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柚月 裕子 あしたの君へ


家庭裁判所調査官補である望月大地を主人公にした全五編から成る連作の短編小説集です。

「背負う者」(十七歳 友里) 窃盗で捕まった十七歳の友里は、警察では質問にも素直に応えていたが、家裁での大地の質問にはなかなか応じようとはしなかった。大地は事件の背景を調べるために友里の家を訪ねるが、そこはネットカフェだった。人様に迷惑をかけてはいけないという母の言いつけを守る友里だったのだが・・・。

「抱かれる者」(十六歳 潤) ストーカー行為のすえ、カッターナイフをちらつかせ捕まった十六歳の潤だったが、家裁での面接では優等生というしかなかった。しかし、面接に応じようとしない父親に話を聞くと思いもかけない事実が明らかになるのだった。

「縋る者」(二十三歳 理沙) 久しぶりに故郷に帰り、同級生の飲み会に参加する大地だったが、ほのかに恋心を抱いていた同級生の理沙に愚痴をこぼすと、理沙からは意外な言葉が返ってきた。

「責める者」(三十五歳 可南子) この三月から家事事件へと担当が変わった調査官補である大地は、精神的な虐待を理由に妻が離婚を訴えている調停事件を受け持つことになった。しかし、夫も義理の両親への聴取でも虐待をうかがわせるものは無かった。しかし、可南子の通う病院で話を聞くと事情は全く異なる様相を見せるのだった。

「迷う者」(十歳 悠真) 大地は離婚に伴う親権を争う事件を担当することになる。十歳になる悠馬に話を聞いてもはっきりした返事を得ることはできない。ふた親の生活環境を調べると、母親である片岡朋美に男の影があった。


読了後、各種レビューを見ると、現実はこんなもんじゃあない、もっとドロドロしている、だとか、実務的にはこういう処置は取らないのでは、などの意見が散見されました。そして、これらの意見は私の意見でもありました。かつて法律関係の仕事についていたこともある身としては、どうしても小説の中でのきれいごととしか思えなかったのです。

しかしながら、その後著者の言葉や他のレビューなどを読んでいくにつれ印象が変わってきました。小説はあくまで小説であり、現実社会はその参考資料にすぎないし、ある意味現実が純化されたものとしても小説が成り立っているのだから、小説は小説として、現実との齟齬は無視していいのではないか、と思うようになったのです。

そういう視点で見ると、本書は人の善意が全面に出た心温まる物語として十分なものだと思えます。確かに現実社会では本書のようにきちんと結果が出るものでもなく、妥協や諦念などが重みを持ってきます。しかし、そうした現実だからこそ本書のようなある種理想論的な(それでも物語の中でさえ割り切れるものではないのですが)小説も大切ではないかと思えます。

更には主人公望月大地の青春記であり、同期の志水貴志、藤代美由紀ら共にする成長記でもあって、そう考えると多分書かれるであろう続編をも期待を持って読みたくなる小説です。

本書は、広島ヤクザ的存在の悪徳刑事を描いて日本推理作家協会賞を受賞した『孤狼の血』の後に書かれた第一作目の作品だそうです。前作とは全く正反対に位置する物語である本書を書いた点でも、柚月裕子という作者に期待したいと思います。

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