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野口 卓 軍鶏侍


ネット上で面白いとあったので、あまり期待せずに読んだ本ですが、これがなかなかの掘り出しものでした。「軍鶏侍」「沈める鐘」「夏の終わり」「ちと、つらい」「蹴殺し」の5編からなる連作の短編集です。

「軍鶏侍」 隠居の身である岩倉源太夫は、筆頭家老稲川八郎兵衛から呼び出しを受けた。中老の新野平左衛門と側用人の的場彦之丞が近江屋と結託し、藩を私物化しているという。そこで藩のために、江戸に居る的場から園瀬の新野への使者を切れというのだ。人とのしがらみを嫌い隠居したのだが、藩の政争に巻き込まれる源太夫だった。

「沈める鐘」 源太夫は、長男修一郎の嫁である布佐の兄の清水均之介からの話で、子供ができずに離縁されたことのあるみつという女を後添えとしてもらうことになる。そこに立川彦蔵というみつの前夫を討つようにとの命が下った。

「夏の終わり」 源太夫の友である池田盤晴の頼みで、藩校の教授方である盤晴の教え子の、友達づきあいが下手だという大村圭二郎という子を預かることになる。その圭二郎が、なりゆきから花房川の藤ヶ淵の大鯉を釣ることになり、権助が手伝うことになった。

「ちと、つらい」 その貧相さから侘助との渾名をもつ弓組の戸崎喬之進は、大岡多恵と夫婦になることになった。かつて多恵との話を断られた馬廻組の酒井洋之介は、くやしさから侘助を侮辱する言動を繰り返し、それに耐えかねた侘助は洋之介と果たし合いをすることとなった。

「蹴殺し」 ある日、源太夫の道場に武尾福太郎という浪人が居候として居座ることになった。権助に梟のようだと言われる武尾は、源太夫の「蹴殺し」という秘剣を見せてほしいと言ってきた。

主人公の岩倉源太夫は、剣の師の日向主水から、早く隠居をすることこそ気楽に生きる道だと言われます。そのとおりに剣の道にまい進した源太夫は18歳で日向道場一の折紙を得、その年に妻をもらい、翌年には江戸詰となります。江戸では一刀流の椿道場で腕を上げるとともに、同じ道場仲間の秋山清十郎という友の父勢右衛門から教えられた軍鶏の美しさにひかれてしまいます。国元に帰った源太夫は、授かっていた長男修一郎が嫁を貰うとすぐに隠居願を出し、認められるのです。

本書を読んだ時代劇好きな人であれば誰しも藤沢周平を思い出すでしょう。それほどに雰囲気が似ています。とくに藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』とは、共に剣の使い手ですが、すでに隠居した身である男が主人公であり、同じ様に藩の政争に巻き込まれていく、という点で一致します。

しかし、本書は藤沢作品に似てはいますが、独自の世界を作り上げられておられます。たしかに、藤沢作品の持つ落ち着いた山間の風景を思わせるような静謐さはいまだ感じられないようです。しかし、驚くのは、本書がこの作家の長編デビュー作だということです。それでいて、力みを感じさせない、もう長年時代小説を書かれている作家であるかのような雰囲気を味あわせてくれます。

登場人物もいいです。まずは下僕の権助ですがこの存在がいい。物語上も結構重要な存在として描かれています。主人公に「何者だ」と思わせるほどに種々の物事を知っていて、それでいて好々爺的雰囲気も持っているのです。また、後添えとして途中から登場するみつも、源太夫をそっと支える夫人として存在感があります。

そして、全体を貫く軍鶏の存在があります。軍鶏に入れ込むがゆえに「軍鶏侍」と揶揄される主人公。その主人公の生き方をそのまま軍鶏に絡めて説明していく進め方など、とてものこと新人とは思えません。

続編が出ているようです。本格的な時代小説の書き手としてまた注目すべき作家さんが増えました。

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