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井上 荒野 切羽へ


本書の文庫本の裏表紙にも記載されている惹句には「繊細で官能的な大人のための恋愛長編。」とありました。本来、恋愛小説は苦手とするところなので手を出さないのですが、直木賞受賞作ということで読んでみました。

九州のとある離島の小学校で養護教諭をしているセイは、画家である夫と平凡な日常を送っていた。そこに「人生に倦(う)み疲れたようなたたずまい」をみせる、石和という新任の教師がやってくる。セイは、そんな石和に次第に心惹かれていく。「二人の通じ合う際の何気ない所作が」「性よりも性的な、男と女のやりとり」を醸し出す。

括弧で括った引用部は、あとがきを書いている山田詠美氏の文章です。このような描写(文章)を見せつけられると、プロの凄みを思い知らされますね。言葉の選択が素人では思いつきません。語彙の豊富さもさることながら、言葉選択が見事です。これは、著者の井上荒野氏にも、またあとがきを書いている山田詠美氏にも言えることです。だからこそのプロなのだと割り切り、駄文を書くことにします。

本書の登場人物は九州の方言そのままで語っているのですが、その言葉からすると、多分福岡県のどこかの島だろうと思われます。

「明け方、夫に抱かれた。大きな手がパジャマの中にすべり込んできて、私の胸をそうっと包んだ。」という文章で始まるこの物語は、やはり私の範疇には無い物語でした。出だしこそインパクトのある書き出しですが、その続きは殆どと言っていい程エロスを感じさせません。先にも書いた山田詠美氏の言葉のように二人の所作が「性的」でもあるのですが、その後の物語の中での主人公の心裡を語っている場面もまた官能的です。

例えば、本書の冒頭近くでセイが散歩をする場面の情景描写で、「今日は薄曇りだが、空気は湿っていて、暖かい。海の香もずいぶん春めいてきたと思う。春の海はなまめかしい匂いがする。」という表現があります。何ということもない、単なる春の海の普通の描写なのですが、ほのかに官能的な匂いが漂ってきます。セイの視点での一人称で語られる本書は、全編がこのような雰囲気の文章で組み立てられているのです。

全体的にやはり理解できない物語なのです。登場人物の中に月江という奔放な女がいます。本土さんとよばれている、妻ある男との不思議な生活を送っているのですが、この女の存在も個人的にはよく分からない。小説の中の登場人物としての話ではなく、月江に代表される女性の生き方の話です。

小説としての話で言うと、やはりこの手の話は苦手としか言えません。文章の見事さ、物語の作り方のうまさなど、小説としての出来は素晴らしいのでしょうが、やはり、男と女の物語はよく分からないのです。しばしば出会う、良い本だろうけど、私の読みたい本とはちょっと違う、ということです。

蛇足ながら、作者はあの作家の井上光晴の長女だそうなんですね。全く知りませんでした。でも、文章の美しさ、主人公の心理描写の確かさはやはり血なのか、と思ってしまいます。

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