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麻生 幾 アンダーカバー 秘録・公安調査庁




インテリジェンスの世界を舞台にした、非常にリアルな長編のミステリー小説です。

公安調査庁の分析官・芳野綾は、現場調査官である沼田から、武装した大量の中国漁船が尖閣諸島に向けて4日後に一斉出航、6日後の早朝には上陸して実効支配するという報告を受ける。しかし関連省庁はいずれもその情報を否定し、沼田に情報提供した協力者にしてもダブル(二重スパイ)の疑惑が掛けられる。そして綾の必死の分析を嘲笑うかのように、巧みに仕掛けられた壮大な陰謀がカウントダウンを始めた!『ZERO』の麻生幾が放つ、ノンストップ諜報小説!書き下ろし。(「BOOK」データベースより)



公安調査庁は、昭和二十七年、日本がアメリカの占領下から解放された翌年、かつての特高、特別高等警察出身者や陸軍の特務機関間員らによって設置されました。同時に制定された破壊活動防止法で任務が規定され、当初は破壊活動や危険な扇動を行う集団、団体や個人の情報を収集するための中央官庁としてあり、調査第一部という国内担当部門が活動していたそうです。

調査第二部の任務は公にされることはなかったそうで、後に国際情勢の変化に伴い、国家の政策を決めるための「情報サービス機関」および官邸からのオーダーを実現させる「オペレーション機関」へと変貌していきました。

日本の公安警察の「ZERO」という機関は、その任務はあくまで容疑者を逮捕、送検することにあり、それがゴールです。一方、公安調査庁の任務のゴールは政治決断者に情報をサービスすることです。



本書のあらすじはあまり必要がない気がします。ざっとした筋を知りたいという人は、「BOOK」データベースの文章で十分ではないでしょうか。

つまり、本書の主人公は公安調査庁の分析官・芳野綾という女性ですが、本当の主人公は「情報そのもの」ではないかと思えるほどに、集められた情報処理の過程こそが本書の見どころなのです。



物語は、尖閣諸島の実効支配に向けて船団が出発するという情報に接した主人公が、その裏を取りつつも、その信ぴょう性を疑う上司を説き伏せ、日本国の危険を回避する努力を描いてあります。

その過程で、自衛隊、特に本書では海上自衛隊の一線の将校の姿も描かれ、尖閣諸島という現実に紛争の発火点ともなりうる場所をめぐる諜報戦は、サスペンスに満ちた物語として出来上がっています。



これまで色々なインテリジェンス関連の小説を読んできましたが、本書が一番リアリティに富んでいる印象を受けました。

勿論、あくまで小説であり、かなりな誇張、デフォルメがされていいるとは思います。それでも我々が平和な日常を送っているその裏では、本書のような活動があっていることもまた事実ではあります。

本書の話は、個人的にそうした世界に身を置いていた人物を知っていたこともあって、単純にフィクションとして片付けられない話なのです。



ただ、意外な展開を見せる結末は個人的には不要ではないかと思いました。それまで感じてきたその真実性が、かなり差し引かれることになったからです。

いずれにしろ、公安調査室を舞台にした小説は珍しく、ましてや情報分析という作業を誇張があるとは言え目の当たりにできることは、かなり惹きこまれて読んだ作品でした。

鈴木 英治 赤銅色の士-口入屋用心棒(40)





口入屋用心棒シリーズの第四十弾です。



鉄砲州稲荷近くの海にやってきたかわせみ屋の主人庄之助は、思いもかけず呉太郎と出会ってしまい、大事の前の小事と、この男を手にかけてしまう。

一方、外回りをしていた米田屋琢ノ介は乾物問屋「出水屋」で、出水屋に因縁をつけてきたかわせみ屋の公造という男を簡単に退けてしまう。ところが、米田屋近くで、木刀を持った三人の男に叩きのめされ、命を落としかねない怪我を負ってしまうのだった。

琢ノ介が襲われたという連絡を聞いた樺山富士太郎は、琢ノ介からかわせみ屋の先代の恒五郎が怪しいという話を聞く。

かわせみ屋の庄之助や恒五郎は、琢ノ介を襲ったことはないという。その帰り、金之丞という五十過ぎの岡っ引きが富士太郎に声をかけてきて、庄之助という男を見張っているというのだった。



今回、新たに庄之助という男が登場します。何故か秀士館に対し異常な対抗心を持っており、秀士館をつぶすことを一つの目的としているようです。他にも何らかの大望を抱いているようで、そこらのことはまだ何も分かっていません。

若干のマンネリ感を感じていいたこのシリーズですが、本巻は少なくとも面白さを取り戻している印象を受けました。

本巻では直之進は勿論、佐之助も殆ど活躍しません。庄之助という正体不明の男の行いを追いかけているだけです。何より、その正体不明感は、本書の意外な終わり方をもって倍増しています。


直之進にとって、いや秀士館にとっての大きな敵が現れたと思っていいのでしょう。この庄之助という男が今後どれほどの敵として現れるのか、大いに期待して続刊を待ちたいと思います。

結城 充考 捜査一課殺人班イルマ ファイアスターター





捜査一課殺人班イルマシリーズの第二作目の長編ミステリー小説です。



東京湾の北部中央、陸から約10キロメートルも離れた場所に浮かぶ新日本瓦斯開発株式会社の天然ガス掘削プラットフォーム「エレファント」で死亡事が発生した。折しも襲いかかろうとしている台風の悪天候の中を、調査のために警視庁捜査一課殺人班のイルマこと入間祐希が「エレファント」にやってきた。

新日本瓦斯開発株式会社のHSE統括部長である伍藤貴教は、この施設の順調な運営をのみ考え、できるだけ事故として処理しようとしている。

イルマが到着後から嵐はひどくなり、社員への事情聴取を進めるなかで、衛星通信用の大きなアンテナが折れ曲がり、使い物にならなくなっていた。

アンテナは嵐で壊れたのか、それとも爆弾魔≪ボマー≫により破壊されたものなのか。そのとき、監督室からデリックの土台部分に人がいるのが見えるのだった。



本書は、本格派の推理小説ではありません。でありながら、状況はいわゆるクローズドサークルのように、施設内に閉じ込められた人間に限られています。そして、その限られた施設の中にいる≪ボマー≫を見つけ出す、というサスペンスフルな物語になっています。

ただ、どちらかというとアクションメインの物語であり、イルマという女刑事の“暴走”と言ってもよさそうな行動が目につく物語です。


吹きさらしの海上で、犯人逮捕のために命の危険を犯して猛烈な嵐の中に出ていく主人公の行動力や、このプラントの管理者や作業員などに対する人を小馬鹿にしたような物言い、など、ハードボイルドに似たタッチも感じられる物語です。

しかし、やはり客観描写という手法ではなく、人物の主観を詳しく描きながらのアクション中心の物語である本書をハードボイルド作品ということはでいないでしょう。


イルマの仲間の登場もない本書は特にですが、主人公のイルマのキャラクターに乗っかった作品となっています。

そしてこのイルマの描写がアクションメインということになるのです。本書がイルマシリーズの二作目ということもあり、イルマという人物の背景描写がほとんど無いこともあって、イルマの物語という印象が強くなっています。

ただ、デッキクレーン操縦士の加島という男だけは印象深く、特別な存在であるようです。その正体が曰くありげなところもまた善とも悪ともとれる微妙な立ち位置となっています。

また、本書で描かれている、天然ガス掘削プラットフォームの描写はかなり詳細にわたっています。かなり資料にあたっれたのでしょう。そうした舞台背景もサスペンスフルな物語の構築に役立っています。


ただ、それ以上のものは感じられません。イルマという人間も向こう見ずという印象だけです。その他の登場人物にしても、その人物の個々の歴史などの個別の背景はありません。

そう言う意味では純粋なアクション小説と言い切ってよさそうな物語になっています。そして、個人的にはその点が物足りない点でもあるのです。

鈴木 英治 隠し湯の効-口入屋用心棒(39)





口入屋用心棒シリーズの第三十九弾の長編痛快時代小説です。



相変わらず左腕の治りがおもわしくない直之進だったが、秀士館館長の佐賀大左衛門の頼みで、相模国伊勢原の大山にある阿夫利神社へ木刀の奉納二言うことになった。

ただ、大左衛門の配慮で、奉納からの帰りには大山から十里ほど西にある信玄の隠し湯といわれる中川温泉に寄ってくるようにと言われるのだった。

それはまた、近頃、秀士館門人が受けている直之進目当てと思われる暴行事件の犯人の頭巾姿の侍を、直之進に引きつけるという意味もあった。

自分の子宝を願う琢ノ助や、富士太郎の嫁の智代の安産を願う珠吉も同行することとなった旅立ちとなったが、途中ヤクザものに襲われている親子連れを助けつつ、更には頭巾の侍の襲撃を注意しながらの旅となるのだった。



本書は、御上覧試合とその後の秀士館の医術方教授である雄哲の失踪事件の解決のあとのひと休み、といった物語でした。とにかく、直之進の怪我が治っていない、という状況だけがあり、他は本書だけで完結してしまう取り立てて言うこともない一巻となっています。

秀士館の門人たちが暴漢に襲われ怪我を負わせられるという事件が本巻での語るべき事件ですが、その事件にしても特別なことはありません。

暴漢の正体も分かってしまえばその設定に少々無理を感じる正体でしたし、旅の途中で出会う親子にしてもとってつけたような挿話であって、単に変化の無い旅に無理に変化をつけたというしかない設定でした。



前述したように、シリーズの中での中休み的な話であり、それ以上のものではありません。ただ、この温泉につかったおかげで直之進の左腕の不具合も解消することになったという点では意味があったのでしょう。

しかしこの点にしても、旅立つ前は布で吊っていたほどの痛みが走るほどであったのに、一日温泉に浸かっただけでその痛みも解消するとは少々都合がよすぎる気もします。


とはいえ、本書の続巻の『赤銅色の士-口入屋用心棒(40)』では、痛快小説としての面白さが蘇っています。そう言う点では本書の意味もあったのかもしれません。

辻堂 魁 銀花 風の市兵衛 弐





新シリーズ『風の市兵衛 弐』の第三弾です。



北最上藩石神伊家の五中老筆頭の中原恒之が、番方詰所の川波剛助という番方に斬られ命を落とした。御側役の忠犬と呼ばれていた川波は、その御側役の宝蔵万右衛門に即刻斬られてしまう(序章 忠犬)。

その数日前、北最上藩石神伊家馬廻り役助の金木脩は、柳橋北の船宿≪川口≫に呼び出されていたが、隣の部屋で騒いでいた浪人たちに襲われ重傷を負う。からくも脱出した脩は市兵衛に連絡を取るのだった。(第一章 大川)。

北最上藩の金木家へとやってきた市兵衛は、金木家の当主金木清太郎や、隠居の了之助らに脩の事情を報告していた。そこに入会地である≪神室の森≫の石神伊家による召し上げの話が持ち上がる。この≪神室の森≫は徳川家康のお墨付きのある中原家の領地であり、絶対に認めることはできないものだった。
了之助と共に≪神室の森≫へと赴いた市兵衛だったが、既にこの≪神室の森≫での立木の切り倒しが始まっていた。切り倒しの役人らを退けた市兵衛は、中原了念ら中原家長老らに会い、家康の記したお墨付きを持っての了之介の江戸行きの警護をすることを引き受けるのだった(第二章 羽州街道)。



今回の市兵衛はかなり読み応えがありました。

小弥太と織江の父親である信夫平八郎が出奔するきっかけともなった金木家の属する中原一門とと宝蔵一門との対立は、藩主石神伊隆道を抱え込んだ宝蔵家の強引な措置により表面化し、金木家と宝蔵家とが正面から対立することになります。

そのあおりで江戸で瀕死の重傷を負わされた金木脩ですが、市兵衛は脩の話を聞いて北最上藩へ行くことになるのです。

脩の受傷から市兵衛の旅立ち、金木家、そして中原家との交誼を経て、昔からの入会地である≪神室の森≫での宝蔵家との衝突を経て、中原一門の幕府への訴えという物語の流れが丁寧に説明されていいます。

その上、主人公が他藩の抗争に絡んでいく必然性を、読みやすい文章の中で説明的でなく描きこんであるために違和感無く感情移入することができます。

勿論、痛快小説の醍醐味である剣戟の場面も十分に描いてあり、市兵衛の魅力が過不足なく描きこまれているのです。

市兵衛の絡む恋模様を期待させるような描写も少しですがありましたが、本巻終了時点では何の変化もありませんでした。もしかしたら今後の展開に期待すべきかもしれませんが、そうしたこともなさそうなままに終わっています。



北最上郡の石神伊家の絡んだ話は多分本書で終わるでしょうから、今後の展開がどのようになるものなのか、期待したいものです。

窪 美澄 じっと手を見る





全部で七つの章立てからなる長編の恋愛小説で、第159回直木賞の候補となった作品です。

どうでもいいことですが、本書を「7つの短編集」と紹介してあるレビューもありましたが、個人的には長編だろうと思います。

本書は、各章ごとに視点を変えた一人称の物語です。その視点の主体が日奈と海斗、それに日奈と暮らすことになる宮澤、海斗と暮らす畑中という四人です。



日奈と海斗は、富士山の見える町で暮らす介護士です。二人は一応は恋人同士だったと言っていいのでしょう。しかし、そこに東京のとあるプロダクションの編集者の宮澤という既婚者が現れ、日奈は心を奪われてしまいます。

それでも、日奈のことを忘れられない海斗ですが、日奈は宮澤のもとに行き、一人残された海斗は職場の後輩の畑中という子連れの女と共に住むようになるのでした。



ざっとこの物語の流れを書くと上記のようにはなるのですが、当たり前ですが小説の紹介をしたことにはなりません。それは、ストーリーのまとめ方が簡単に過ぎるから、などということではなく、この小説の本質は別なところにあると思うからです。

即ち、この物語全体を彩る倦怠感とも言うべき雰囲気、登場人物たちの現状からの脱出に対する渇望、日奈と海斗を中心とした出会いと別れの中で人を想うことの意味、などの作者の主張こそが本質であるのに、そうしたことは全く捨象されているのです。


冒頭からベッドシーンで始まり、男に抱かれている日奈の心のうちが描写されています。そうした描写は他の小説でも勿論あるのですが、本書でのベッドシーンはエロスではなく、男と女の日常の光景の一断面でしかありません。

そして時の経過は男と女の別れへと繋がり、そしてまた交錯します。

介護士である日奈と海斗、そして畑中の日常は、過酷な介護の現場を離れては語れず、しかし「くいっぱぐれの無い」職場から逃げることはできません。

その閉塞感は少なからず二人に関係に影響を与えていると思われ、またこの物語の持つ倦怠感につながるのでしょう。



読み始めてしばらくは、この小説の持つ倦んだ雰囲気に押され、なんとも重苦しさを感じたものですが、そのうちに妙に惹きこまれていました。

普段私が読むことの多いエンタメ小説とは全く異なる、人間の在りように迫る魅力に捉われたようです。

それも、人物の心象を直接に深く、緻密に描写するというわけではなく、心の動きを簡潔に描きながら人物の心象を導き出していることが大きいと思われます。


ただ、やはり、どうしても物語自体として明るくはありません。介護の現場の苦労を具体的に描きながら、介護士の日常に戻ってからも派手さはありません。それどころか、暗いと言い切ってもいいのです。

そうした時代性の反映は見るべき点なのでしょうが、その暗さだけはどうしても受け入れ難く、どこかに残っています。


それにしても、本書のような小説を読んでいつも思うのは、作家という人種の表現力の豊かさです。こうした小説に接すると心から嬉しくなります。小さな感動さえ覚えるのです。

今村 昌弘 屍人荘の殺人




第27回鮎川哲也賞を受賞し、第15回本屋大賞では第3位となった、奇想天外なアイデアを取り込んだ本格派の長編推理小説です。



メンバーが会長以外一人しかいない神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲は、会長の明智恭介に連れられて、剣崎比留子という女子学生と共に、映画研究部の夏合宿のために、映画研究部OBのつてで「紫人荘」という名のペンションへとやってきた。

しかし、その別荘では思いもかけない事態が起き、別荘に閉じ込められ、更には参加者の一人が惨殺死体となって見つかるという事態に陥ってしまうのだった。



本書は、私があまり好むところではない本格派の推理小説です。それも、いわゆるクローズド・サークルというタイプで、「何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品」( ウィキペディア : 参照 )、というものです。

ただ、本書はこれまでの本格派の推理小説とは大きく異なるところがあります。それはこのクローズド・サークルに陥る状況が奇想天外だというところです。そして、その奇想天外な原因が、以降の探偵による推理の過程や根拠にも大きく影響を与えています。

この奇想天外な状況をここで書いてもそれほどネタバレとは言えず、また他では簡単に書いてあるレビューもあるようですが、できれば直接読んでもらいたいものです。


本書の奇想天外と言われる状況を受け入れにくい人には本書はお勧めできません。一旦受け入れるにしても、推理の過程でも前提となるわけですから、少々違和感は残るのです。

でも、その事情を書かないということは、内容についても触れることはできないということで、結局は読んでみないと何も分からないことになり、つらいところです。


そうした状況設定は別にして、本格推理小説としての出来はどうかといえば、個人的にはよく分からないというのが本音です。ただ、鮎川哲也賞を受賞している作品ですから、ロジックのミスは多分ないと思います。

小説としての出来はといえば、本格派のミステリーをあまり好まない私としては今ひとつでした。それとは別に、登場人物のキャラクターに馴染めないという点、また探偵役やワトソン役の人物像がよくつかめなかったというのも大きいと思います。


さらに言えば、犯人の仕掛けたトリックも納得できるものとは言えませんでした。とはいえ、完全に個人的好みの問題ですので、本格ミステリーが好きな人はまた違った印象だと思われます。

少なくとも、色々なレビューを読む限りではかなり評判はいいようで、私の様な感想は少数派と言えます。やはり本屋大賞候補になっている作品にはそれなりの面白さがあるということでしょう。
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Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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