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浅田 次郎 お腹召しませ


第1回中央公論文芸賞と第10回司馬遼太郎賞を受賞した作品で、全六篇の短編小説賞です。

本書の構成はちょっと変わっていて、著者と思われる人物が、自身の祖父が語った話や自らの現代世相を憂える思いなどを前フリとして御一新の頃の侍の話を語る構成になっています。祖父から聞いた話に脚色を加え、多分浅田次郎本人が、現代と過去とに共通する、滑稽さの中にある一片の哀しみを漂わせた物語を語ります。

「お腹召しませ」 入り婿の与十郎が公金に手を付け、のみならず新吉原の女郎を身請けし逐電してしまった。高津又兵衛が腹を切ればお家は存続させてもらえるらしい。妻や娘も、又兵衛も四十五歳であり人生五十年まであと五年しかないのだから、死に処を得たと思って「お腹召しませ」と言うのだった。―――祖父が聞かせくれた昔語りをもとに著者が創作した物語。

「大手三之御門御与力様失踪事件之?末」 横山四郎次郎が行方しれずになった。御百人組の詰め所がある大手三之門は、三つの門と高石垣で密閉された空間であり、逃げ場はなく、神隠しにあったとしか言いようがない。しかし、五日後、横山が記憶喪失の状態で見つかった。―――携帯電話の普及によって無くなった父親の「自由」についての物語。

「安藝守様御難事」 芸州広島藩藩主浅野安芸守茂勲(もちこと)は、ひたすらに斜籠(はすかご)の稽古をしなければならなかった。何故にこのような稽古が必要なのか、誰も教えてはくれない。そのうちに、老中の屋敷での斜駕籠の披露をすることとなった。―――たとえ必要悪でも悪を悪と認識して、一種の儀式にしてしまう二百六十年余の政治体制への畏怖もあり、浅野茂勲の回顧譚から作者が創作した物語。

「女敵討」 奥州財部藩士の吉岡貞次郎のもとを、旧知の間柄である御目付役の稲川左近が訪ねてきた。貞次郎の妻が不貞を働いているのですぐにでも女敵討をせよという。江戸での妾との間に子まで為している貞次郎は、女敵討のために帰郷するが・・・。―――名簿で見つけた「貞」の文字から紡ぎだされた物語。

「江戸残念考」 大政奉還も終え、鳥羽伏見の戦いも負けて、兵を置いたまま徳川慶喜は一人江戸へ帰ってきた。御先手組与力の浅田次郎左衛門を始めとして、江戸の御家人たちの間では「残念無念」の言葉しか出てこないのだった。―――著者が幼いころ「チャンバラ」で遊んだとき発していたセリフ、「残念無念」を思う中から紡ぎだされた物語。

「御鷹狩」 檜山新吾ら前髪も取れていない若者三人は、官軍の錦切れどもに抱かれている夜鷹を切り捨てようと、夜中、家を抜け出した。夜鷹狩りを御鷹狩りと言いかえつつ、勢いで切り殺してしまう。―――さまざまな欲望を持つ青春時代。若いころフーテン狩りをしていた筆者の思いは祖父から聞いた「御鷹狩」という言葉と結びついた。

全体的にコメディとは言わないけれども、端々にコメディとしか言いようのない可笑しさを含みながら、浅田次郎の特徴でもある、真摯に生きる人間の哀しみを漂わせた作品集として仕上がっています。侍としての路の行きつく先にあるのだけれど、人間としての在りようには反するおこないをしなければならないときに思わずとってしまう振舞いは、読み手の琴線に触れ、コメディ的要素の裏側にある哀しみを浮かび上がらせています

どの物語も、話が終わった後には現代に生きている著者が話をまとめています。そのまとめの中で著者は、それまで語ってきた物語は自分の創作だとか、物語の中で語りきれなかった登場人物のその後などについて考察したりと、なかなかにユニークです。そうした余分とも言えそうなエピローグについて、このまとめは不要だと言う人もいるかもしれません。物語は物語として説明するのは野暮だという意見もあるでしょう。しかし、個人的には、この「まとめ」が個々の物語をうまく締め、短編自体が生きてくると感じ、やはりうまいものだとうなるしかないのです。

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No title

遅ればせながらと言った感じで、「プリズンホテル」を読んで、今は「壬生義志伝」を読み始めました。

浅田次郎の作品は、プリズンホテルにしてもコメディなのに読み手のツボを掴みますよね~
上手い!です。
この本もそんな感じなのでしょうか?

「壬生義志伝」は涙なくしては読めないと言われてるのですが、何しろ何時も言うように切れ切れに読むもので・・・i-229

Re: No title

> 遅ればせながらと言った感じで、「プリズンホテル」を読んで、今は「壬生義志伝」を読み始めました。
> この本もそんな感じなのでしょうか?

浅田次郎作品の個人的な好みでいうと、「天切り松 闇がたりシリーズ」が一番で、「壬生義志伝」はそれに次ぐと思っています。

でも、涙を誘うという意味では「壬生義志伝」が一番でしょうか。
新選組の物語というよりも、吉村貫一郎という一個の人間の物語で、たまたまその舞台が新選組だった、と言えると思います。

この「壬生義志伝」が面白いよと、以前から勧めていたのですが、覚えていたのでしょうか。
どうもそうではなかったと思われますが、とにかく浅田次郎を読むなら間違いないです。
面白く、泣けます。
人前で読むのは避けたがいいです。
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