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澤田 瞳子 火定





本書は「施薬院」を主な舞台として、歴史的に言うと奈良時代の最盛期にあたる天平の世(西暦729年から749年)に起きた天然痘の流行を描いた小説で、第158回直木賞の候補となった作品です。

「施薬院」とは京内の病人の収容・治療を行う施設であり、今から七年前の天平二年(七三〇)四月、孤児や飢人を救済する悲田院と共に、現皇后・藤原光明子によって設立された令外官であると本書には書いてありました。

この物語は、出世の見込めないこの施薬院からの脱出ばかりを考えている蜂田名代(はちだのなしろ)という下級官僚を主な視点として展開します。

主な舞台となる施薬院には他に、名代の同輩で有能ではあるが傲慢な高志史広道(こしのふひとひろみち)や、施薬院、悲田院の財政を一手に預かる丸々と肥えた四十がらみの尼である慧相尼、施薬院の診察を一手に引き受けている綱手という六十手前の里中医などがいて、突然のパンデミックに対処する姿が描かれます。

そしてもう一人、人に裏切れれ続け、医学の知識がありながら医者を毛嫌いしており、現在は有力者の藤原房前の家令である猪名部諸男という男を中心とした話の流れがあります。



名代と広道とが、先ごろ新羅から帰った使節(遣新羅使)が持ち帰った薬を購入するために向かった大蔵省で、すべての薬を買い占めたという猪名部諸男(いなべのもろお)という男に出会います。

少しの薬を分けて欲しいという名代らの願いを撥ねつけた諸男でしたが、その場で高熱を発した官人を、藤原房前の屋敷内の自分の部屋へと連れて帰るのでした。

施薬院に帰った名代らを待っていたのは、運び込まれてきた顔も肩も細かな疱疹に覆われた患者でした。裳瘡(天然痘)の跳梁の始まりです。



本書には天然痘の大流行という惨事が、これでもかと描かれています。患者は水泡に覆われ、息もできずに次々と死に絶えていくのです。

天然痘の流行に対し、一般庶民に医学的な知識などない時代のことですから庶民としては祈るしかありません。当然のごとく、諸男が獄舎で知り合った宇須という男の仕掛けた常世常虫(とこよのとこむし)という禁厭札(まじないふだ)も現れ、人々は簡単にそれらの妄言を信じるのです。

この宇須という男に本書のような緊急時に現れる人の弱みに付け込む人間たちを代表させ、その男と行動を共にする諸男の心の弱さを示すと同時に、弱さを持つ諸男だからなのか、宇須らの自己を正当化する言動への理解を示させています。

ただ、諸男の心の動き自体は個人的には、簡単には受け入れ難いものでした。名代らの懸命の活躍の鏡像的な意味合いをも持たせているとも感じられ、少々一人の人間に集約させすぎでは、と思ってしまいました。

でも、この手のパニックものの小説としてはかなり面白く読みました。何せ時代が天平の世ですから、本書の文章も感じが多く、人の名前も勿論読めず、官人の職名も馴染みのない名称ばかりで当初はどうも読みにくく感じたこともありました。

しかし、そうしたことは瑣末なことで、一旦病が広がり出してからの物語の展開は如何にもパニック小説であり、一気に引き込まれました。

パニックものとは言え、テーマが天然痘であり、そこに関わる人間としての医者、医療の問題を避けては通れず、人の命のはかなさを示しつつも、人の命の重さをも示す物語として仕上がっていて、感動的な余韻を残す物語ともなっているのです。

タイトルの「火定」とは、燃え盛る火の中に自ら投身することを言うそうで、「火定入滅(かじょうにゅうめつ)」という仏教用語から来ているのだそうです。

もしかしたら京を荒れ野に変えるが如き病に焼かれ、人としての心を失った者に翻弄される自分たちもまた、この世の業火によって生きながら火定入滅を遂げようとしているのではないか。
という名代の独白こそが、作者の思いではないか、とも思えます。



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