FC2ブログ

夏川 草介 神様のカルテ 0


『神様のカルテ』シリーズの第四作目、『神様のカルテ』第一巻の前日譚が描かれています。時系列的には本書が最初に位置することになりますね。「有明」「彼岸過ぎまで」「神様のカルテ」「冬山記」の四作の短編が収められています。

「有明」 信濃大学医学部学生寮に暮らす、国家試験を前にした栗原一止、進藤辰也、砂山次郎、如月千夏たちの、ひと時を切り取った物語です。そこに、楠田重正という五十二歳の学生がいて、更に一学年下で辰也の恋人でもある草木まどかが加わります。帝都大学研修コースへの参加を惑う辰也、国家試験以前の卒業試験に悩む楠田、そして、本条病院への就職に悩む一止など、『神様のカルテ』シリーズにはおなじみのメンバーの青春記です。

「彼岸過ぎまで」 松本市の地域医療の中核を担う本庄病院に「24時間365日診療」の看板が掲げられた。赤字である病院経営を立て直すための方途の一つであるらしい。内科部長の板垣源蔵、内科副部長の内藤鴨一は複雑な面持ちでその看板を見やった。外科部長の乾と金庫番である事務長の金山弁次とは相容れず、いつも乾のどなり声が絶えない。しかし、金山事務長の能力は本庄病院の立て直しのみならず、医療そのものへの環境整備の意味合いをも持つものだった。

「神様のカルテ」 本庄病院の一年目の研修医である栗原一止が初めて迎える夏、既に「引きの栗原」の異名を賜っていた一止は國枝正彦という患者を担当することになった。内臓のあちこちに転移の進んだかなり進行した癌患者だという。しかし、國枝は治療の開始を待ってくれというのだった。

「冬山記」 一止の愛妻であるハルこと片島榛名のひと夏の山の物語です。これまで直接には焦点が当たってこなかったハルの知られざる一面が描かれています。片島榛名という本名はシリーズの最初にでも出てきたのでしょうが、この短編を読むまで忘れていました。

本作品はシリーズのサイドストーリーと位置付けられる物語です。一止を取り巻く人物の知られざる側面が描かれています。とはいえ、三話目の「神様のカルテ」などは一止が本庄病院に来るまでの話であり、本編の流れの中にある物語です。

シリーズのそれぞれの巻で地域医療、先端医療、終末医療と種々の問題を取り上げてはいます。でも、本書を読んでいると、このシリーズを通しての作者の本音は、一止に言わせている「困った人がいれば手をさし述べる場所であってほしい」という言葉にあると思えます。「医療の基本だそうですな」という板垣内科部長や、「一本取られたわ」という乾外科部長の台詞、そして「理想と現実のギャップ」を言うこの二人の医者の一止に対する期待は、はそのまま医者としての著者の言葉でもあるようです。「あえて悪意を持って評すれば、最大限に患者を受け入れて、最低限の治療をする。」という国の医療施策の流れの中での医者のあり方を問うているのでしょう。

そうした流れとは別に本書で気になった個所があります。それは、第三話の「神様のカルテ」の中にある、一止と患者の國枝正彦との「本」についての会話です。読書は未経験のことを追体験できる素晴らしいことだ、とはよく言われる言葉ですが、國枝氏はその先へと言葉を続け、本が教えてくれるのは正解ではなく、もっと別なことだと言うのです。

たくさんの人生を体験できるということは、それはたくさんの人の気持ちもわかるようになるということだ。そして、人の気持ちがわかると優しい人間になれる。優しいということは弱さではない。相手が何を考えているのか考える力を「優しさ」というのだ。最後に國枝氏は一止に言います。「しかし、優しい人は苦労します。」

こうした本に出会うことが本を読むことの喜びだと痛切に思います。

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR