秀家が一大名として秀頼に従属することになっていくとしても、それは戦国大名としての判断として一つの選択です。

ただ、秀家の生き方として心理的に秀吉に逆らえないという意味では意味があるのかもしれませんが、それならそれでその点を明確にして欲しいと思います。


また、細かな点かもしれませんが、秀家の従兄の左京亮の狂気にもどれほどの意味があるのでしょう。豪傑として知られる左京亮の異常性をこれほどまでに強調する意味もよく分かりませんでした。

この点にしても、主人公の秀家を心やさしい人間として設定してるのでその対比という点があるのかもしれません。しかし、そのためにあれだけの狂気を設定する理由とはならないでしょう。


宇喜多秀家という、皆、名前だけは知っていてもその実情はよく知らない戦国武将に光を当てた作品です。歴史小説が好きな人にとっては読むべき作品の一つになるのでしょう。

上記は批判的意見を書いていますが、何といっても直木賞の候補にまでなった作品ですので、上記の感想は私個人の主観的評価に過ぎません。もともとこのようなブログ自体が主観的意見の開陳という以上の意味は持たない、と言われればそれまでですが、こういう見方もあるということです。

あさの あつこ 雲の果





目次
一 もつれ雲 / 二 雷雲 / 三 雲煙 / 四 雲海 / 五 流れ雲 / 六 風と雲と / 七 叢雲の空 


とある仕舞屋の焼け跡から一人の女の死体が見つかります。その女の胸には刺し傷があり、殺されたものでした。

焼けた仕舞屋の持主は米沢町の米問屋阿波屋のものでしたが、先代作兵衛太が誰にも言わずいたため、二代目作兵衛太もその嫁も、全く当惑していました。

伊佐治は、遠野屋の清次郎に会いに来て、焼け跡から見つかった、焼け残りの鶯色の帯の切れ端を清之介に預け、調べてもらいます。ところが、先日亡くなった喜之助の遺品の中から、預かった布切れと同じ織の帯が見つかったのでした。



これまでのシリーズ作品と比べると、本書は物語としては実に単純です。

とある一軒家が焼け、その跡から一人の女の焼死体が出てきますが、その女について何の情報も出てきません。ただ、燃え残った着物の帯の切れはしが端緒となり、物語は思わぬ方向へと進みむのです。


本書は時代劇ミステリーです。しかし、本書をミステリーと呼ぶには少々戸惑いがあります。それほどに通常の捕物帳、時代劇ミステリーとは趣を異にします。

そもそも、このシリーズ自体が、同心信次郎と商人遠野屋清次郎との闇を抱えた不可思議な関係を中心として、岡っ引きの伊佐治を加えた三人の心裡を深く描きだそうとしていて、通常のミステリーとは大きく異なるのですが、本書では特にその思いを強く感じます。


本来、信次郎や清之助らの過去に遡ることもない本作品は、そういう点ではより普通のミステリーに近いはずなのです。

ただ、それぞれの心象を緻密に描き出すためでしょうか、物語の場面展開自体があまりありません。全くないわけではなく、信次郎、清之介、伊佐治とそれぞれに場面は移り変わるのですが、具体的な場面の数は他の小説に比べると格段に少ないと思われます。

それは、例えば、伊佐治と清之介との会話の途中に、伊佐治とその女房おふじとの会話や伊佐治と新次郎との事件についての会話の回想が入るなど、会話の途中で回想が入る場面が少なからずあり、それにより場面の転換に変えているところもあるのでしょう。


また、各人の心象の描写に紙数を費やしているのはいつものことですが、今回は伊佐治の思いがより強いようにも思えました。

女房のおふじや息子夫婦に店を任せ、岡っ引きの仕事にのめり込む伊佐治は、「江戸の巷にうごめく人々の表と裏を垣間見る」ことが面白いと、心象を吐露しています。

「信次郎の岡っ引きとして生きている限り、人が隠し持つ闇を知りことができる。人という生き物の深さにふれることができる。」として、岡っ引きという仕事から抜けることができないのです。


こうした心象の吐露はこれまででも主となる登場人物にに応じて記されてきました。このシリーズが人気があるのも、そうした人間の心理の描きだし方に読者が惹かれているからなのでしょう。



ただ、問題となる事件の関係者として清次郎のいわば身内が現れるなど、少々偶然がすぎる気がしないでもありませんが、そうして点は無視して読み進めましょう。


本書は、そうした場面の少なさや回想場面の多様などにより、本書の独特の雰囲気が醸し出されているようです。

そして、その場面ごとに視点の主が変わるのもこのシリーズの特徴であり、そのことが心象描写の緻密さと相まって本シリーズの特徴になっていると思われます。

今野 敏 任侠浴場




『任侠書房』『任侠学園』『任侠病院』と続いてきた、今野敏の大人気任侠シリーズ第四弾です。

今さら言うまでもないのですが、ヤクザが色々なつぶれかかった事業に手を貸し、これを再生してきたこのシリーズですが、今回は文字通り銭湯を舞台にした物語になっています。

端的に言うと、これまでのシリーズの中では一番面白くありませんでした。


話はいつもの通り、持ち込まれた銭湯経営の話に興味を示した阿岐本雄蔵が、代貸日村らを使い潰れかかっていた銭湯経営を立て直すというものです。

本書が他の作品と異なる点といえば、他の三作品に比べ、組長の阿岐本雄蔵自身が乗り出す場面が多いというところでしょう。阿岐本組長の人脈の広さ、知識の深さをフルに活用し、銭湯経営の障害となる事柄をひとつずつ排除していくのです。


それはこのシリーズの特徴でもある心地よさにも繋がるのですが、一方ではあまりに都合がよすぎるという側面も有しています。

ひとつだけ例を挙げると、銭湯経営者の家族の問題が銭湯経営の大きな障害となっていると見抜いた阿岐本組長の指示で、阿岐本組の地元の女子高生を手伝いに呼び寄せ、その子に関心を示した経営者の息子の力を借りることに成功しますが、これなどうまくいきすぎる話の典型でしょう。

年頃の男子高校生が可愛い女子高生に関心を示すことは確かに大いにあることでしょうが、だからと言ってそれまで全く手伝いもしていなかった銭湯の掃除などをやり始めるなど、出来すぎです。


このような疑問点は他にも少なからずありますが、それでもなお、阿岐本組長の話はどこか心に沁みる点があるのも事実です。だからと言っていいものか、話の都合のよささえもユーモア小説の常として無視して読み続けることにそれほどの違和感を感じなくなります。


ただ、本書が一番面白くなかった、という理由は他にあります。それは、銭湯経営の立て直しの方法がこれまでの作品に比してかなり安易に感じられる、という点です。

詳しくは読んでもらうしかないのですが、阿岐本組長の指示通りにすべて展開したとしても、銭湯経営を立て直すことが本当にできるのかという根本的な疑問が残るのです。


とはえいえ、それでもなお、本書は面白い作品ではあります。面白くないというのは他の三作品に比してという話であり、今野敏のユーモア小説としてやはり面白い作品であることに違いはないのです。

池井戸潤 下町ロケット ゴースト




本書は、第145回直木賞を受賞した『下町ロケット』の続編『下町ロケット ガウディ計画』に続くシリーズ第三弾です。

シリーズの第一作『下町ロケット』、第二作『下町ロケット ガウディ計画』はTBS系の日曜劇場で阿部寛を主演に、安田顕や立川談春、恵俊彰、土屋太鳳、それに吉川晃司ほかのキャストでテレビドラマ化され、大変な人気を博したシリーズです。

実はそれ以前にも、三上博史主演でWOWOWの連続ドラマWでドラマ化されていたのですが、WOWOWを契約していない私はそのことを全く知らずにいました。

TBS版のテレビドラマは豪華なキャストということもあってか大変面白く見させてもらったものです。しかしながら、やはりこの物語の面白さは原作にあります。池井戸潤という作家の痛快小説の作り方が非常にうまく、どの作品も読んでいてすぐに物語の世界に惹き込まれてしまうのです。

そして、本作『下町ロケット ゴースト』も勿論面白い作品でした。



今回の佃製作所は、まず帝国重工の業績悪化に伴う籐間社長の退任、及びそれに伴う大型ロケット打ち上げのスターダスト計画の見直しという佃製作所のメイン技術であるバルブ供給契約に関する経営上の危機にと工面します。

次に、佃製作所の別の大口取引先であるヤマタニからの取引縮小の通達を告げられます。更には、佃製作所の重要なメンバーである殿村の父親が倒れるという家庭の問題が発生するのです。

この取引縮小という危機に際し、佃製作所社長佃公平の新しい試みは、トランスミッション事業への参入でした。トランスミッションに関するノウハウを持たない佃製作所は、相談先のヤマタニからギアゴーストというベンチャー企業を紹介されます。



このギアゴーストこそがこの物語の核になる企業であり、佃製作所の今後の命運をも握る企業となります。

それは、この物語がギアゴーストの行うトランスミッション用バルブのコンペへの参加に伴う、佃制作所とその対抗馬である大森バルブとの競争の物語という意味であり、そしてまた、ギアゴーストと、そのライバルというには大き過ぎるトランスミッションメーカーの「ケーマシナリー」が仕掛けてきた特許権侵害の訴訟の物語でもあるということなのです。

こうした物語に佃製作所が大きく関わり、物語が展開していくことになるのですが、その様がまさに痛快です。

そして、この物語は一応の決着を見るのですが、ネタバレとは言えないでしょうから書きますが、話自体は帝国重工のロケット打ち上げに絡む物語となるだろう次巻『下町ロケット ヤタガラス』へと持ち越しになります。

こうし多構成は前回のテレビドラマの『ロケット編』と『ガウディ編』と同じつくりであり、原作自体からテレビドラマ化を意識した構成になっているのではないかと思います。

ともあれ、本書が面白いことに違いはなく、次巻『下町ロケット ヤタガラス』は今秋にも発売されるということですので楽しみに待ちたいと思います。

島本 理生 ファースト ラヴ





本書は家族のありようをテーマにしたミステリーで、第159回直木賞を受賞した作品です。


本書の主人公は真壁由紀という名の臨床心理士です。彼女は、父親を殺したとして服役している聖山環菜(ひじりやまかんな)という二十二歳の女子大生についての本を書くように依頼されます。

環菜の父親殺害の動機については分かっておらず、環菜本人も、自分が父親を刺した理由を探して欲しいくらいだと言っているほどでした。

真壁由紀という主人公自身も母親との間に確執を抱えており、更には、環菜の国選弁護人の庵野迦葉は由紀が大学時代に付き合っていた相手であり、現在の夫真壁我聞の弟だったのです。


本書の冒頭近く、由紀と迦葉との会話の場面があります。なんとなく迦葉の皮肉めいた言葉もあり、この二人の間に過去に何らかの関係があったのではないかと示唆されています。

その後、由紀と由紀の母親との間の微妙な関係も描かれ、なんとなくこの物語の人間関係の複雑さを感じます。

話が進むにつれ、、聖山環菜という被告人、そして由紀自身、更に庵野迦葉という中心的な登場人物の三人共に、それぞれの親との間に確執があります。その上由紀と迦葉との間には一言では語れない人間関係が推察されるのです。



残念ながら、このような人間の内面深くに根差した性格に基づく人間模様、特に男女の恋愛模様は私が非常に苦手とするところであり、そうだからこそ途中までは本書の価値を見出すことができませんでした。

本書が直木賞という賞を受賞する理由が全く分からなかったのです。このような作品はエンターテインメントとしてではなく、人間自体を見つめる芥川賞のジャンルではないのか、と思っていました。

しかし、本書も半分をかなり過ぎたところあたりから様子は変わってきます。それまでの人間中心の描写は、環菜の事件中心の展開となり、ミステリーとしての側面が前面に出てきます。

そこでは、迦葉は切れ者の弁護士であり、環菜は自分を見失った末に犯罪行為を犯した被告人として在り、物語は意外性の中に展開していきます。

そして、このミステリー小説としての面白さは、これまでの由紀らの調査の上に成り立っているのであり、だからこそのこの結末なのだと、やっと理解できるまでになりました。

やはり直木賞を受賞した小説でした。



しかしながら、それでもなお本書の前半の登場人物個々人の内面描写の部分は好みではなく、他の描き方もできたのではないかと思いますし、由紀らの行ってきた調査も本来であれば本書ではほとんど出てこない警察の捜査の中で明らかにされるべきものだという印象は残ります。

でも、そうした印象は個人的印象にすぎないものだからこそ、高評価を受ける作品なのでしょう。

上田 早夕里 破滅の王





第32回(2011年)日本SF大賞を受賞した『華竜の宮』を書いた上田早夕里による、日中戦争前夜の中国、特に上海を舞台にした細菌兵器をめぐるミステリータッチの物語です。また、第159回直木賞の候補作ともなっている作品です。



京大卒業後も大学の微生物研究室で働いていた宮本は、教授から上海自然科学研究所の話を持ちかけられた。1936年、二十五歳になった宮本は、上海自然科学研究所内の職員宿舎へと移り住む。

宮本を待っていたのは、国際的な環境下での自由な研究という期待通りのものだったが、しかし時代はそれを許さず、1937年の盧溝橋事件、次いで通州事件、第二次上海事変と立て続けに中国との衝突が起きるのだった。

そして1943年6月下旬、宮本は突然、共同租界の日本総領事館で、菱名総領事代理と南京日本大使館附武官補佐官の灰塚少佐から、とある文書の翻訳を命じられるのだった。

この文書に書かれているバクテリアこそR2v、暗号名キングと呼ばれる細菌であって、悪くすれば人類滅亡の引き金ともなるべきものだった。このあと、宮本はキングをめぐる争いに巻き込まれていく。



本書の読む前は、当然『華竜の宮』のようなSF作品だとの勝手な思い込みを持っていました。というのも、作者上田 早夕里の『夢みる葦笛』という作品集の中に「上海フランス租界祁斉路三二〇号」という短編があり、その作品が上海自然科学研究所を舞台にした物語だったのです。


しかし、本書の内容は全く異なるものでした。つまり、近代の戦争を語るとき、核兵器、生物兵器、化学兵器を指す「ABC兵器」という言葉を聞くことがありますが、本書はそのうちの生物兵器をテーマにした、シリアスな物語だったのです。

それも、本書巻末に載せられた50冊を超える参考文献の数でも分かるように、現実の歴史的、学問的な膨大な資料を読みこんで緻密に構成されたこの作者らしい物語であり、実に読み応えのある作品でした。



本書の主人公は宮本という研究者ですが、他に六川正一、早崎正二、嵯峨武史、真須木一郎といった研究者が登場し、「キング」と呼ばれる細菌について色々な立場からのアプローチを見せます。そのそれぞれに、研究者としての、そして人間としての顔があり、葛藤をみせるのです。

加えて、灰塚少佐という強烈な個性を持った登場人物がいて、この時代の軍隊の中で宮本らに大きな影響を与えます。この灰塚少佐が魅力的であり、この物語に大きな影響を与えています。


本作品のもつ魅力の一つは、時代背景を反映して、反対意見も明確な根拠を示しそれなりの説得力を持って描写してあるところにあります。そして、そうした執筆態度は『華竜の宮』を始めとする他の作品でもそうだったところを見ると、この上田早夕里という作者の持ち味のようです。

対立する意見を簡単に浅薄な意見として片付けてしまうのではなく、どうかすると読んでいる読者も引きずられてしまいそうになるまでに、考察し、考え抜かれていると思われるのです。


本書の面白さは、キングと呼ばれる細菌の行方にあると同時に、六川殺しの犯人は誰かという観点での興味もあります。日中戦争前夜の上海の雰囲気なども関心の対象ではありますが、やはりキング絡みのミステリータッチの構成に惹かれるのではないでしょうか。

ともかく、上田早夕里という作家の新境地を示した作品であることは間違いないと思われますし、SF作品と同様に惹きつけられる作品でした。
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このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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