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あさの あつこ 雲の果





目次
一 もつれ雲 / 二 雷雲 / 三 雲煙 / 四 雲海 / 五 流れ雲 / 六 風と雲と / 七 叢雲の空 


とある仕舞屋の焼け跡から一人の女の死体が見つかります。その女の胸には刺し傷があり、殺されたものでした。

焼けた仕舞屋の持主は米沢町の米問屋阿波屋のものでしたが、先代作兵衛太が誰にも言わずいたため、二代目作兵衛太もその嫁も、全く当惑していました。

伊佐治は、遠野屋の清次郎に会いに来て、焼け跡から見つかった、焼け残りの鶯色の帯の切れ端を清之介に預け、調べてもらいます。ところが、先日亡くなった喜之助の遺品の中から、預かった布切れと同じ織の帯が見つかったのでした。



これまでのシリーズ作品と比べると、本書は物語としては実に単純です。

とある一軒家が焼け、その跡から一人の女の焼死体が出てきますが、その女について何の情報も出てきません。ただ、燃え残った着物の帯の切れはしが端緒となり、物語は思わぬ方向へと進みむのです。


本書は時代劇ミステリーです。しかし、本書をミステリーと呼ぶには少々戸惑いがあります。それほどに通常の捕物帳、時代劇ミステリーとは趣を異にします。

そもそも、このシリーズ自体が、同心信次郎と商人遠野屋清次郎との闇を抱えた不可思議な関係を中心として、岡っ引きの伊佐治を加えた三人の心裡を深く描きだそうとしていて、通常のミステリーとは大きく異なるのですが、本書では特にその思いを強く感じます。


本来、信次郎や清之助らの過去に遡ることもない本作品は、そういう点ではより普通のミステリーに近いはずなのです。

ただ、それぞれの心象を緻密に描き出すためでしょうか、物語の場面展開自体があまりありません。全くないわけではなく、信次郎、清之介、伊佐治とそれぞれに場面は移り変わるのですが、具体的な場面の数は他の小説に比べると格段に少ないと思われます。

それは、例えば、伊佐治と清之介との会話の途中に、伊佐治とその女房おふじとの会話や伊佐治と新次郎との事件についての会話の回想が入るなど、会話の途中で回想が入る場面が少なからずあり、それにより場面の転換に変えているところもあるのでしょう。


また、各人の心象の描写に紙数を費やしているのはいつものことですが、今回は伊佐治の思いがより強いようにも思えました。

女房のおふじや息子夫婦に店を任せ、岡っ引きの仕事にのめり込む伊佐治は、「江戸の巷にうごめく人々の表と裏を垣間見る」ことが面白いと、心象を吐露しています。

「信次郎の岡っ引きとして生きている限り、人が隠し持つ闇を知りことができる。人という生き物の深さにふれることができる。」として、岡っ引きという仕事から抜けることができないのです。


こうした心象の吐露はこれまででも主となる登場人物にに応じて記されてきました。このシリーズが人気があるのも、そうした人間の心理の描きだし方に読者が惹かれているからなのでしょう。



ただ、問題となる事件の関係者として清次郎のいわば身内が現れるなど、少々偶然がすぎる気がしないでもありませんが、そうして点は無視して読み進めましょう。


本書は、そうした場面の少なさや回想場面の多様などにより、本書の独特の雰囲気が醸し出されているようです。

そして、その場面ごとに視点の主が変わるのもこのシリーズの特徴であり、そのことが心象描写の緻密さと相まって本シリーズの特徴になっていると思われます。
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