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葉室 麟 橘花抄


侍の生き様と、侍の家に生まれた女たちの、清廉な生き方を描き出した作品です。

両親を亡くした卯乃は、筑前黒田藩で権勢を振るう立花重根に引き取られたが、父の自害に重根が関与したと聞き、懊悩のあまり失明してしまう。前藩主の没後、粛清が始まった。減封、閉門、配流。立花一族は従容として苦境を受け入れるが追及は苛烈を極め、重根と弟・峯均に隻腕の剣士・津田天馬の凶刃が迫る。己の信ずる道を貫く男、そして一途に生きる女。清新清冽な本格時代小説。(「BOOK」データベースより)

藩主とその二人の息子らの、三すくみの争いに巻き込まれる立花重根(しげもと)とその弟峯均(みねひら)、それに重根の家に預けられることになった卯乃の、波乱に満ちた運命が描かれます。

葉室麟の作品を読んでいて気になることがあります。それは、本書の前に読んだ葉室麟の『陽炎の門』も、その前に読んだ『この君なくば』などにしても、禁欲的であくまで主君に対する忠節を貫く侍の生き方を描くと共に、そのような時代の中での恋模様を描いているところです。

有名な「葉隠」の中にも「忍ぶ恋」という文言があるように、武士道と恋という相反するように思える生き方、想いの間には相通ずるものがあるのでしょうか。この点の「忍ぶ恋」解釈にもさまざまなものがあるのでしょうが、簡単に書かれた文章の一つに「823夜『葉隠』山本常朝|松岡正剛の千夜千冊」があります。

ここでは、葉隠れの中での「常住死身」と「忍ぶ恋」との関係についても書かれています。誤解を恐れずに書けば「常住死身」とは「単に死を覚悟する」ことを超えたところでの「奉公」であり、「忍ぶ恋」とは衆道をも前提とした片想い、すなわち相手は知らない一方的な恋のことであって、武士道とは主君の知不知を超えたところでのご奉公ということを意味しているようです。

本書においても重根はひたすら黒田のお家のため、現藩主である綱政の不興を買うことは分かっていながら、前藩主光之と光之の三男現藩主綱政、更には不行跡を理由に廃嫡された光之の嫡男綱之の三者の仲を元に戻そうと図ります。しかし、やはりそれらの行為は、現藩主綱政やその取り巻きにはには重根が自らの利益のために為しているとしか受け取られず、立花の家は過酷な処置を受けるのです。

重根の弟峯均はかつて試合で佐々木雁流の流れをくむ剣士に敗北した過去を持っていますが、その後の研鑽で宮本武蔵の二天一流を会得した使い手でもあります。峯均はそんな兄の護衛として共に藩のために尽力します。そして兄と同様に流されるのです。

卯乃についてみると、現在では出家して泰雲と名乗っている嫡男綱之の廃嫡のときの騒動のために、父村上庄兵衛を亡くしているのですが、誰も手を差し伸べようとはしないなか、幼い卯乃を引き取ったのが重根でした。その卯乃も、父の死に重根が関わっているとの話を聞き、懊悩から盲いてしまい、重根の継母りくの元に行きます。そこに峯均も共に住んでいまたのです。

主だった登場人物だけでも多くいて、それぞれの関係性も複雑です。若干物語を追うのに苦労しかねないストーリーです。加えて、少なくない場面で引用される古歌により登場人物の心情を表現していたり、りくを中心としておこなわれる香道による香りもまた人物の内心、心情をあらわしたりと、本書の内容はかなり濃いものがあります。加えて、本書には剣の使い手としての峯均の、剣豪小説的な側面もあるという、実にぜいたくな内容です。

有名な田騒動に続く、第二の黒田騒動とも言われる事件に題を取り、実在の立花重根、峯均という人物を中心に、武士の生きざま、そして恋模様を描いた本作品は、葉室麟の作品の中でも多くの人が名作と評しているのも分かります。

ただ、個人的にはやはり『蜩の記』に軍配を上げたいのです。本書で多用される人物の心象表現が、少々人智を超えたところで働く力に頼り過ぎると感じました。峯均の剣戟の場面にしても同様で、いまひとつ入り込めませんでした。

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