原田 マハ 暗幕のゲルニカ


1937年4月のパリ。ピカソはスペイン共和国政府のパリ博覧会に出展するパビリオンに飾る絵画の依頼を受け、そのテーマを決めようとしていた。そこにスペインのバスク地方にあるゲルニカという町が空爆されるという事件が起きる。一方、21世紀の現代では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターである八神瑤子が、暗幕のゲルニカ事件をきっかけにピカソの展覧会を企画し、「ゲルニカ」の実物を借り出すために奔走していた。

「ゲルニカ」とは、言うまでもなくピカソの描いた作品の中でも最も有名な作品の一つと言われる絵画です。その「ゲルニカ」をモチーフに、二十一世紀の現代に生きるピカソの絵画に魅せられた八神瑤子、そして二十世紀を生きたピカソの愛人の一人だったドラ・マールという二人の女性を中心に練り上げられたサスペンス(?)作品です。

本書の途中まで読んでいる段階では、単に「芸術と戦争」という主題を追う物語のような印象でした。しかし、途中から、瑤子の企画した展示会の成否に重点が移り、その中で「ゲルニカ」の持つ芸術性や反戦への主張がより強調されるようになってきました。

この作品は、20世紀のスペインの内戦や、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件などの前提知識が無ければ、その面白さは半減すると思われます。同時多発テロ事件は近年の出来事ですので、私たちの年代であれば別ですが、今時はスペインの内戦についてはあまり知らないのが普通でしょう。

スペインの内戦は、1936年から1939年にかけて共和国軍とフランコ将軍率いるファシズム陣営との間で戦われたスペインでの内乱のことです。簡単に言えばそうなのですが、背景には当時の世界情勢との絡みもあって一概には言えないところもあります。

ただ、当時の西欧の知識人たちはこぞって共和国軍を支持していました。スペイン内戦を舞台にした『誰がために鐘は鳴る』を書いたヘミングウェイなどが有名ですね。ピカソもそうした中に位置づけられます。

本書で描かれている「暗幕のゲルニカ」事件なるものは現実にあったものなのか調べました。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を契機として、悪の枢軸国との対決に踏み切ったアメリカ合衆国は、その一環としてイラクへの侵攻作戦を行います。そしてアメリカ国防長官はイラク侵攻に関する記者会見をニューヨークの国連本部でおこなったですが、その際に背後にあったタペストリーが暗幕によって隠されていたという現実の出来事でした。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)やスペイン国立レイナ・ソフィア芸術センターもまた現実に存在する美術館です。

また瑤子の「キュレーター」という職種ですが、「英語の元の意味では、博物館(美術館含む)、図書館、公文書館のような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す。(※curate―展覧会を組織すること)。」を言うそうです。(出典:ウィキペディア

こうした事柄を背景に八神瑤子の現代の物語と、ドラ・マールが語る1930年頃のピカソの物語が同時に進行します。このピカソの時代をも同時に語っていく手法は、当初は若干冗長さを感じながら読み進めていったのですが、途中からはピカソの物語が「ゲルニカ」という絵画そのものの背景説明をも兼ねており、次第にのめりこんでいました。そして、クライマックスでのとある仕掛けにも結び付いていたのです。

芸術を文章で表現することの難しさ、そしてある種の空虚さは、絵画や音楽などをテーマにした物語を読むときにいつも感じた事柄でもあります。それは、読み手側にその素養が必要だということです。本書のようなサスペンスでは、芸術に対する感性が無くても物語として楽しむことはできるのかもしれません。しかし、芸術に対する深い感性を持っていたならば、この作品を読んで感じた喜びよりも、さらに素晴らしい感動が待っていたのではないかと思うのです。

クライマックスに若干の難ありと感じはしたものの、この作家の他の作品も是非読んでみたいものだと思わせられる作品でした。第155回直木賞の候補作でしたが、残念ながら賞は逸しました。

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