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浅田 次郎 獅子吼


全六篇の短編集です。二編ほど意味を汲み取れない作品もありましたが、残りはいつもの若干のファンタジックさを残した浅田次郎作品でした。

「獅子吼」 文字通り獅子の物語でした。戦時中、各所の動物園で行われたという動物の殺処分に題を取られたのかは不明ですが、一人称で語られるこの物語の語り手は百獣の王である獅子です。「飢えたくなければ瞋(いか)るな。」という父の訓(おし)えを胸に、檻の中で生きています。

一方、炊事当番である草野二等兵へと視点が移ります。その草野二等兵に動物園の動物たちの殺害命令が下るのです。

獅子と動物園の飼育係であった一兵卒の間でそれぞれに語られる独白、加えて草野二等兵の上官たちの振舞いは、浅田次郎の文章の心地よいリズムと琴線に触れる言葉とで語られ、読者の心に迫ってきます。瞋(いか)るとか、訓(おし)えだとか、非日常的な言葉が随所にちりばめられたこの短編は、読み手をも常ならざる世界へと誘ってくれるようです。

「帰り道」 ハイミスの清水妙子という女性の、二つ年下のインテリ工員の光岡に対する想いを描いた作品です。物語自体はあまり好みではなかったのですが、最後の一行へ至るまでの話のもって行きかたのうまさには改めて驚きました。深く書くとネタバレで、それではこの物語の良さが半減してしまいますのでこれまでとします。

「九泉閣へようこそ」 この物語はよくわかりませんでした。この物語も視点が変わります。春と呼ばれる男と真知子というオールドミスの物語かと思えば、彼らの泊まった宿こそが主人公でした。登場人物も含めて、浅田次郎という作家はこの物語で何を言いたいのだろうと、そればかりを考え、そして分かりませんでした。

「うきよご」 「駒場尚友寮」という下宿屋を舞台にした、東大を目指す浪人生の物語です。京都の実家でも東京でも居場所のない松井和夫は、尚友寮でも自分の場所を見つけられないでいますが、二階の東郷さんの部屋から聞こえてきたメンデルスゾーンの調べに救われる感じがします。腹違いの姉との妖しげとも言える微妙な雰囲気を漂わせながらも、一人の浪人の一時期が切りとられているのです。

舞台は東京の東大駒場前あたりですから、渋谷のほど近くが舞台です。にもかかわらず、この物語には街の匂いも無く、かといって昭和の匂いでもありません。浅田次郎という作者と同じ世代である私には東大受験こそ無縁でしたが、当時の空気感は肌で感じた世代であり、よく分かるところです。しかし、その感じとも違う、不思議な雰囲気をもった物語です。

「流離人(さすりびと)」 冬の日本海を眺めながら走る列車で知り合った「さすりびと」と自称する沢村義人という名刺をもった老人の回想の形で話は進みます。

この回想が実にユニークです。終戦近い満州の混乱のさなかに常に赴任途中である一人の軍人の物語。物書きの発想のすばらしさを思い知らされる一編でもありました。この発想が、浅田次郎の手にかかると一片のファンタジックな反戦の思いを忍ばせた物語として仕上がっています。これは好きなお話でした。

「ブルー・ブルー・スカイ」 カジノで大負けした戸倉幸一は、その帰り道にラスベガスの場末の交差点にあるグロサリー・ストアに置いてあるポーカー・マシンで大当たりが出した。しかし英会話もままならない幸一の前に現れたのは、ギャングを思い立ちコルト・ガバメントを握りしめたサミュエルだった。この物語も、意図が分かりにくいお話でした。

全体的にさまざまな印象の物語だったと言うべきでしょうか。でも、どの物語も浅田次郎の物語であり、惹きこまれる作品集でした。

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