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結城 充考 捜査一課殺人班イルマ エクスプロード




警視庁捜査一課の入間祐希警部補を主人公とする『捜査一課殺人班イルマシリーズ』の第三巻です。



大学で発生した水谷英治という物理学教授が死亡した爆破事件と同時に、元傭兵が近くのビルで五名を手製の武器で射殺している立てこもり事件が発生した。イルマは自分も負傷しながらも何とかその犯人、斉東克也を逮捕する。

次いである出版社の編集部で第二の爆破事件が起こる。大学の事件とは物理学関連という共通性があり、共に爆発物の送り状に書かれた「ex」という文字が残されていた。

捜査本部は水谷教授の同僚で行方不明になっている新発田準教授の犯行を疑うが、イルマはこの二つの事件に違和感を感じるのだった。



結城充考には『クロハシリーズ』というやはり神奈川県警の機動捜査隊に所属する女性刑事が主人公の警察小説があります。

このシリーズはSFの、それもサイバーパンクの匂いを持ったシリーズで、実際、電脳空間の描写もあり、他の警察小説とは若干雰囲気異なる小説でした。

しかし、本シリーズはそうしたことはなく、通常の警察小説です。ただ、まだ三巻目しか読んでいないのではっきりとは言えないのですが、アクション場面が多い印象があります。

端的に言うと、誉田哲也の『姫川玲子』シリーズの姫川玲子と同じ雰囲気を持った主人公です。男勝りの気の強い女刑事で、自分の推論を信じ、直情的に行動するその感じは、どうしても似た雰囲気を感じてしまいます。

ただ、本書のイルマ刑事の方が判断に至る過程で示される情報が少なく、より直感的であるような印象があります。更には、本書のほうがアクション性が高いということも言えるでしょう。



本書は、そのタイトルだけを見て、クロハシリーズだと思い読んだのですが、まったく別の主人公でした。入間祐希刑事を主人公とする新しいシリーズで、主人公だけがイルマと片仮名で表記される点だけがクロハシリーズとの共通点というところでしょう。

思いのほかに引き込まれて読んだ小説で、大沢在昌の作品に出てくる主人公のようでもある、などと思いつつの読書で、他の二冊も早いうちに読みたいと思うほどの作品でした。



読み終えてから気付いたのですが、本書は章内の項目ごとに視点が異なりますが、小文字で示された視点の主体の頭文字が項目のタイトルとして表示されています。例えば、視点の主体がイルマであれば“i”であり、斉東であれば“s”という具合です。

まあ、どうということも無い話ですが、先に気づいていれば少しは読書態度も変わったかな、と、思います。いや、あまり関係ないかもしれません。

誉田 哲也 あの夏、二人のルカ




誉田哲也の久しぶりの長編の青春小説です。



一人の女性が離婚し、仕事も辞め、生まれ育った谷中にある親の残したビルのオーナーとして帰ってきました。そこに新しくできていたのは乾滉一というギターのリペアマン(修理の専門家)がオーナーの「ルーカス・ギタークラフト」というギター及び日用品の修理の店でした。

いっぽう、家は貸しスタジオを経営していて無料でスタジオも、また貸楽器も使え、自身はドラムをやっている女子高生の佐藤久美子は、クラスで見かけた一本のアコースティックギターの持主を探し出し、蓮見翔子と谷川実悠とを誘ってガールズバンドを作ろうと目論見ます。

そこにバンドの話を聞きつけた真嶋瑠香、それに歌がうまいということで森久遥という二人が参加してきて、ここにガールズバンド「ルーカス」が誕生したのです。



誉田哲也という人は若い頃はプロのミュージシャンを目指していたというだけあって、音楽をテーマにした小説も何作か書かれています。本書もその仲の一冊であり、女子高校生によるガールズバンドの物語です。

本書の特徴としは、一つは女子高校生のバンド活動の様子が、一つは離婚し、仕事も辞めて生まれ育ってきた街に戻ってきた一人の女性の姿が描かれているという、二本の時系列があることでしょう。

そして、より特徴的だと思うのは、女子高校生らのバンド活動の描き方として、自身はバンド活動はせずに、手伝いや助言などはするものの、バンドを見ているだけの真嶋瑠香という子を参加させていることでしょうか。本当はバンド活動が先にありきの話なのですが、逆に女子高生の仲間が先にあって、その延長線上にバンドがある雰囲気なのです。

しかし、この真嶋瑠香という女の子が物語上重要な役割を担っているのです。こうした構成も誉田哲也のうまいところだと思います。


女子高生が新しくバンドを組み、活動を始める物語ですので、まずはレンタルスタジオの構造やエレキギターやベースをアンプにつなぐところから説明してあり、更にギターの奏法などについても物語の随所に挟みこんであります。バンド活動にのめり込んだ経験を持つ作者ならではかもしれません。

誉田哲也の小説らしいと思うのは、青春小説でありながら、時間軸を違えた二つの物語をかたりつつ、現在の時間軸の語り手が、かつての女子高校生のうちの誰なのかを小さな謎として残し、それを少しずつ分からせていく描き方にあります。

また、過去は佐藤久美子、現代は沢口遥と乾滉一の三人という異なる視点で描かれていきますが、こうした手法は誉田哲也という作者の得意とする手法のようで、よく使われています。勿論、その手法が効果的であるのもまたこの作者ならではなのでしょう。

本書もさすが誉田哲也と思わせられる作品でした。このところこの作者の作品にはずれはないと思えます。また、次作を期待したいものです。

大沢 在昌 俺はエージェント




肩の凝らない長編のコミカルなスパイ小説です。

主人公は007シリーズのジェームス・ボンドのようなエージェントにあこがれている村井という名のフリーターです。

パチンコの帰りに行きつけの「大衆居酒屋 ますい」へ行き、古本屋の百円均一で買った『エージェント・ハリー』シリーズを読み始めるところからこの物語は始まります。

スパイにあこかれている村井はひとしきりスパイに対する憧れを語っているところに、この居酒屋にいつもいる七十過ぎの白川という爺さんに一本の電話がかかってきます。

アパートに帰り主人公の部屋で、自分の部屋の目の前の部屋に住んでいる白川さん話をしていると、白川さんの部屋に何者かが侵入している姿が見えました。

白川さんにかかってきた電話は「コベナント」という現役復帰のコードを告げるものであり、そこから、元KGB、今はロシア対外情報部(SVR)のバランコフの助けを借りて、襲いくる敵の攻撃をかいくぐり、テロリストのネットワーク、即ちアルファに対抗してできたオメガの仲間を訪ね、復帰を促すことになるのでした。

ここから荒唐無稽な世界が繰り広げられることになります。



本書は『俺はエージェント』は、この作家の『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』のような男くさく、シリアスなハードボイルドチックな冒険小説とは異なる、ユーモア満載の活劇小説です。

それでいて、彼等エージェントの働くインテリジェンスの世界についてはけっこうリアルに描写してあったりと、大沢在昌の世界がたしかに繰り広げられています。

登場人物は皆、自分の正体を隠し、嘘をついている人物ばかりであり、裏切りに継ぐ裏切りの末に、読んでいて誰が敵で誰が味方なのか分からなくなるほどです。

しかしながら物語自体は決して読みにくいことはありません。気楽に読み進めることができます。ただ、少々説明的になっているところが気になりますが、さほど言うほども無いでしょう。肩の凝らないコメディ作品です。

アンディ・ウィアー アルテミス







マット・デイモン主演で映画化もされたベストセラーSF小説『火星の人』を書いたアンディ・ウィアーの第二作目となる長編のSF小説です。

本書の舞台は、月面上の街、アルテミスです。アルテミスは直径500メートルの中にある、アームストロング、オルドリン、コンラッド、ビーン、シェパードと名付けられたバブルと呼ばれる五つの巨大な球体から成り立っています。

ちなみに、この五つの名前は、現実に月世界へ降り立った五人の宇宙飛行士の名前です。

アルテミスは観光資源で成り立っていて、主人公たちは施設を維持するための労働者としてアルテミスに住んでいます。



主人公はサウジアラビア生まれ、アルテミス育ちの二十六歳。ジャスミン・バシャラ。六歳から付きで暮らし、物心ついてからは地球の土を一度も踏んでいないので、地球の六分の一しかない重力に慣れきっている。(大森望 解説 より)


このジャスミン・バシャラ、通称ジャズは、提示された巨額の報酬のために月の実業家トロンド・ランドヴィクからの、ある掘削機械の破壊工作の依頼を請けるのですが、その仕事をやりとげる前に、当のトロンドが殺されてしまいます。

トロンドを殺した犯人の情報を得るためにトロンドの家で会ったジン・チュウに会いに行ったジャズは、ジンの部屋にいた殺し屋に殺されそうになってしまいます。

何とか逃げ出したものの、ことは地球上の巨大犯罪組織の絡んだ事件へと発展し、アルテミスの崩壊を招きかねない危険な事態に陥ってしまったのでした。



ここまでが文庫本前巻のおおまかな流れです。本当は、最後の殺し屋との対決に至るまでに、アルテミス屋内での火災事故への対応の仕方や、屋外でのサンチェス・アルミニウムの精錬所での収穫期の破壊活動の様子などのサスペンスフルな場面が幾つか展開しています。

そうした場面でのテクノロジーの解説は、正直半分も理解できるものではありませんが、何となく理解できたような気分になるのですから不思議です。それは、主人公の一人称で普通の言葉で語られるその語り口にも理由の一端があるのでしょう。このことは前作と同様です。


その前作『火星の人』では、主人公はひとり取り残された火星で、何とか生き延びるために知恵を働かせ、身の回りにある品物で数年間を生き延びる算段をつけ、その困難を乗り越えるサバイバル術を見せてくれたのでした。

本作の主人公も、その明晰な頭脳を活かし、あるときは犯罪行為に手を染め、あるときは迫りくる危難を身近にあるもので回避します。前作と異なるのは、今回の主人公には助けてくれる仲間がいることです。

ただ、前回の主人公も軽口をたたくことはありましたが、それは火星という惑星で一人生きる中での独り言であり、淋しさを紛らわす手段でもありましたが、今回はそれとは異なります。かなり饒舌であり、悪口でもあり、喋り過ぎです。

独白ではあるにしても、少々無駄口が過ぎます。とにかく読んでいてリズムが狂い、物語を読み進める上でかなり邪魔に感じたものです。


ただ、先にも述べたようにSFとしての読者の知識の補完のための説明はやはりさすがなもので、主人公の行動の一つ一つを簡単に、分かりやすく、示してくれています。

それは月という地球の六分の一しかない重力のもとでの建物外での歩き方から始まり、建物に入る時のエアロックの使い方や、建物内での時間の決め方など、細かいところまで描いています。

つまりは、いわゆるハードSF的な展開ではあるのですが、ハードの要素をあまり感じさせずにストーリーが展開していくのです。

今後もこのアルテミスを舞台にした作品が書かれるかもしれないとのことですので、楽しみに待ちたいと思っています。

ちなみに、本作も既に映画化の話が決まっているそうです。こちらも早くみたいものです。

アン・レッキー 叛逆航路





本書は今まで読んだSFの中ではかなりユニークな小説でした。

「ヒューゴー賞、ネビュラ賞など『ニューロマンサー』を超える英米7冠制覇」という惹句に惹かれて読んだのですが、私の好みからはかなり離れたところにある物語でした。

面白くないと言うつもりはありません。と言うよりも、物語としてはそのアイデアは素晴らしく、圧倒されたというところが正直な気持ちです。

ただ、読みにくい。

ユニークな舞台設定については何の説明も無いままに物語は進みます。物語が進展する中で、主人公は誰(何)なのか、主人公が助けた人物は何者なのか、主人公の目的は何なのか、そしてこの物語の世界はどういう世界なのか、などが少しずつ明らかになっていきます。

ですから、冒頭はまったく物語についていけません。読者は置き去りにされたまま話だけが進みむので、若干嫌気がさします。本書の世界がユニークである分、その気もちも大きいのです。



物語についていけないのは部隊の背景説明がないという理由だけではありません。この物語では、正確には本書の舞台となるラドチという社会では“性”という概念が全く異なります。と言うよりも性差が無いのです。ですから(と言っていいものか)、第三者のことは常に“彼女”と表記してあります。

また、外国の文学ではしばしば目にしますが、文章が冗長に感じられる個所が随所にあるのです。翻訳という作業を介するので一概には言えないのですが、もう少し簡潔に表現できないものかと思います。

また、会話の流れについていけない個所も散見されます。少々高尚に過ぎると言うか、意味が汲み取れない個所があります。ただ、これは読み手たる私の問題であり、作者に文句を言うことではないかもしれません。



以上、不満だけ述べてきましたが、この物語はそれ以上にアイデアの宝庫であり、SFの自由度をフルに使っている物語と言えそうです。そのユニークさは類を見ないのです。

即ち、主人公ブレクは人間ではありません。宇宙戦艦に搭載されていた、と言うよりも宇宙船としての自意識を持ったAIと言ったほうが正解かもしれません。

更に、属躰(アンシラリー)という概念が登場します。属躰とは、捕虜となった人間の脳に「軍艦のAI人格を強制上書きし」た「強力な生体兵器」であり、「艦船と属躰とは全体で一つの存在となる」のです。艦船はこの属躰を同時に二十体持つことができます。

この属躰は艦船だけではなく、宇宙空間に建造された人工居住施設であるステーションも、また皇帝であるアナーンダ・ミアナーイも持つことができるのです。

つまりは同一人格の存在が同時に複数個所に存在することができ、複数個所での出来事を同時に認識することができることになります。ブレクは二十体の属躰を持つことができますが、アナーンダ・ミアナーイは「何千体ものからだをもち、同時に何百か所にも存在する」ことができるのです。


こうした設定は、SFが好きな人以外は全く読み進めることができないでしょう。それほどにユニークな舞台設定であり、アイデア満載のSF小説です。


本書の主人公ブレクはこの属躰でありますが、艦船本体も他の十九体の属躰も今はおらず、単独の存在となっています。

この属躰であるブレクがとある星で出会ったセイヴァーデンを助けるところからこの物語は始まり、助けられたセイヴァーデン自身も、読者同様に何も分からないままに主人公について行くことになるのです。

先にも述べたように、主人公の旅の目的は読み進めるうちに明らかになります。

そして、主人公の一応の目的が達せられたとき、私はこの物語にはまだ続編があることに気がついたのでした。本書は本書として一応の結末を見ることはできます。しかし、本書は全三部作の第一部でしかありませんでした。

原 尞 それまでの明日




原りょうの14年という間を置いての「沢崎シリーズ」最新作です。



十一月の初め、金融会社の新宿支店長の望月皓一という男が、赤坂の料亭業平の女将の身辺調査を依頼してきた。とりあえず業平について調べると、調査対象の女将は六月には亡くなっていたのだった。

依頼者に電話をするが捕まらないため金融会社の新宿支店を訪ねると、たまたま二人の強盗が押し入ってきた。支店長はおらず、金庫もあかないため、犯人の一人はもう一人を置き去りに逃げてしまう。警察の立ち合いのもと支店長室の金庫の中を確かめると、四~五億の現金の入ったケースが出てくるのだった。

そこで、望月のマンションを訪ねるとそこには同居人のものらしい死体が見つかり、ベランダで<こむらさき>という料亭のマッチを見つける。そのマンションの表で出会ったのは、強盗事件のときに居合わせた海津という青年だった。



私がこの作者原りょうの作品を始めて読んだのが2004年11月に出版された『愚か者死すべし』で、それを読んだのが2013年の7月だとメモに残しています。

(本当はその前に読んだことはあるはずなのですが、かなり昔であり、タイトルも覚えていないので、上記『愚か者死すべし』を最初に読んだ作品ということにしておきます。)

そのメモには、「何か感情移入できない」とも書いているのです。五年も前に読んだ作品なので詳しい内容は覚えていませんが、ストーリーに何となくの違和感を持った記憶があります。

次に、世界的なミステリ叢書であるハヤカワ・ポケット・ミステリから沢﨑シリーズの第一作である『そして夜は甦る』が出されたのでそれを読み、かなり惹きこまれて読みました。この作品はチャンドラーの『大いなる眠り』を彷彿とさせる作品で、まさにハードボイルドであり、その細かな描写と共に主人公沢崎の魅力にあふれた作品として、面白く読んだのです。


次いで最新刊の本書『それまでの明日』に至ります。ところが、本書『それまでの明日』では、また一歩引いてしまっている自分がいます。どうにも物語世界に入り切れませんでした。はやり、ストーリー自体に不自然さを感じたのです。

冒頭の沢崎のもとに来た依頼人の描写や依頼人との会話、その後の、調査対象が既に死亡していた、というところまでは非常に期待できる流れでした。

しかし、その後の強盗事件に巻き込まれたあたりから何となくの違和感を感じ始めます。依頼内容を果たしていくうちに別の大きな流れに遭遇し、巻き込まれていくという設定は一つのパターンですが、そこに正体不明の若者が絡み、話は少々見えにくくなっていきます。


これは後で思ったことですが、本書のストーリーは特別な山があるわけではありません。途中ではっきりとしたイベントが起きるわけでもなく、ただ、新事実が少しずつ明らかにされていくだけです。

そうしたあまり大きな山の無い物語の運び方が、近頃のテンポの速い物語になれた身には物足りなく映ったのかもしれません。また、海津などというよく分からない人物の登場などもその理由なのかもしれません。



でも、「第二級活字中毒者の遊読記」の焼酎太郎さんが「でも14年ぶりですよ。細かいことはいいじゃないですか」とおっしゃることには大賛成です。七十歳を超え、なお本書のような作品を書かれるそのエネルギーには脱帽するばかりです。

本流のハードボイルドとして読み応えのあることは間違いないのです。是非続編を期待したいものです。

本城 雅人 傍流の記者





プロローグ / 第一話 敗者の行進 / 第二話 逆転の仮説 / 第三話 疲弊部隊 / 第四話 選抜の基準 / 第五話 人事の風 / 第六話 記憶の固執 / エピローグ 


本書は、第159回直木賞の候補となった作品です。

第一話は警視庁キャップの植島昌志、第二話は調査報道班キャップの名雲、第三話は司法キャップの図師、第四話は遊軍キャップだった城所、第五話は国税庁担当の土肥、第六話では人事部の北川友介の姿が描かれます。


本書に書かれている記者たちの姿は実にリアリティに富んでいます。事実、著者自身が元記者であり、第一話「敗者の行進」でのエピソードが著者自身の経験をもとに書かれているのだそうです。

その現実感、迫真性の上に成立している本書は、プロローグとエピローグを除き、六人の同期の視点で、六つの話が語られています。その上で各話は連続していくのであり、全体で一編の物語を仕上げています。



五人の個性の異なる記者を、出世争いの中で一人抜け出した北川という男を中心に描き出しているこの物語は、ミステリーではありませんが、貼られた伏線を最後に回収するその手法は、ミステリーに似ています。


本書は新聞記者を主人公とする小説です。しかし、新聞記者を主人公とする多くの小説がそうであるように、「表現の自由」や「報道の自由」といった社会的な問題をテーマにした小説ではありません。

たしかに新聞記者が主人公である以上は記者としてのスクープ合戦などの見どころであり、そうした場面も描かれています。

しかし、本書はそうした記者としての仕事のほかに、会社員としての側面をも描写してあるのです。それは出世競争であり、保身であり、また家庭人としての側面でもあります。

各個人に記者という職業に対する考えがあり、新入社員時代から、中堅、そしてベテランへと成長していく彼らの姿は、社会で活躍している多くの人たちの心をうつのではないでしょうか。


そんな社会人としての記者たちが、それぞれの強烈な個性を発揮しつつ、最終的にそれぞれの信じる「正義」のもとにとある行動に出る姿は喝采を送らずにはいられないのです。


警視庁記者クラブ、司法記者クラブ、調査報道、遊軍、国税庁、そして人事部に分かれた東都新聞同期入社の六人の動向が見事に収斂していく様は見事しか言いようがありませんでした。
プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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