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伊吹 有喜 彼方の友へ




数年もすれば太平洋戦争へ突入しようかという昭和十二年から終戦の昭和二十年に至るまでの少女雑誌編集部を舞台にした、第158回直木賞の候補作となった長編小説です。



十六歳の佐倉ハツは、思いもかけず銀座にある大和之興業から出されていた少女雑誌「乙女の友」の編集部に勤めることになります。

長谷川純司という画家の抒情画と主筆でもある有賀憲一郎の詩が人気のその雑誌は、ハツの愛読書でもあり、全国の少女たちの人気の雑誌でもありました。

編集部は高等教育を受けた人達ばかりであり、小学校しか出ていないハツには場違いな職場ではありましたが、ハツにとってはあこがれの有賀憲一郎と長谷川純司のいる編集部は夢の世界だったのです。

また主筆の長谷川純司にしてみると若い女の子は迷惑な新人でしたが、ハツの「乙女の友」に対する愛情が本ものであることを知った後は、その態度も改まるのでした。

時代は太平洋戦争へと突入し、戦中、そして終戦へと至る「乙女の友」も移り変わっていくと共に、ハツもまた変わっていくのでした。



過去の出来事を回想の形式で語るというこの手法に出会うと、必ず『初恋のきた道』という映画を思い出します。ある若者の母親が少女時代を回想するこの映画は、私の母にも青春時代があったのだと改めて思い知らされたものです。

そして本書の場合、それ以上に中島京子の『小さいおうち』という作品を思い出していました。平井家の女中である一人の女性を通して、その想いと共に、太平洋戦争へ突入前の昭和の時代を描き出している名作で、第143回直木賞を受賞した作品です。

本書と時代背景も同じであり、主人公の回想で主人公の秘めたる思いを描き出すという構成も同じです。また文章の雰囲気も共にあたたかな目線であり、膨大な資料を読みこんだであろう時代描写も本書同様に素晴らしいものでした。

勿論内容は全く異なり、『小さいおうち』は一人の女中さんの眼を通して見た平井家の様子が中心です。また太平洋戦争直前の世の中の様子の描き方も、平井家という世界から世の中を見ているため、通常の描かれる殺伐とした世の中ではありません。

一番異なるのは、時代の雰囲気の描き方もそうなのですが、本書『彼方の友へ』のほうが『ちいさなおうち』に比べより情緒的だというところでしょうか。

何より本書で語るべき点は、本書の舞台背景が少女雑誌の編集部であるというところでしょう。読者を「友」と呼んで、その「友へ最上のものを」届けるという編集者たちの情熱は、読んでいて胸をうたれます。

本書の「乙女の友」という雑誌は実際にあった「少女の友」という実業之日本社が出していた少女向け雑誌だそうで、本書に登場する画家の長谷川純司は、「少女の友」の人気に一役を買った実在の中原淳一という画家だということです。この人の画はある程度以上の年齢の人であれば見覚えがあるかと思います。

ただ、否定的な感想が無いわけではなく、本書の冒頭近く、主人公ハツが危うい場面から救い出される場面で母親の過去が思わせぶりに描かれています。でも、そこらの両親の来歴は詳しく語られることはありません。

また、有賀憲一郎が招集されるときの扱いも、推測はできるものの詳しくは語られません。そこは作者の狙いなのでしょうが、もう少し明確にして欲しかったという気もします。

そして、全体的には、少々情緒過多であるというところでしょうか。でもこれは本書の舞台設定上仕方のないところかもしれません。

しかしながら、少々情緒過多気味ではあるものの、フローラ・ゲームというカードゲームのように、小道具の使い方のうまいことや、太平洋戦争直前の雰囲気など、何も知らない戦後世代の私にも真実味を持って迫ってくる文章力など、思わず惹きこまれてしまう文章であるのは間違いありません。

そして本書の場合は最後に思わずほろりと来るような感動的な場面も用意してあります。この場面は人によっては感傷的に過ぎると忌避感を持つ人もいるかもしれない書き方でした。

個人的には本書が直木賞を受賞していてもおかしくはないのではないか、と思う作品でした。

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本ブログを別棟として位置付けて、読んだ本を記録していこうと思い立ちました。ここでの文章を母屋であるそのサイトに転記していくつもりです。

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