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冲方 丁 光圀伝(上・下)



第7回本屋大賞を受賞し、第143回直木賞候補作にもなった『天地明察』という作品を書いた冲方丁による黄門様を描いた物語で、八頁ほどの短い「序の章」に次いで「天の章」「地の章」「人の章」「義の章」と続き、文庫本でも上下巻を合わせて千頁を超える一大長編小説です。

感想文の最初に書く言葉ではないのでしょうが、端的に言って、文章が難しい。しかしながら、物語としてどんどん引き込まれて行く作者の筆力には脱帽するばかりでした。

本書は「明窓浄机」という光圀の独白文を項の変わり目に挟んでいます。「明窓浄机」とは「学問をするのに適した明るく清らかな書斎。( goo国語辞書 : 参照 )」という意味らしいのですが、この「明窓浄机」に書かれている文章が難しい。光圀の内心を吐露しているようでいて、日本語の難しさと共に、書かれている内容もその真意を汲み取ることが困難です。一読するだけではその意味が良く分かりません。例えば本書冒頭の四頁ほどの「明窓浄机」。そこでは「書」の意味について「"如在"である。」と記してありますが、その意味をしかと受け止めるには幾度か読み返す必要がありました。

本文にしても似たようなもので、三人称で描かれてはいるのですが、文章そのものは光圀の視点であり、光圀の内心に深く入り込み、その移り変わりを子細に追いかけています。その際の描写に使われている言葉、文章がやはりじっくりと読みこまなければ理解しにくいのです。

冒頭「序の章」において、光圀が家老の藤井紋太夫を殺める場面から始まります。光圀は何故紋太夫を殺める必要があったのか。光圀の真意こそが本書全編を貫くテーマとなっています。そして、続く「天の章」で時代は光圀の幼少期に戻り、光圀が人の生首を持って歩いている場面から始まり、最終章の「義の章」で再び冒頭の場面へと戻ります。

本書を貫いているのは、それは光圀の生涯をも貫く「義」の思いです。兄を差し置いて自分が世子、跡継ぎとなったことについて「なんで、おれなんだ」との問いかけを持ち続けているのもその表れでしょうか。

本書で描かれている光圀は、テレビドラマにもなっている助さん格さんを引き連れて諸国を漫遊した黄門様ではありません。「大日本史」を編纂した、名君と言われた徳川光圀でです。

歴史小説とは史実を前提にして、不明の部分を作者の想像力で補って物語として仕上げるもので、本書においても当然のことではありますが、史実と虚構との境は明確ではありません。しかし、本書記載事実のどこまでが史実なのか、が非常に気になりました。時間があれば記載事実それぞれについてその境界を調べたいところでした。

次いで言えば、本書に登場する人物たちは非常に魅力的に造形してあります。物語の中心に配置される父徳川頼房や兄頼重は勿論のこと、妻となる泰姫、その侍女の左近、親友となる林読耕斎、冒頭で殺された藤井紋太夫らが実に生き生きとしています。加えて、宮本武蔵や山鹿素行といった歴史上の著名人たちも登場し、エンターテインメント小説としての魅力も増しています。勿論『天地明察』の安井算哲も少しではありますが登場します。

上に書いた登場人物らは勿論実在の人たちで、最初に殺される藤井紋太夫でさえも光圀に殺されているのは史実であり、講談などでは光圀失脚を図る柳沢吉保に内通したために殺されたなどとされているそうです( ウィキペディア : 参照 )。

先に述べたように、本書は通常のエンターテインメント小説とは異なり、軽く読み飛ばしながら読み進めると言うことはできにくい小説です。『天地明察』のような読みやすさはありません。しかしながら、光圀の成長記でもある本書の読後は充実感に満ちています。

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