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冲方丁 十二人の死にたい子どもたち


冲方丁初の本格派の長編推理小説で、第156回直木賞の候補作になっている作品です。

廃業し別のものに作り替えられることになっている病院に、十二人の子供たちが集まってきた。ネット上で知り合った彼等は、安楽死をするために集まったのだが、安楽死の予定の場所には既に一人の少年の死体が横たわっていた。十二人の少年少女たちは。このまま安楽死を続行し続けるべきかどうか、全員で話し合うことにした。

言うまでもなく、本書はアメリカ映画の名作であり、密室劇の金字塔として名高い『十二人の怒れる男』をモチーフに書かれた作品でしょう。この映画は、ある殺人罪の裁判で、絶対的に有罪だと思われていたにもかかわらず、一人の陪審員の無罪の主張により、次第に他の陪審員が意見を翻していく様子を描くものでした。

本書もその例にならい、一人の少年が、皆が横たわるべきベッドの一つに先に横たわり死んでいるという異常な状況のままに、皆で自殺することはできないとの意見を主張。そのうちに一人ずつ意見を変えていく様子を描いています。

十二人の子供たちは、ときには探偵役が入れ替わりながら、それぞれの行動を丁寧に追いかけて病院内で起きている数々の異常な状況という謎を一個ずつ解き明かしていくのです。しかし、それはまさに私に苦手とする、きちんと積み上げられた論理をもって構築されていく謎の解明ということなのです。

十人の子供たちがそれぞれに自殺すべき理由をもっており、それは他者から見れば死ぬようなことでは無かったりもしますが、読者はまずは自殺願望の子供たちが集まっているという状況を受け入れる必要があります。その上で、少年少女たちのロジックを駆使した討論の様子を読み進めることができるのです。そして、この点が私が気になる点でした。

十二人の討論という点で、映画『十二人の怒れる男』では、自らの評決が犯人と目される少年の命を奪うことになりかねないという状況があり、有罪の評決を下すために討論をするということは至極当然です。

しかし、本書の場合討論する前提がありません。十二人の少年少女たちは集団自殺をするために集まっているのであり、そこでの集団自殺をそのまま続行するか否かという討論は必然とは言えません。

勿論、作者は彼らの討論すべきという理由を用意していて、その流れで話は進むのですが、物語を違和感なく成立させるだけの理由かと言えば個人的にはあまり納得はできなかったのです。

映画版との差で言えば、いわば「一場面もの」である『十二人の怒れる男』に対し、本書の舞台は地下一階、地上四階建ての病院として使用されていたビルであり、その点でも異なります。ただ、外界から断絶された、限定されたビル内の出来事という意味ではいわゆる「クローズド・サークル」と言えなくもないでしょうか。

物語としては個人の好みを抜きにして言えば「良くできている」というところでしょうか。さすがに第156回直木賞候補作となっている作品だと思います。

ただ、残念なのは私個人の好みとは若干ずれがあるということだけです。それでも、あまり苦労と感じずに最後まで読みとおしたので、こうした本格派のミステリーの中では読みやすかったのだと思います。

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