FC2ブログ

伊東 潤 天下人の茶


茶道を物語の中心に据え、茶の湯を通して戦国の世の武将たちの在り方を俯瞰している、ユニークな視点の連作の短編時代小説集です。いや、長編小説と言った方が良いのかもしれません。第155回直木賞候補作品ということで読んでみたのですが、以前の印象とは全く異なる、奥行きの深い、驚きの作品でした。

「天下人の茶 第一部」

秀吉と千宋易(のちの利休)との出会いを描いた作品です。自らシテとして禁中能を演じている秀吉の場面から始まりますが、このことには作者の「能」についての計算があるようです。配下への褒美として、土地の代わりに名物茶道具を下賜する。天下布武のために「茶の湯」を利用しようとする信長に思いを馳せる秀吉です。

秀吉と利休の物語はいろいろと語られている話ではありますが、茶道を「道」としてではなく、純粋に「政」の道具として捉え、物語の中心に置いている点で独自の世界を持った物語です。前提知識なく本書を読んだ当初は、本章の意味が分からず、本書ははずれかと思ったものです。

「奇道なり兵部」

秀吉による朝鮮侵攻の折、牧村兵部は一個の古茶碗を見つけ、その美しさに打たれた兵部は他の作品を探しに山間の村へと出かけるのだった。

宋易の弟子として「奇道こそ侘茶の境地」と言われた兵部は、「ゆがみ茶碗」に「奇道」を見出します。小牧長久手の戦いでは「奇道」を選択し家康の攻撃から秀次を守り切った兵部です。そんな兵部ですが、朝鮮の地では歪んだ陶器を見つけ、師匠宋易の喜ぶ顔を思い浮かべながら、更なる「ゆがみ茶碗」を探しに戦場の奥へと深入りしてしまうのです。

「過ぎたる人」

弟秀長を亡くした秀吉は利休をも切腹させる。あと継ぎの鶴松をも亡くした秀吉は、姉の子秀次を養子とし、天下の後継者として関白職を譲り、秀次の家臣団として秀吉直臣が秀次の家臣とされる。利休の助命嘆願をした瀬田掃部もその一人であった。

この頃の秀吉は尋常な判断力はなく、「狂っている」としか言えない状態です。「過ぎたる人」と評された瀬田掃部は、師匠利休の「この国を正式方向に導かれよ。」という言葉をかみしめ、一大決心をします。ここでも利休の思惑が働いているようです。

「ひつみて候」

古田織部は病に伏せる秀吉の枕元に呼ばれ、身分制度に見合った茶の湯の秩序を構築することを命じられる。新たな秩序となりえる茶の湯の創出という大役である。織部は豊臣と徳川の戦いにおいても徳川に与し、新たな世の茶の湯を構築する。しかしながら、そこには落とし穴が待っていた。

茶道の世界でも著名な武人である古田織部を中心に据え、茶の湯の政治的な意味合いを突き詰めていく物語。茶人の人間的な側面をも描き出しています。

蛇足ですが、織部の朝会に招かれ、そこで見た歪みの激しい茶碗について、神屋宋湛の茶会記には「ヘウケモノ也」と記されているそうです。織部を主人公としたコミック「へうげもの」の意味がやっと分かりました。

「利休形」

細川忠興は病に伏せる蒲生氏郷を訪ね、昔話に花を咲かせていた。そこでは秀吉と利休の振る舞いについて語られ、その振る舞いに隠された意味が明らかになっていく。

おのれの死後も美の支配者たらんとした利休。黄金の茶室を侘びの極致と称した利休。利休の死後、茶の湯への熱は冷め、演能へ傾倒してゆく秀吉です。

「天下人の茶 第二部」 信長の「御茶湯御政道」のもと、秀吉は茶道具の名器をそろえ、名実ともに織田家の重臣となっていた。信長の意に沿う山上宗二を茶頭とするも秀吉とは反りが合わない。そこに宋易が訪れてきた。二人で話されたことは後の秀吉の礎ともなる事柄であった。

信長は茶道具の価値を高めようとし、秀吉は茶の湯を庶民まで普及させ天下の静謐を保とうとします。精神世界の開放による下々の不満を和らげようとし、利休こそがその任を担いました。秀吉のこの行動の根底にあったものは・・・。本編は意外な逆転劇で幕を閉じます。

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

siro

Author:siro
このブログの本棟として本の紹介のサイトを開いています。
(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR