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長岡 弘樹 傍聞き


秀逸なアイデアがぎっしりと詰まっている、全四編の短編推理小説集です。

「迷走」

救急隊の隊長である室伏光雄は、娘加奈が交通事故で車いす生活になっていた。そして今、室伏の救急車はその事故の時の担当検事を搬送しようとしていたが、救急病院が近くなったところで何故か病院の周りを迷走させるのだった。

レビューを見ると本作のトリックには疑問を感じている人もいるようです。しかしながら、私はその意見には同意できず、良く練られている物語だとの印象しか受けませんでした。室伏が理由も告げずに救急車を迷走させた訳も、それなりに説明をつけてあるし、作者のテクニックのうまさを感じるばかりだったのです。

「899」

消防署員の諸上将吾が急行した現場の火災は、諸上が想いを寄せる女性の初美が住む家にも延焼していた。ところが初美の生後4カ月の娘がまだ家の中に居るという。諸上は指示された部屋を探すが赤ちゃんは見つからない。しかし、諸上が他の部屋を探す間にその部屋から同僚が見つけ救い出すのだった。

この作品に関しては、トリック自体に無理がありはしないか、トリックの活かし方にも強引さは無いかと、若干の疑問を感じないではありませんでした。でも、若干の疑問を感じながらもいつの間にか惹きこまれてしまったのも事実です。本書中の他の物語に比すと若干無理を感じましたが、それでもなお面白いと言える作品でした。

「傍聞き」

刑事である羽角啓子の自宅裏手に住む老女が居空き窃盗にあい、横崎という窃盗常習犯が逮捕される。しかし、横崎は罪を認めないどころか真犯人を知っていると言い出し、あらためて啓子に告げるというのだった。

日本推理作家協会短篇賞を受賞した作品です。「傍聞き(かたえぎき)」とは「漏れ聞き効果」のことであり、「どうしても信じさせたい情報は、別の人に喋って、それを聞かせるのがコツ。」だそうです。このタイトル自体がトリックのヒントになっているのですが、どれがどのように仕掛けられてるのか、実に読み応えがあります。更には二重の仕掛けという驚きもありました。

ただ、現実的に考えると普通の人間がそこまでの仕掛けを考えることができるものか、などの疑問点はあります。ではあるのですが、物語としての瑕疵になっているとまでは思えず、ただただトリックの上手さ、見事さに感じ入ってしまいました。

「迷い箱」

ものを捨てるためのひとつのテクニックの一つとして、捨てると決断できないものを一時的に入れておく箱のことを「迷い箱」と言います。一旦その箱に入れておいて一日に少なくとも一度その箱の中身を確認する。そうすると処分する思い切りがつくというのです。この物語は、「刑務所を出て行き場のない人を一時的に預かる更生保護施設を舞台にした作品」で、過失で女児を殺してしまった碓井章由という、自らの心の整理のつかない元受刑者を見据える施設長の設楽結子の目線で語られる物語です。

人間心理に深く踏み込んだ作品です。作者自身も言っているように、本短編集のトリック自体が実に心理的なトリックではあるのです。中でも本作品のトリックは人の心を深く考察しないと描けない作品でしょう。一歩の踏み出し、それがなかなかに難しく、踏ん切りをつけるそのための仕掛けであります。


総じて本短編集は良くできた作品集でした。トリック重視の物語をここまで面白く読んだのは久しぶりのような気がします。本作品集がこれまで読んだ二冊よりも早く書かれていたのには驚きましたが、これまでの二冊も根底には細かな仕掛けがあり、その仕掛けの上に物語が成立していた作品であることを思うと、それも納得できる話でした。この作者もしばらく追いかけてみたい作家の一人ですね。

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