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高田 郁 花だより みをつくし料理帖 特別巻





明けまして おめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


私にとり、昨年は持病の強直性脊椎炎からくる目の病に悩まされた一年でした。ブドウ膜炎から緑内障になり、左目の中心部はほとんど見えません。眼圧も下がらず、手術へ。そうしているうちに右目もブドウ膜炎を発症し、眼球への注射の日々でした。

ほかの持病もありましたが、一応数年間の様子見という猶予をもらっています。

今年は穏やかな一念でいたいものです。

皆様は、くれぐれも健康には留意され、健やかな年をお過ごしください。



ということで、本書。
昨年中に読み終えていた作品です。

シリーズとしては終了している「みをつくし 料理帖」の特別巻です。

目次

花だより ―愛し浅蜊佃煮 / 涼風あり ―その名は岡太夫 / 秋燕 ―明日の唐汁 / 月の船を漕ぐ ―病知らず




花だより ―愛し浅蜊佃煮
明けて七十四歳になった「つる屋」の店主、種市は、行き倒れていた水原東西と名乗る易者を助け、来年の桜を見ることはかなわない、と告げられ体調不良に陥ってしまう。その様子を見た戯作者の清右衛門は、自分の筆が進まないこともあり、「会いたいなら会いに行けばよい。」と言い切り、自分も大坂へ行くと言い出すのだった。

シリーズ終了後の「つる屋」の様子を記した一編。水原東西との出会いの偶然引き起こした顛末ですが、私があまり好まない偶然が鍵となる作品でした。あまり感心しません。

涼風あり ―その名は岡太夫
御前奉行の小野寺数馬の妻乙緒(いつを)は嫁いで早や六年。乙緒の眼は糸を引いたかのごとく細く、「笑わぬ姫君」と呼ばれていた。義妹の早帆(さほ)が数馬のかつての想い人について乙緒に漏らしてしまい、乙緒は、「出来うるならば、己よりも相手の人生を重んじるほどに、想われたかった。心から愛おしいと、想われたかった。」という思いに囚われてしまう。そこに、今は亡き義母の言葉を思い出す。

夫婦のありようを考えさせられる一編でした。高田郁らしい、人を思う心、相手を思いやる心の美しさを、少々都合がよすぎるきらいはあるものの、うまく描き出してあります。

秋燕 ―明日の唐汁
二十年前の享和の大水で全員が亡くなったはずの淡路屋は、野江を主人として「高麗橋淡路屋」として再建されていた。外出から帰ったその野江を迎えたのは、先代番頭の龍助こと龍蔵の一子辰蔵だった。大坂に来ていた摂津屋の助五郎と、澪の店「みをつくし」で会ったのはそれからすぐであり、大坂の「女名前禁止」という掟のため、三年のうちに野江が高麗橋淡路屋の主人を決めなければならないのだった。

「みをつくし」本編では語られていなかった、野江の苦労を描いてあります。本編で重要な役割を担っていた又次という料理人と野江とのかかわりを、また摂津屋らとの関係も併せて描いてあります。ただ、やはりあまりにも野江に都合のいい展開ではありました。
ここまで行くと、ちょっとあり得ないという印象です。

月の船を漕ぐ ―病知らず
澪の夫源斉は、流行りのころりに対し医者としての無力さを感じたのか、ころりが去ったある日倒れてしまい、澪の手作りの料理にも手を付けられないでいた。そんな時、澪の店の先代家主の庄蔵はころりのために亡くなり、後を継いだ家主は立ち退きを迫っていた。そうした様子を見た野江は、『奈落の底の底』にいた自分を救ってくれたのが「又次の作ってくれた唐汁だした。」と言うのだった。

本編終了後の澪の姿が描かれた作品です。相変わらずに料理に対し真摯な澪です。料理に正面から向き合い、悩むいつもの澪です。



この作品をもって「みをつくしシリーズ」は終わると、巻末の「瓦版」にありました。

ずるずると引きずるよりもいいのかもしれない、とも思いますが、できればその後の澪の姿を読んでみたいものです。
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