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青山 文平 半席


徒目付の片岡直人を主人公として、彼の目を通して開かれる侍の生きざまを描き出した連作の時代短編小説集です。

本書の第一作の「半席」を読み始めるとすぐに既読感に襲われました。調べると、同じ作品が『約定』という作品集の中に収められていました。同じ作品を別の作品集へ再録することは、ありがちなこととは言え、特に青山文平という作家は個人的には一番好きな人でもありましたので非常に残念に思ったものです。

などと思っていたら、違いました。本書は「半席」に登場していた片岡直人を主人公とする作品集だったのです。『約定』所収の「半席」の評判の故か、若しくは作者の思い入れのためなのか、成り行きはどうかは分かりませんが、片岡直人が解き明かしていく人間模様は読み応え十分でした。

半席とは一代御目見え(いちだいおめみえ)という家柄のことを言います。半席である片岡直人は永代御目見え以上になるために気を入れて仕事をしなければなりません。しかしながら、組頭の内藤康平は煩多な徒目付の御用のかたわらに頼まれ御用を申しつけてくるのです。本来はそれどころではない直人ですが、頼まれ御用の先に見える人間臭さに魅せられたのか、何度か引きうけてしまいます。

本書は推理小説でいうホワイダニット(Why done it)の手法ということもできます。犯人は分かっており、直人が行うのは何故そのような行動を取ったのか、ということです。上司の内藤によれば青臭さのある直人だからこそ犯人も話す気になるということです。

内藤康平という上司は「旨いもんじゃあねえといけねえなんてことはさらさらねえが、人間、旨いもんを喰やあ、自然と笑顔になる。」というのが口癖です。この内藤と直人の会話もまた本書の魅力の一つなのです。

それが、各話の冒頭で神田多町の居酒屋「七五屋」において為される、亭主の釣った魚での料理に舌鼓を打ちながらの料理談義です。組頭である内藤を「波正太郎の小説の登場人物のよう」と書いているレビューもありました。

「半席」は筏(いかだ)の上を走り堀に飛び込み死亡した侍、「真桑瓜」は共に八十歳以上の侍同士の刃傷沙汰、「六代目中村庄蔵」は一季奉公の侍の主殺し、「蓼を喰う」は辻番所組合の仲間内を手に掛けた御庭番、というそれぞれの登場人物の人間模様があぶり出されます。

また「見抜く者」は徒歩目付の仕事の中でも人の恨みを買いやすい人物調べの絡んだ話で、直人や内藤の通う念流道場の道場主の芳賀源一郎をも巻き込んだ、珍しいアクション場面のはいった物語です。そして「役替」は同じ町内に住み共に召し挙げられた仲間の父親との思いもかけない邂逅がもたらした行く末が語られます。

いつも「侍」の生きざまを描かれてきた作者が、老いという時の経過の果てに、自らの人生を振り返ったときにもたらされる悲痛な思いを描き出した作品集です。主人公の片岡という青臭さを持った若者が、老練な上司に見守られながら成長していく物語でもあります。やはりこの作家は良い。

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No title

こんばんは

「白樫の樹の下で」読みました。
期待通り、いやそれ以上の良い小説でした。

読みやすくエンタメな展開でありながらも
剣術に関する深い造詣と武道への理解が感じられ
両者のバランスがほどよくとれた傑作であったと思います。

とにかく、面白く読むことができました。
ご紹介がなければ、私の次なるチョイスはおそらく「約定」であったので、本作は読まずに素通りした可能性が高いと思っています、もったいないところでした。

良い本をご紹介いただき、ありがとうございました。

Re: No title

> 読みやすくエンタメな展開でありながらも
> 剣術に関する深い造詣と武道への理解が感じられ
> 両者のバランスがほどよくとれた傑作であったと思います。

そうなのです。
面白さと奥深さとを兼ね備え、主人公の心理にまで深く踏み込んだこの作品は、
今のところ青山文平という作家の作品の中では私の一番のお勧めなのです。
気にいっていただけて良かったです。


> とにかく、面白く読むことができました。
> ご紹介がなければ、私の次なるチョイスはおそらく「約定」であったので、本作は読まずに素通りした可能性が高いと思っています、もったいないところでした。
>
> 良い本をご紹介いただき、ありがとうございました。

とんでもないです。
青山文平は今のところはずれはありません。
「約定」もまた良い作品集ですので、是非読んでみてください。

早速私の要望に応えていただいて、有難うございました。
これからもよろしくお願いします。
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(こちらです⇒読んだ屋
本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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