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青山 文平 励み場


やはり、この本も私の好きな青山文平の作品でありました。装丁は私の好きな村田涼平氏の画で為されており、それは、いつもながらに静かなたたずまいを見せる侍の画でした。

本書の最初のほうでは「勘定所は、幕府の御役所の中で数少ない励み場である。」などの一文もあって、主人公がのし上がっていく姿が描かれるものと思っていました。また、豪農の娘智恵とその夫笹森信郎の二人に焦点が当たっていて、この作者にしては珍しい物語だと思っていたところ、結末はやはり侍の物語として収まっていたのには驚きました。

まず、主人公の一人である智恵について、「智恵はともえと読むが、多喜はときどきちえと呼ぶ。どうやら・・・」とさらりとその読み方が述べてあります。多喜とは智恵の姉であり、奔放に生きている女です。「多喜は勝手に話題を変える。呼び方も、ちえからあんたに戻る。」と調子よく続き、これらが二人の紹介文にもなり、伏線にもなっていて後になり生きてきます。

その後に「名子」についてのひとくだりがあり、続けて、徳川の代になって新たに開かれた田畑に入植してできた村のことを新田村と言い、それ以前からあった村のことを本田村と言う説明があります。ここらの説明も説明のための説明ではなく物語は自然に流れています。

こうした、「村」の成り立ちやその村の中での個々人の在り方、などがこの物語の下敷きとしてあり、その上で。笹森信郎という一人の男の生きざまが、その妻になった智恵の煩悶と共に語られていくのです。

こうした物語の運び方が、簡潔な文章と共に心に響き、読み手として物語に引き込まれるのでしょう。

「名子」という存在がこの物語の根幹なのですが、「名子」については「豪農らの隷属農民」という説明はあっても、本書のような「江戸幕府開闢(かいびゃく)時に、武家の身分より領地をとって農民になった名主の、昔の家臣が『名子』」だという解説はどこにも見つけることはできませんでした。まあ、ここは作者の説明をそのまま受け入れましょう。

この物語が上手いと思ったのは、正面から謎を提示しているわけではないのに、読み進めるうちに、いつの間にか「何故」が提示されており、その解明に引き込まれてしまうという構造です。それは信郎だけでなく、智恵についてもそうなのです。クライマックスで明かされるそれぞれの秘密。上質なミステリーを読んだようでもあり、それでいて常の青山文平の作風である侍のそしてその妻の、自分に正直に生きる姿が読者に提示されているのです。

物語としての作り方の緻密さ、上手さはこの作家の作品の中では一番ではないかと思います。今までは『白樫の木の下で』を超える作品は無いと思っていたのですが、物語の持つ研ぎ澄まされた雰囲気は別として、小説としての面白さでは本書のほうが面白いかもしれないと思っています。

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