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野口 卓 ご隠居さん


これまでの作品とはかなり趣の異なった、しかしながら実に面白い小説でした。「三猿の人」「へびジャ蛇じゃ」「皿屋敷の真実」「熊胆殺人事件」「椿の秘密」「庭蟹は、ちと」の六編の連作短編からなっています。

腕利きの鏡磨ぎである梟助じいさんは、落語や書物などの圧倒的な教養があり、人あたりもさわやか。さまざまな階級の家に入り込み、おもしろい話を披露し、ときにはあざやかに謎をときます。薀蓄は幅広く、情はどこまでも深い。このじいさんの正体やいかに…。江戸の“大人”を描く、待望の新シリーズ誕生!(「BOOK」データベースより)

まずは主人公の梟助じいさんの職業が「鏡磨ぎ」と、これまでとはかなり趣が異なっています。更にはこの梟助じいさんがかなりの博識で、しゃべりもうまいのです。そのために様々な得意先が梟助じいさんと話すのを楽しみにしています。このかなりの「博識」の中に、落語にも詳しい、ということがあります。落語家の柳家小満んさんの「あとがき」にも書いてあるように、この設定は旗本や大店、お妾さんに至るまで「あらゆる階層の老若男女と接することができる」のです。

最初の「三猿の人」は、本書の主人公の梟助じいさんの紹介を兼ねた物語です。双葉屋の内儀が梟助じいさんのことを何も知らないので推測していくのに合わせ、梟助じいさんの仕事である鏡磨ぎの説明、当時は鏡には主鏡、合わせ鏡、懐中鏡の三点がセットになっていたこと、鏡そのものの製造方法などが語られていきます。加えて、「土用の丑の日の鰻の意味」について問われ、そのまま「鰻の落とし話」を語るのです。

この「三猿の人」に続いて「へびジャ蛇じゃ」を読んでいるときは、これは著者の落語に対する知識や当時の生活についての博識ぶりは分かっても、物語としては外れかもしれない、などと思いつつ読み進めたのです。

しかし、三話目の「皿屋敷の真実」あたりから風向きが変わってきました。この話は瀬戸物商但馬屋の、嫁いでそして出戻ってきた娘真紀の話ですが、人情豊かな風合いが加味され、暖かな心映えになる話として仕上がっています。合わせて高名な怪談話の「番町皿屋敷」をめぐるトリビアともなっています。

そして、「熊胆殺人事件」では捕物帳の趣を楽しみ、「椿の秘密」に至っては「八百比丘尼」の物語を絡めたファンタジーとなり、共に人情話としての物語として一級の楽しみを得ました。

とどめは最後の「庭蟹は、ちと」です。この話では、これまで皆がその正体を探ろうとして失敗してきた梟助じいさんの正体が明かされます。そして、極上の人情話が語られます。

本書について、「『ご隠居さん』を読んだときの驚きは、「時間でもつぶしていくか」と気軽に寄席に入ったら、泣きながら寄席を後にした――そんな体験と似ている。」と文藝春秋の本の話WEBに書いているのはスポーツライター・ジャーナリストの生島淳氏です。若干大げさかとも思うのですが、本書を読み終えたときほどの喜びはめったにあるものではありません。

私自身、一時期は落語にはまり、古典落語をテープでで聞きまくったものです。(実際に高座に行き、本当は作者も言うように、その目で、その耳で落語家の演じる総合芸を堪能するべきなのでしょう。)だからかもしれませんが、本書を読み終えたときの喜びは、本書自体に対する感動と、思いもかけず良い本に出会った幸せとを併せ持った喜びなのです。

こうして読了後は早く続きを読みたいと欲しているのです。

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