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鳥羽 亮 沖田総司壬生狼


ここしばらく、私の住む熊本市中央区では細かな余震が日に一、二度あるくらいでした。日によっては体感するほどの余震は無い日もあります。しかし先日、熊本市の南に位置する八代市では震度5弱、続いて震度4と強い余震が発生しました。ここらは特にエネルギーが解放されずに残っているため要注意とされていた地域ではあったのですが、それにしてもいつまでも終わりません。

熊本市の東部であったり、益城、西原といった被害が大きかった地域では未だに避難所や車中での生活が続いている人たちが多くいらっしゃると聞きました。

本当にこの地震はいつまで続くのでしょう。

さて本書ですが、タイトル通り幕末の剣士沖田総司を主人公に据えた新選組ものです。

幕末に京都を震え上がらせた新選組の隊士・沖田総司は、子どもと鬼ごっこをしていた。殺戮の場で、牙を剥いた悲愴な狼が、幼子のように無垢だった。人を斬った翌日は、血の臭いを振り払うために戯れるのだ。そこへ美しい娘が現れ、総司は魅入ってしまう。天然理心流の剣が何より大事であったが、胸は高鳴るばかり。が、労咳に冒された総司は、ただ、娘の額に口づけしかできなかった…。(「BOOK」データベースより)

新選組ものとして、独自の解釈があるわけではありません。そういう意味では他の新選組を描いた作品の中で特別なものは感じませんでした。

というよりも、鳥羽亮という時代小説作家の個性はあまり感じないと言ったほうがいいかもしれません。剣戟の場面に定評のある作家さんなのですが、本書の場合、沖田総司の三段突きの描写にその冴えは見られるものの、それ以外にあまり惹かれる闘いの場面はありませんでした。

沖田総司と言えば大内美予子の『沖田総司』が思い出されます。史実とは異なる場面が多々見られる作品でしたが、今に残る沖田総司の原型を作った作品とも言えるこの本は素晴らしいものがありました。そして、どうしてもこの作品と比べてしまいます。

軽口をたたいてばかりで、子供と遊ぶ中で笑い声の絶えない人柄でありながら、労咳という病のゆえに人を愛することをためらう総司。そうした人間像は本書でも同じです。しかしながら、どうしても本書で描かれる沖田総司の人間像の薄さばかりを感じてしまいました。

時代小説作家の中では大御所と言っても良い鳥羽亮という作家だけに、かなりの期待を持って読んだということもあるのかもしれません。鳥羽亮の初期の作品というのならまだ分かりますが、本書の出版年度は2010年であり、この作家にしては残念な仕上がりだったと言わざるを得ませんでした。

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