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荻原 浩  四度目の氷河期

四度目の氷河期 (新潮文庫)四度目の氷河期 (新潮文庫)
(2009/09/29)
荻原 浩

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とある博物館の部外者は立ち入り禁止の部屋の中、一万年前の人間のミイラの前にいる主人公の一言から本書の幕が開き、そこから場面は回想に入ります。そこで主人公が発したせりふは「父さん」という言葉でした。

主人公の名前は南山ワタル。母子家庭で母親は父親のことを何も教えてくれない。だけどワタルは本当の父親を知っていた。ワタルの父親はクロマニヨン人だったのだ。

ひとことで言うと本書はワタルの青春期です。正確には四歳から十八歳までの成長の記録です。読み始めてしばらくはスティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミ-』を思い出していました。

あとがきは北上次郎氏が書いておられます。この人に言わせると荻原浩という作家はかならず「ひねり」をきかせる作家だそうです。本書で言えばクロマニヨン人であり、やり投げなのだとか。確かに、父親がクロマニヨン人だという設定(?)は本書を個性的なものにしており、「普通に書けば陳腐すれすれの話や見慣れたはずの風景を一変させることが出来る」のです。

確かに、本書のストーリーを形だけ追うと単純です。即ち、母子家庭で育っている少年の、一人遊びの中での少女との出会い、周りから無視される小学生時代、性への目覚めがあり、中学校に上がってからやり投げと出会い、そして旅立ち・・・。

それが、父親がクロマニヨン人というキーワードで、各場面でのワタルの行動の意味がその様相を異にします。少年時代の自分の家の裏山を駆け巡ることは父親であるクロマニヨン人の行動を追体験しているのであり、後のやり投げへと結びついて行く石器で作った槍はマンモスを殺すための道具なのです。ワタルは周りから排斥されてはいるものの、クロマニヨン人にとって野山を駆け巡る行為は生きる行為そのものであり、一人遊びはかえって都合のいいものでした。

ワタルの成長記録であり、一人の少年の青春期でもあるこの本は、繰り返しますが、クロマニヨン人というキーワードによって全編が彩られていて、このキーワードによって本書が青春小説として独特の色合いを帯びていると言えると思います。

思春期の少年の性に対する畏怖などの細かな心理描写も含め、母親への思いなどのワタルの心の記録は、普通とは少々異なった環境にいる少年の日常を日常として描いた上質な青春小説であるとともに、家族愛を描いた物語とも言えるのではないでしょうか。

続けて他の本も読んでみたい作家さんの一人です。

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お盆休みの14日

 おぎわらを萩原と読んでしまう、
荻窪のおぎなのに、
私の父は日本人でした。
46歳の時荻窪にある病院で胃がんで死んでいます。

 父のDNAを受け継ぐならば、私は槍投げではなく、染め物の世界であったかもしれません。
でも、染め物である着物の衰退もあって、私はある時バスの仕事でハンドルを握りアクセルを踏んでいます。それも昨年の12月に定年退職をするまでの事。バスの仕事は面白かった。日々緊張の連続、待機時間も多くその時は持参の小説が読めた。

 クロマニヨン人まで遡る事はしませんが、先日弥生時代の先祖を考える事がありました。弥生時代の彼がいなければ今の私はいなかったんだと思いました。
 

Re: お盆休みの14日


>  父のDNAを受け継ぐならば、私は槍投げではなく、染め物の世界であったかもしれません。

私も父親とは全く畑違いの職場にいますね。
私の場合は能力不足のためですが・・・。
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