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夏川 草介 神様のカルテ 3


内科医の栗原一止(くりはらいちと)の勤める本庄病院は、信州松本の地域医療の一端を担う、基幹病院の一つであり、24時間365日、悲鳴と怒号と叱声の中にあった。そのなかで我が主人公栗原一止は、変わらずに漱石を愛読し、そして、ただひたすらに患者と向き合う日々を送っていた。

本作品は「夏祭り」「秋時雨」「冬銀河」「大晦日」「宴」という、全部で五つの章建てとなっています。その前後には、一止が珍しく得ることの出来たささやかな、しかしいつもの通りすぐに破られる休息の時間を描いたプロローグがあり、最後は、まさに貴重な五日間の連休を得た一止が、久しぶりに帰ってきた学士さんと共にコーヒーを喫しようとするエピローグで終わっています。そして、この物語の始まりにも終わりにも、一止の隣には愛妻のハルがいるのです。この構成は本書の内容を端的に表しているとも言えます。つまり、本作品は一止の転機の物語であると同時に、思いやりにあふれた夫婦の物語でもある、と思うのです。

本作は、今までの作品の中で一番内容が充実しているように感じました。これまでの作品と同じく、命の危険がある患者さんとの直接的な関わりの中で、医療と人の命との問題を考える側面も確かにあります。しかし、全体を貫いているのは、勿論医療の素人である私達には、考える余地すらないと思われるテーマです。詳しくは本書を読んで頂くしかないのですが、端的に言うと、患者のために自らの時間を削ってでも尽くす医者が否定される理由があるかということです。

その問題は、新しく本庄病院の消化器内科にやってきた小幡奈美先生によって一止に突きつけられます。消化器内科部長である大狸先生の教え子であり、十二年目のベテラン医師である小幡先生が一止に対し言った言葉、それが本書の惹句にも書いてある、「自己満足で患者のそばにいるなんて、信じられない偽善者よ」という言葉であり、本書で一止に突きつけられた問題なのです。この問題は、本シリーズを貫いているテーマとも言えるのでしょう。というのも本シリーズの一作目で大学病院からの誘いを一度は断っている一止なのです。「医師という職責の重さ」を真摯に見つめる一止の姿がそこにはあります。

このシリーズの魅力は、まずは一止の患者に対する真摯な態度にあると思うのですが、それと共に登場人物が皆善人であることも大きいかもしれません。更には、全編を貫く少々古臭い言い廻しによって四季折々の風景が語られ、落ち着いた雰囲気を醸し出していることと共に、全編にわたって展開される会話の魅力が大きいと思います。病院内での切れ者の看護師同士、患者さんたちとの会話もそうです。どれもウィットにとんでいるとともに愛情にあふれているのです。

だからこそ、第二章の終わりで交わされる患者の榊原さんとの会話でも感動を覚えるのだと思います。普通は会話の最中に『ジャン・クリストフ』など引用されても、周りは引くばかりでしょう。確かに、高尚な文学を引用しても違和感のない登場人物という設定もうまいのでしょうが、何よりも、誰しもが持っている他者へのいたわりの感情が上手く表現されているからではないでしょうか。

冒頭に書いたように、本書では随所で記される、ハルとの心の通い合いが見事です。本書自体が浮世離れしていると言えばそれまでなのですが、それでも夫婦のあり方として理想的でしょう。こうした人と人とのあたたかな繋がりが全編を覆っています。読後感の爽やかなこと。このような物語は心が洗われます。

本書では一止に一大転機が訪れます。まさかシリーズが終わることは無いと思うのですが、終わってもおかしくない幕切れなのです。このシリーズが更に続くことを願うばかりです。

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紹介から、この本をかなり気に入っているのではないかと思ったのですが?
いつもより解説に力が入っているような気がしました😉
人間関係が温かい内容のようですね〜
まだまだ本が山積みですが、読みたい一冊になりました。

Re: タイトルなし

> 紹介から、この本をかなり気に入っているのではないかと思ったのですが?
> いつもより解説に力が入っているような気がしました😉
> 人間関係が温かい内容のようですね〜
> まだまだ本が山積みですが、読みたい一冊になりました。

読んでいる途中もそうなのですが、読後感が本当に爽やかで、読書の楽しみを味わえると思っています。
現実にはありえない人間関係、などと言えばその通りなのだけど、だからこそこのような優しい物語に浸りたいのかもしれません。

シリーズの第一作目は、2010年に本屋大賞の2位に入っていて、二作目の『神様のカルテ2』は2011年の本屋大賞で8位になっています。
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