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浅田 次郎 五郎治殿御始末


『壬生義士伝』や『天切り松 闇がたりシリーズ 』などで見せた浅田次郎節を十分に堪能させてくれる一冊でした。「椿寺まで」、「箱舘証文」、「西を向く侍」、「遠い砲音」、「柘榴坂の仇討」、「五郎治殿御始末」の六編が収められています。

「椿寺まで」 日本橋で反物などを商う江戸屋小兵衛は、丁稚の新太を連れた旅で、高幡不動のそばにある椿寺までたどり着いた。新太が椿寺で寺男から聞かされた物語は、新太の思いもよらないものだった。
 浅田次郎のリズムのある、たたみ掛けるような文章が心に迫ってくる好短編です。以前、浅田次郎の文章は歌舞伎の台詞のリズムを取り入れている、という話を書きましたが、本書もそのリズムに乗った文章が胸に迫ります。

「箱舘証文」 明治新政府の工部少輔(しょうゆう)の職についている大河内厚は、自らの命を千両で購った過去を持つが、その掛け取りに来たという渡辺という男の訪問をうけた。
 主人公の大河内は開国に伴って性急に行われる「旧なるもの」の取り壊しに得心がいかないでいたのですが、職を賭して反対意見を述べる侍でもあります。負け戦を戦った侍の生き残りが、楓御門の取り壊しに「武士の命乞い」を申し立てる様は感動的です。大河内だけではなく、命の金の掛け取りに来た渡辺、大河内が相談に行った師である山野方斎らもまた侍であり、彼らの振舞いが更なる感銘を呼び起こします。

「西を向く侍」 成瀬勘十郎は和算術と暦法を収めた異能の秀才だったが、新政府への出仕の待命も五年になろうかという折に、明治五年は十二月二日を持って終わり、あくる日は明治六年の元旦になるというお達しがでた。勘十郎は太陽暦採用の真の意味を喝破し、我が国固有の文化を売り渡してはならない、国民の暮らしを守らなければならないと新政府の高官の前で論じるのだった。
 この物語では暦法を修めた侍の、国を、そして民を思う姿が描かれています。改暦のあるべき姿を説く下級武士の姿は、剣を取らない侍の戦いであり、読む者の心に迫ります。そして、小の月を覚えるために考案されたごろ合わせの「西向く侍」という言葉に、隠された思いを込めた作者の手腕は、いまさらながらに見事です。

「遠い砲音」 新政府の近衛砲兵の陸軍中尉である土江彦蔵は、近衛将校に下賜された西洋時計を読み取ることにも苦労するほどだったが、歩兵と砲兵との合同訓練において砲撃停止時間を間違え、味方歩兵の頭上に砲弾を落としてしまうのだった。
 本編は新政府採用の新しい時刻に関する定めの物語です。日の出とともに一日が始まり、日没とともに一日が終わっていた従来とは異なり、一日が24アウワーズに分かれ、更にミニウト、セカンドと区分けされた時の流れに支配される暮らしに慣れない侍の悲喜劇です。

「柘榴坂の仇討」 桜田門外にて井伊大老が討ち果たされてから十三年の歳月が過ぎようとしている明治も六年、井伊大老の御駕籠周りを警護していた金吾はやっと仇のひとりを見つけ、その男が車夫をしている車に乗り込むのだった。
 物語は単純で、井伊直弼の警護に失敗した男の仇討の物語です。しかし、そこに至るまでの二人の様子が簡潔に語られ、いざ対峙した時の二人の様子が、浅田次郎の名調子で語られます。その余韻はさすがに浅田次郎とつい唸ってしまいそうな心地よさです。本編は中井貴一と阿部寛で映画化され話題になりました。まだ見ていないのですが、本作を読んで早く見たいとの思いを更に強くしました。

「五郎治殿御始末」 岩井五郎冶は、御一新後の旧藩士たちを馘首する役目の後、明治四年の廃藩置県でのお役御免で生きる糧を失い、孫の半之助と共に自刃しようとする。しかし、とある人物に助けられ、半之助の身を預け、自らは行方不明となるのだった。
 維新の後の侍の心に秘めた思いを貫こうとする生き方が語られている本書ですが、この物語も心に染みる仕上がりとなっています。読後にもたらされる余韻は他の作者にはないものがありますね。

浅田次郎という作家は何故にかくも読者の琴線に触れる文章を紡ぎだすのがうまいのでしょうか。何度か書いたように、その根底には河竹黙阿弥の台詞回しに通じるものがあり、日本人の心に迫るリズムを体得されているのでしょう。

勿論私は河竹黙阿弥の台詞回しを詳しくは知るものではありませんが、伝統の中に息づいている現代歌舞伎の根底をなすものであることは知っています。七五調で、『白波五人男』に代表される台詞回しと言えば分かりやすいかもしれません。

本書は明治維新後の侍、様々な制度の変更についていけない侍の姿が描かれています。それは、既存の建物の破壊であり、暦法や時制の変更、仇打ちの禁止などであり、そのそれぞれの物語が語られているのです。

やはり浅田次郎はいい、そう思わせてくれる一冊でした。

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