宮内 悠介 あとは野となれ大和撫子




中央アジアの小国を舞台にした長編エンタメ小説で、2017年上半期(第157回)の直木賞候補作となった作品です。

中央アジアのアラルスタン。ソビエト時代の末期に建てられた沙漠の小国だ。この国では、初代大統領が側室を囲っていた後宮を将来有望な女性たちの高等教育の場に変え、様々な理由で居場所を無くした少女たちが、政治家や外交官を目指して日夜勉学に励んでいた。日本人少女ナツキは両親を紛争で失い、ここに身を寄せる者の一人。後宮の若い衆のリーダーであるアイシャ、姉と慕う面倒見の良いジャミラとともに気楽な日々を送っていたが、現大統領が暗殺され、事態は一変する。国の危機にもかかわらず中枢を担っていた男たちは逃亡し、残されたのは後宮の少女のみ。彼女たちはこの国を―自分たちの居場所を守るため、自ら臨時政府を立ち上げ、「国家をやってみる」べく奮闘するが…!?内紛、外交、宗教対立、テロに陰謀、環境破壊と問題は山積み。それでも、つらい今日を笑い飛ばして明日へ進み続ける彼女たちが最後に掴み取るものとは―? (「BOOK」データベースより)


カザフスタンとウズベキスタンに挟まれたアラル海に面した場所にあるアラルスタンという国で、大統領が暗殺されてしまいます。政府の男たちはわれ先にと逃げ出してしまったため、後宮(ハレム)にいる娘たちが臨時政府を立ち上げるのです。

まあ、あり得ない舞台設定ではありますが、物語はライトノベルの感覚で進みます。ある種のファンタジーとも言えるのかもしれませんが、ファンタジーというにはリアルです。ファンタジックなのは、娘たちが政権を握るという設定と、若干の都合のいい話の流れであり、物語自体は現実の中央アジアの情勢をおさえた、現実味に富んだ物語です。

本書の第一印象として、まずはタイトルの「あとは野となれ大和撫子」というフレーズの響きのよさがありました。巻末の謝辞やネット上の著者の言葉によると、忍澤勉さんという人のつぶやきの言葉に感じ入り譲ってもらったと書いてありました。いわば、「タイトルから先に生まれたもの」なのだそうです。

読み進むと、舞台が中央アジアという私が全くと言っていいほどに知識のない場所でありました。まず驚いたのは、中央アジアで行われたという、「20世紀最大の環境破壊」という言葉です。物語上の設定ではなく、現実に起きた事柄であったのです。

本書の舞台となるアラルスタンという国家は、「20世紀最大の環境破壊」によりアラル海が干上がってできた土地に存在するという設定で、ロシアやカザフスタンなどに囲まれた、今なお、国際的にも微妙な立場にある地域なのです。

この地域は、著者によると「いわば絶望と希望がひとつになったような場所」だそうです。20世紀最大の環境破壊が行われた場所でありつつも、南北を分断するダムで北側だけでも湖を確保しようとする動きがあるそうです。(以上、「カドブン」 : 参照 )

そうした国で、娘たちが政権を担い、この国と共に生きようとする物語です。

ただ、面白い物語であることは否定できないものの、個人的な嗜好からは少々外れた小説でした。それは大部分の理由が、この地域のことを知らないという個人的なことに起因します。

小説の随所で語られる歴史や国家間の力学の説明が為されているのですが、なかなかそれが素直には頭に入ってきません。前提知識がないので当然といえば当然なのですが、この点は少々読むときのテンポが崩されます。

それと、背景説明の複雑さと共に、この作家の文章の特徴なのか、状況説明が少し半端なような印象があります。ある程度の流れを述べた後の結論を、すこしですが、読者の想像力にまかせるという書き方です。この点は、単に好みの問題に過ぎないのでしょう。

登場人物の中で、中心となる三人の娘たち、アイシャ、ジャミラ、そして日本人のナツキたちはそれぞれに魅力的です。特にナツキは作者が「私が夢を託した人物」というように、「イノセントな人物」であり、惹かれますね。

ただ、男たちは少々影が薄すぎます。作者自身「狂言回し」というように、軍人としては国軍大佐のアフマドフしかいないと言ってもいいですし、穏健なイスラム原理主義者で反政府組織であるアラルスタン・イスラム運動の幹部のナジャフも、ある種のこの物語のキーマンであるイーゴリも、現実にはいないであろうという点で出来すぎです。

特筆すべきは、物語の途中に挟まれるエッセイのような文章があるのですが、この書き手が本文中にも登場する日本人の青年なのです。最初は多分作者が現実に中央アジアを旅したことがありそうなので、その折の感想文なのかと思っていました。

しかし、そうではなく、本文中に登場する日本人青年の文章という設定だったのです。この視点は物語に厚みを加え、実に面白いものでした。

この本最後には数えきれないほどの参考文献が挙げてあります。この膨大な資料の上に、これだけ情報が詰まっていながら、それなりの読みやすさを持った物語が構築されているのだと痛感させられました。

めったに触れることのないイスラム文化圏を舞台にした小説です。私個人の印象は別にしても、一読の価値があると思います。

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