団 鬼六 真剣師小池重明




真剣師(しんけんし)とは、賭け将棋、賭け麻雀といったテーブルゲームの賭博によって生計を立てている者のことである。( ウィキペディア : 参照)


勿論、賭け将棋は違法であり、真剣師という存在自体は日のあたるものではありません。しかし、賭け事の歴史は人類の文明の発生と同じというほどですから、世の中から無くなるものではなく、人間社会の陰の側面として常に存在するものなのでしょう。

事実、何より公の機関が運営主体となる競輪、競馬を挙げるまでもなく、私たちの日常生活の中にパチンコやスロットマシンがあり、またゲームとして行う麻雀、囲碁、そして将棋など、結果として勝敗がつくゲームはまず賭け事の対象になっています。

その将棋では近年藤井聡太氏の連勝記録や六段昇進、羽生永世七冠の誕生などで人気になっていますが、本書は「将棋」で行う賭博の物語で、実在した小池重明という真剣師の物語です。



著者はSM小説で名を馳せている団鬼六です。この作家の作品はその名は知っていたものの、SM官能小説を読む気にはなれず一冊も読んだことはありませんでした。

しかしながら、本書にはそうした官能のニュアンスは全くなく、小池重明という社会生活不適合者と言ってもよさそうな人物像をわりと客観的な視点で描き出してあります。

著者団鬼六は、自身が書いた「はじめに」と題された文章の中に、小池重明について

この男には不可思議な魅力があった。人間の不純性と純粋性を兼ね合わせていて、つまり、その相対性の中に彷徨をくり返していた男である。善意と悪意、潔癖と汚濁、大胆と小心、結城と臆病といった相反するものを総合した人間といえるだろう。徹底して多くの人に嫌われる一方、また、多くの人に徹底して愛された男である。


と表現しています。

人妻との駆け落ち歴三回。寸借詐欺事件を起こして、アマ・プロ棋界から追放された男。新宿で世話になっていた恩人の将棋道場兼居酒屋で、女かギャンブルかで店の金を何度も盗み出し逃亡し、最後には茨城県の別の恩人の店の店長をしていたものの、店の金と新車を盗み女と共に逃亡するなど、破天荒という言葉を越えた無法な生活をしていた男。

それでもなお、どこか憎めない男であったようで、裏切られ続けてもなお応援し、その人物の代わりにまた誰かが助けてくれる人が現れるのです。男も何故か見捨てられない、そういう人物だからこそ女もまた惚れるのでしょう。

著者自身、そうしたお人よしの一人でもあり、自分の小池重明に対する、迷惑でありながらも気になって仕方がないという心の内をはっきりと書かれています。

しかし、一旦将棋盤に向かうと連続二期アマ名人となり、プロ棋士との勝負にもことごとく勝ち続けます。あまりに強過ぎ、真剣師として相手になるものもいなくなったそうです。

本書は小説ではなく、評伝と呼ぶべきものでしょう。著者が小池重明自身の手記や彼を知る者からの聞かされた談話、そして著者自身の小池との交流経験をもとに「出来るだけ真実に近い小池重明伝」とした書かれたものです。

従って、いわゆるエンタメ小説の面白さはなく、代わりに荒唐無稽なギャンブル小説にも似た、普通の人生ではありえない人生を垣間見ることが出来ます。


本書は、柚月裕子の新刊『盤上の向日葵』を読む前に、真剣師の小池重明について調べてから読んだ方がいい、との焼酎太郎さんの勧めで見つけたものです。『盤上の向日葵』の内容は全く分からないものの、もうそれほど遠くない時期には読めるでしょう

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No title

どうもです。

読まれましたか。
これで準備万端です。
盤上の向日葵いっちゃってください。
きっとニヤニヤできることでしょう。

Re: No title

あと二週間もあれば順番が回ってくると思います。


『真剣師小池重明』は、学生の頃に読んだ阿佐田哲也の『麻雀放浪記』を思い出しながら読んでいました。
しかし、『麻雀放浪記』とは異なり、本書は現実の話なので、まあこれほどに人を裏切ることが出来るものかと、少々あきれながらの読書でもありました。

この小池重明が『盤上の向日葵』にどのように絡んでくるのか楽しみに読みたいと思います。
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